第二章 深見山の死3

 怒りのように地面に撃たれる雨は明け方になると治まっていた。

 「あんたらが見つけたんでしょ。」

 りんが洗濯桶に手を突っ込んだまま尋ねた。りんは昨日の騒ぎがあった時は村に残っていたため詳しくはなかった。

 三人は井戸の側にいた。

 よもぎとりんは洗濯をしている。鷹助は拾い集めた枝を燃料に使おうと縄で束ねている。


 村では昨日のたえの発見と突然の大雨ばかりが話題になっている。大蛇の名を出し怯える者、足軽大将の口ぶりを真似してふざける者もいた。

 「うん、鷹助と一緒にね」

 よもぎが答える。ちらりと彼の方を見た。

 「ああ他にも庄屋と伝吉がいたよ。庄屋ってよく山に入るのか?」

「山っていうか人がいない所で誰かに聞かれたらまずい話はしてるみたい。」

 「まずい話って?」

 鷹助はよもぎに尋ねた。

 「さあ…?」

 「どうせ妾かなんかの話じゃないの。」

 りんが嘲りながら口を挟んだ。

 「妾?あの庄屋妾がいるのか?」

 「たえさんに隠れて妾をこさえてるって噂があったって聞いたの。よもぎ、あんたも聞いたでしょ。」

 「そういえば…聞いたことがあるような…。」

 「ほら。」

 一人で盛り上がり始めるりんによもぎは一言付け加えた。

 「まあ、その噂は私たちが小さい時に流れたみたいだけど。」

 「お前らが小さい時?じゃあ今は?」

 束ねた薪に肘を置き、鷹助は身を乗り出すようにした。

 「今は聞いたことが無い。」

 りんが元気よく答えた。

 「もしかしたら今も妾を隠していたりして。たえさんが愚痴っていたしね。」

 「あったね…。たえさんが『隠れて妾こさえてるに違いない』とか最近言っていたね。」

 これにはよもぎも同意した。


 鷹助と万兵衛等足軽たちが村に滞在し始めた時だった。徳左衛門と伝吉が人目を避けてこそこそと内緒話をしているようであった。それに対してたえは、徳左衛門が昔の噂のように妾を作り、それを伝吉が助けていると疑いだしたのだ。

 井戸の周りで、お堂の側でと感情が高ぶると愚痴がボロボロ飛び出すのであった。妾の愚痴はりんと洗濯している時に聞かされたものだった。

 しかし、徳左衛門がこそこそしている訳は妾のためとは思えなかった。

 「でも今は妾作っている場合じゃないよね。殿様から命じられている事があるのに。」

 よもぎが言うと、りんがあっと声を上げて鷹助に目を向けた。

 「そうだ。うちら怪我した足軽の世話しなきゃならないんだった。」

 「そんな時に妾に構っている暇ないよね。おまけに足軽大将はあんなのだし。」

 さりげなく万兵衛の悪口をよもぎは言ってみせた。あんなのの部下はうんうんと頷いている。

 「あんな何かと怒鳴り散らす大将を嫌でも相手しなきゃならないしね。殿様からは兵糧を出してくれ木材を用意しろって命令が来るしね。」

 「お前詳しいな。」

 鷹助はよもぎの情報に驚愕した。

 「よもぎは足軽の手当てをしてる医師の娘だからね。松之介さんにも命令が来て聞いたんでしょ。」

 「そう。」

 大きく頷いた。


 りんが口を開き大げさに考え込んでみせた。

 「よもぎの言う通り妾を囲っているはありえないことになったね。となると二人がこそこそしてるのは…」

 「どうせ村の安全というか自分たちの安全と今後についてじゃない。うちの村って八木様に付いているけど中川の軍はもう山の向こうまでだし。今攻められたらうちらも巻き添えじゃない。裏切って中川に付こうにも大将の目を盗むってのは難しいしね。」

 「確かに。」

 りんが笑った。

 「あの庄屋様、たえさんもそうなんだけど。大層な事言っておいて結局自分たちのことしか考えないしね。だから大将から自分たちに怒りを向けられないように取り入ったりしてるんだよ。まあ夫婦一緒にじゃなくて、庄屋様は伝吉と手を組んで、たえさんは一人でこそこそとしている感じで…」

 りんがそこまで言うと 鷹助が口を挟んだ。

 「よく庄屋と伝吉はよく二人でこそこそ話したりするのか?」

その問いによもぎが答えた。

 「庄屋さんと伝吉さんは幼馴染で。というより伝吉は庄屋の手下で。伝吉は村の入り口の一本松の近くに住んでいて。ほら入り口の所に大きな松が一本ある所。村を出入りしている人がよく見えるから。誰誰がどこへ行った。誰が村に来たか告げ口したりしてさ。自分も庄屋に次ぐ偉い存在とでも勘違いしているような。」

 隣でりんはうんうんと真面目に深く頷く。


 りんが思い出すように言った。

 「そういえば、昨日の朝だけど伝吉が珍しく朝早くに歩いてるの見かけたよ。今思うと山へ行こうとしていたのかな。」

 「そうじゃない。あまり村の人は、あの山に入りたがらないし、内緒話にはうってつけだし。事前に山で話そうってなってたら伝吉も早起きするだろうし。ぬかるんでるけど道は狭いけど、ゆっくり歩いていけば何も起きないしね。」

 「やっぱりお前山には詳しいんだな…。」

 「すごいでしょ。」

 りんがよもぎを鷹助に見せるように言う。

 「まあね」

 よもぎは鼻が高くなるように感じた。鷹助が感嘆し、りんが相槌を打つ。二人に持ち上げられて気分が高揚した。


 「ちょうどいい。山や村のこと教えてくれ。」

 「えっ」

 突然の申し出に我に返った。

 「実は頭に昨日のたえさんが落ちた訳を調べてこいって言われてんだよ。まだ殺しだって疑ってんだ。あっ、この命令誰にも言わず秘密にしといてくれよ。」

 面倒臭そうに言い終えるとよもぎの方を見た。

 「お前、村の中で一番詳しいんだろ。」

 深見山を指さす。

 「あの山のこと。そう聞いたぞ。」

 「聞いたって誰に?」

 よもぎは慌てて尋ねた。

 「りん」

 鷹助が即答する。りんは腹黒い笑いを見せる。

 「あんた。何言ってんの。」

 「だって実際、あの山にこっそり登ってるんでしょ。私見たもん」

 「だからって」

 「別に案内ぐらいいいでしょ。今日一日ぐらいはさ。あんたが頭が痛いとかめまいがしたってことにするから。あんたの父さんにお堂にいないのを誤魔化すから。」


 言い合う二人の少女をよそに鷹助は深見山をじっと見つめた。

 そして二人の中に割って入る。

 「教えてくれるよな?山のこと。」

 鷹助にまじまじと見つめられ、よもぎは仕方なく答えた。

 「分かった…」

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