第三章  村人の証言1

 よそ者であったはずの足軽には見慣れてしまった。

 最初、彼らはお堂に集められ寝泊まりしていたが、数が多くなり収容できなくなると怪我人優先となった。動ける者は庄屋や家の大きい敷地の家を持つ村人の所で世話になっている。村の中を歩けば村人に交じって足軽たちが行き交い生活を共にしている。

 よもぎと鷹助は村人や足軽とすれ違いながら村の中を歩いている。彼女からしたら連れまわされているが正確であった。


「何でこうなるの」 

 愚痴を吐き捨てた。その横で鷹助は頭を掻いている。

 井戸で彼の頼みを引き受けてしまった。その時、一緒にいたりんは「忙しいから」「看病は私があんたの分もするから行っておいで」と言って立ち去ってしまった。

 その後、出くわす村人たちに尋ねるが「あの足軽大将の妄言だろう」「カリカリしてるからね」の答えばかり返ってきた。

 よもぎは鷹助に尋ねた。

 「殺しだっていうなら根拠はあるわけ」

 「…知らねえ…」

 鷹助があくびをしながら答えた。その答えと仕草が彼女を苛立たせた。

 「知らないけど大将が庄屋を調べてこいって言うんだよ。」

 今度は腕を上に伸ばし体をほぐしている。


 「理由は知らないんだけど、『たえ殿は殺されたに違いない。』『怪しいのはお前たちと同じく山の中に入っていた庄屋と伝吉だ。』『山を調べれば何か分かるかもしれない』とか言い始めてさ。」

 「あの時、山の中にいたから怪しい?私たちは疑われていないの?」

 「俺たちは大丈夫。俺は頭には信用されているから。その俺と一緒にいたお前も疑われずにすんだよ。」

 「あんた。あの男に信頼されているの?」

 「ああ。」

 意外だった。

 確かに本人の前ではぺこぺこしてると聞いたが、あの横柄な男から信頼を得てるとは普段の彼からは想像ができなかった。言われてみればお堂で万兵衛が癇癪を起した時に彼をなだめたのは鷹助である。

 鷹助を見つめた。

 「…どうした。」

 「何でもない。」

 慌てて目をそらした。

 どこをどう見ても忠実さは感じられない。お堂で見た畏まった言動は忘れてしまいそうだ。上手いこと役を使い分けているようだ。


 よもぎは溜息をついた。

 「まあ…確かに人殺しだって言い張るな私も庄屋さん疑うけど…」

 「えっ…どうしたんだ…」

 鷹助は耳を疑った。よもぎの口から彼女自身が嫌悪している頭と同意見を聞けるとは思っていなかった。

 「だって、たえさんが引き上げられた時に庄屋さんも言っていたけどさあ。片方は崖。もう片方は森だけど足跡がついていない。だったらさあ、たえさんを突き落とした後で逃げるなら道を通るしかないよね。」

 「まあな…」

 「で、私たちは泉へと向かう道を歩いて庄屋さんと伝吉さんしかみていない。」

 「庄屋さんたちが伝吉さんと組んで、たえさんを突き落としたって言いたいのか。」

 「そう、あんたの頭はそう考えてるんじゃない?本当だったら同じく山の中にいた私たちも疑われても文句はいえない。でも、あんたはあの男に信頼されてるから疑いから外した。そのあんたと一緒にいた私も外された。残るはこの二人だけだって」

 「まあ、ありえるかもな」


 「そして悲鳴を聞いて駆け付けたふりをして私たちと偶然鉢合わせになったように見せかけた。おまけに庄屋さんは過去に妾を囲ったという噂があり、今もたえさんに疑われている。もしも、この噂を足軽大将も聞いていたとしたら…」

 「女房が邪魔になり崖から突き落とした。」

 よもぎが言う度に鷹助は静かに合わせて言った。

 「おまけに大将が『殺しに違いない』とか言った時、いつもはぺこぺこしている庄屋さんは『ありえない』って真っ向から否定しているし。」

 「確かになあ。」

 いつもの徳左衛門とたえが遺体で見つかった時の徳左衛門を比べると差があった。

 「でっ、お前も庄屋さんを疑うのか?」

 「まさか。今の話は、あの男はこう考えているんだろうっていう話。私まで庄屋さんを疑っているわけじゃないよ。今の話だと説明できない部分もあるし。」

 よもぎは笑って否定した。その時だった。



 「では山に見張りを置いてもいいのだな。」

 二人は近くの民家の影に隠れた。えらそうな声に耳を傾けた。万兵衛だ。

 「ええ、そこまであなた様がおっしゃるのならどうぞ。」

 嫌味なくらい丁寧な喋り。相手は徳左衛門だ。隣には伝吉が立っている。どうやら深見山に見張りを置くことに承諾したようだ。

 「ただ大蛇の怒りを買うようなことだけは…」

 「まだ言うのか大蛇など人があれこれ恐れて勝手に考え出したものだ。この世にいるはずがない。今日動ける者を集め、明日から見張りを置かせてもらう。後で気が変わったと言っても無駄だからな。いいか。」

 それだけ言うと万兵衛は立ち去って行った。

 すると伝吉が徳左衛門の目の前に手を出した。徳左衛門は渋々と伝吉の掌の上に銭を置いた。

 「今日はこれぐらいだからな。」

 「いっつも。すみませんね庄屋様。」

 徳左衛門はそれだけ聞くと去って行った。伝吉はお辞儀をしてその姿を見送る。

 そして後ろを振り返ったと思うと怒号を発した。

 「こら!お前らそこで何を見ている。あっち行け」

 伝吉は拳を振り上げこちらを見て威嚇した。

 よもぎと鷹助は顔を見合わせると一目散に逃げだした。



 「ハアハア…伝吉の奴…また偉そうに…」

 「まったくだ…」

 よもぎと鷹助は逃げ延びると息も切れ切れとなった。といっても伝吉は威嚇しただけで追いかけてはいないのだが。

 「それより山に見張りを置くって言ってなかった。」

 「言ってた。俺も後でその話されるかも…」

  鷹助は伸びをした。

 「よもぎ姉ちゃん。」

 幼い声がした。振り返ると勇太郎がこちらに向かって駆けてきた。

 「今日はお堂へは行かねえのか?」

 勇太郎はまだ七つの年であるが小さい体に収まりきらないであろう大きな声をかけた。


 「これの手伝いをさせられているの。」

 「これって何だよ。」

 よもぎは鷹助を指さして答えた。鷹助が言い返すが無視をして続けた。

 「元をたどれば、こいつの頭の言い出していることが始まりなんだけどね。」

 「おい、誰にも言うなって言っただろ。」

 「頭って、あの足軽大将のおっさん?母ちゃんが言ってた。『殺しだ』って叫んでいたって。」

 勇太郎が笑いだす。

 「で、勇太郎は何か知らない?」

 よもぎが勇太郎の目線に合わせてしゃがみ込んだ。

 勇太郎は少し考え込むと口をぱっと開けた。

 「そういえば、あの日たえさんなら見たぞ。」

 「本当!」

 よもぎは声を上げた。


 「その事は、この兄ちゃんにも言ったよ。」

 勇太郎が鷹助を指さして言った。

 「あんた、もう聞いていたの。」

 「そういやその日の朝、お前の家に行く前にこいつに会って話したっけ。」

 鷹助が思い出すように言う。

 「そうだよ。たえさん手に何か持ってた。確かお守り袋みたいだったって話。」

 「お守り袋?」

 「そうだ。そんな話だった。」

 よもぎは勇太郎に聞き返そうとしたが鷹助の興奮した声に遮られてしまった。

 「その時、俺たえさんに声かけたんだけどさ。『どこ行くの?』って、でも、あのおばさん。『こっちは忙しいんだから』ってそのまま行っちまったんだ。俺もすぐにその場から離れちまったけど。」

 「それ、いつ、どこでか覚えてるか?」

 「大体朝くらいだったかな。場所は村の入り口の所。一本松の近く。そのまま村を出て行くと思ったら引き返して来てさ。それで『どこ行くの?』って声をかけた。じゃあ俺はこれで。母ちゃんに手伝ってくれって言われていることがあるから。」

 勇太郎はそのまま駆け出していった。

 あどけない後姿を見ながらよもぎは考え込んだ。



 「一本松…」

 「山とは反対だよな。」

 鷹助も同じことに気づいたようだ。

 深見山へ続く道と村の出入り口にある一本松は正反対の位置にある。そして勇太郎はたえが村を出たと言った。

 「朝に見たってことは、すぐに村の中へ引き返さないと間に合わないよね。私たちも朝には山に登り始めたし、私たちより前を歩いていたなら…」

 「だよな…」

 「村を出ようとしていたのに何で深見山を登ろうとしたんだろうね。」

 よもぎは上を見上げた。深見山は村を見下ろしている。




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