第4話:広域時空警察

 大丈夫。きっと、あの人が力になってくれる。僅かな希望を託した少女の事を思う少年。

 

 「このくそ野郎。やってくれたな!」


 一人の男が少年、レイの腕を掴む。レイは腕をやってやったぞと言う表情をしている。その表情が余計に男たちの感情を逆なでしていく。


 「もういい」


 男はレイを突き放すと、手に持ていて槍の様な武器を投げ捨て、腰から銃を取りだした。その銃口をレイに向けた。その様子に、仲間の男たちまでも困惑する。


 「おい、言われた事忘れたのか?」

 「ああ。覚えているとも。可能な限り生きて連れて来い、だろ?」


 男の口元が不気味に微笑んでいるのがレイの目に映る。このままでは危ないのは誰が見ても分かる。ここからどうやって逃げるかを必死に考えるレイ。しかしそんな時間を、銃口を向ける男は与えてくれない。


 「不可能なら殺しても構わないってことだ」


 ここまでか。そう思って目を閉じるレイ。それと同時に、「パン」と乾いた銃声が聞こえる。

 撃たれた。そう思うと、自然と体の力が抜けていく。不思議と痛みはない。きっと、体がおかしくなったんだ。そう思う事にした。


 「ぐっ、あああああああ」


 謎の悲鳴と共に、ドサッと言う音がした。入り口から僅かに入り込む光に人の影が映っている。その影を見て一斉に男たちが振り返り、持っていた槍を構える。

 

 「あっ」

 「があっ・・・」


 男たちが行動を起こす前に先に銃声が響く。

 響く銃声とうめき声。何が起きたのか。まだ意識の残っているレイは必死に目を開けようとする。誰かが立っている。誰だ?

 レイに近付いてくる人物。レイの前に立つと、


 「さっさと起きろ、クソ坊主!」

 「いって!!」


 思いっきり頭を殴られたレイ。


 「あ、あれ?撃たれてない?」


 頭を殴られた事で徐々に感覚が戻ってくる。それと同時に視覚も戻って来る。


 「今ここで撃ってやろうか?」


 そう言うと、その人物はレイに銃口を向ける。その銃口をみて、思わず震え上がるレイ。


 「なんてな」


 そう言と、銃をしまう人物。


 「いい加減しっかりしろ。クソ坊主」

 「僕はクソ坊主じゃありません。レイですよ、タツさん」

 「ハッ、銃声で撃たれたと勘違いするようなガキが何言ってやがる」


 タツと呼ばれたのは、30代くらいの男性。アサルトライフルと拳銃で武装した人物だ。

 レイは立ち上がると床に落ちた懐中時計を拾い上げる。その表情は様々な感情で溢れていた。さっき自分が何をやったのか。それを思いす。


 「おい、ティアの奴はどうした?一緒だったろ?」


 思わず目を見開くレイ。その彼の表情にただならぬ何かを感じたタツ。そしてタツの視線はレイの手にする懐中時計に向いた。タツもそれが何か知っているからだ。

 懐中時計を持つレイの手には力が入る。緊迫した状態だったとは言え、軽はずみに行ってはならない事だと言う事はレイ自身分かっていた。それだけに。


 「この野郎!」

 「くっ」


 タツがレイの胸倉をつかみ上げる。その表情は怒りに満ちていた。


 「てめぇ、自分が何したのか分かってるのか。場所考えろ!」


 タツがレイを責めた部分は、それを使った事と、場所の問題。特に、今回に関して言えば、場所の方に問題があった。ティアも言って居た、この場所で使うとどうなるか分からないと。


 「仕方ないじゃないですか。そうしないと」


 そうしないと二人とも危なかった。確かに、あの時、事態は緊迫していた。もしかしたら二人とも今倒れている物たちの手に落ちていたかも知れない。今こうしてレイが責められているのは、この場にタツが居たからである。もし彼が名に遭わなければ、今頃レイは死んでいた。

 

 「――もしもし聞こえる?」


 耳にしていた無線から声が聞える。その声に二人はイヤホンを押し当てる。

 

 「はい。聞こえます」


 レイとタツ。二人とも応答する。


 「三人共無事なの?」


 その言葉に僅かな静寂が流れる。

 タツはレイの事を話すと通話を続ける。


 「別の意味で最悪だ。坊主は回収したが、ティアの方がな・・・」


 タツがレイに視線を向ける。レイの頭はそれこそ今もどうなってるか分からない彼女の事で一杯だ。

 僅かに流れた静寂、そしてタツの物言い。その場に居なくても何か飛んでもない事態に陥ったのは向こう側に居る人物でも容易に理解出来た。


 「何があったの?」

 「コードE3の発動。詳細は戻ってからまた話す」

 「コ、コードE3って、何かあったの!?」


 コードE3。通常とは異なる形で空間移動を行った時に発令される緊急事態発生を意味する。それだけに向こう側に居る人物も困惑を隠せない。


 「ここで話すより直接話した方が良い」

 「ちょっ、どういうこ」


 タツが無理やり通信を切る。タツの言った事は間違いではない。緊急事態とは言え、通話で状況を説明できる様な出来事ではないからだ。

 今はまず、自分たちが通話の相手の元に戻るのが優先される。


 「作戦指揮長、タツヤだ。一度戻る。準備をしてくれ」

 「承知しました」


 携帯電話で誰かと通話をするタツヤ。


 「レイ」

 「はい」

 「まずはこいつら全員連行するぞ」


 タツヤに撃たれた者達は負傷はしているが特段命に危機があるわけではない。

 その場に倒れている男たちの手に手錠をかけて行くレイとタツヤ。


 「ああっ。こっちは撃たれてんだぞ!」


 無理矢理体をタツヤに動かされた男が声を上げる。そんなのお構いなしに拘束していくタツヤ。男は軽く目に涙を浮かべている。


 「知るかよ。うちの部下に手ぇ出したんだ。生きてるだけありがたいと思え。もしも、室長が出て来てみろ。今頃海の底だぞ」

 「そうか。あんたら、『広時警』か」

 

 広域時空警察。それが、レイ達が籍を置く場所。そしてレイやティアはその実行部隊。

 全員の拘束が終わったタイミングでタツヤの携帯がなる。


 「準備出来ました。受け入れ可能です」 

 「了解。まとめて行くんで宜しく」

 「畏まりました」


 通話を終えると、タツヤは、胸ポケットからチョークを取り出す。部屋を出て廊下に、チョークで何やら円形の模様を描いていく。


 「良し。こいつら連行すっぞ。連れて来い」

 「はい」


 ズズズ。連れて来いと言われたレイ。しかし、拘束されているのは大人の男達。まだ少年のレイには、引きずって連れて行く事しか出来ない。なので、


 「もっと丁寧に扱えよ!」

 「はあ?罪人の分際で何を」

 「ああ。傷口、傷口引きずってる」


 そんな事言われてもどこに傷口があるか、レイには分からない。そんなのお構いなしに、タツヤの描いた円の中に連れ居ていく。

 タツヤはと言うと、男二人を軽々と抱えている。拘束したのは全部で五人。拘束した男とレイとタツヤ全員が円に入った。


 「移動開始」


 そう言うと廊下に居たはずの人影は一瞬にして消え去った。その代わりに。


 「相変わらず、すごい能力ですね。指揮長」

 「うるせ。さっさと行くぞ」

 「状況については室長より受けています」

 「助かる」

 

 先程まで建物の中に居たはずの人間が今はどこか広い駐車場に出ている。拘束されている男たちはそのまま地べたに座らされている。

 タツヤと話しているのはスーツに身を包んだ若い男性。今起きている状況についても把握しており、分かり切った事を再度訊ねる様な事はしない。ただ軽くレイに目配せして、すぐにタツヤとの会話に戻る。

 彼らの前には黒い中型のバスが駐車されている。そこに乗り込むと、バスはこの場を後にした。


 「少数で行ったのが裏目に出た」

 「現在、室長が上に判断を仰いでいます」

 「帰ったらやることが山積みだ」


 夜道を走り続け、一般道から高速に入るバス。バスの中は暫く沈黙が続いた。

 トンネルに入り、暫く走ったところでバスは本線からは外れ、別の道に入る。道路には、許可車両以外進入禁止の文字。そのまま、どこかへと入って行く車両は、高速道路から姿を消した。

 別の道に入ったバスはそのまま進んで行く。途中、複数の道が合流して来る。あちこちに伸びている道路は、全て、今走行している道に繋がっている様だ。

 

 「やっぱり、出て行く車多いな」

 「仕方ありません。少数での作戦実行を要請してきたのは上です。それに、無理がありました。引っ搔き回す程度の仕事は出来たでしょう」

 「どっちかと言えば、完全にクリアできれば良かったんだがな」

 「死人が出なかっただけましです」 

 「今は、出てないがな」


 トンネル内で次々にすれ違う車の数は十数台に及ぶ。その全てが今来た方向に向かって緊急走行している。

 タツヤ達が行うはずだった仕事の続きだ。タツヤやレイ達はある組織の潜入調査を行っていた。途中で切り上げて来ると言う事で別動隊が動きだしたのだ。


 「どうやら、こちらはなりふり構わないみたいですよ」

 「仕方ないさ」


 車列の最期を大型車が走って行く。大型車の出動は、短期での決着を目的としている時に出て来る。それは、あらゆる実力の行使が可能な事を示している。

 トンネルを抜けると、一気に視界が明るくなる。既に、何人か迎えが来ている。バスが止まると、タツヤとレイは降車し、近くにあるエレベーターに乗って移動していく。

 エレベーターで地上7階まで移動する。到着すると、既に、廊下を色んな人たちが慌ただしく走りまわっている。

 二人は奥の部屋へと向かう。扉には室長室と書かれている。


 「戻りました」

 「お帰りなさい。まずは報告を」


 タツヤとレイは敬礼して中へと入る。室内には二人の人物が待っていた。椅子に座っている女性がタツヤとレイの直属の上司に当たる室長。それともう一人。年配の女性が立っていた。その女性の事を目にしたタツヤの表情が苦虫を噛み潰したようになった。


 「おいおい。人の顔見てそれはないんじゃなか?」

 「うるせー。クソババア」

 「けっ、口だけは達者になっちまって」


 明らかに立場が上であろう人物に対して平気で悪態をついていくタツヤ。以前から面識はある様だ。一方のレイはどうすれば良いか分からず固まっている。


 「その辺にしましょう。部長」

 「はあ」


 一度ため息を吐いてから姿勢を正す女性。場の空気の流れが変わった。


 「あの、そちらの方は?」

 

 レイが、女性について訊ねる。


 「そうか。君とは初対面だったか。私は、広域時空警察特殊犯罪捜査部部長、滝本静です」

 「し、失礼しました。自分は、作戦実行部隊所属のレイ・クライスと申します」

 「宜しく、クライス君」


 レイは想像以上に上の立場の人が目の前に居て体が固くなる。

 現在、この部屋に居るのは以下の人物達である。

 まず、滝本静、レイ、タツヤ、そして室長であり、部長の娘でもある滝本柚である。


 「では、室長と作戦指揮長は現在に至るまでの報告を」


 席を中央のテーブルへと移して報告が始まる。


 「本日、特殊犯罪の内、一級犯罪に該当する違法空間装置の稼働を行っている研究所を摘発するための事前潜入調査を行っていました」

 「潜入調査の理由は?」

 「当初の予定ではこちらから、電子空間を経由して情報を得る予定でした。しかし、予想以上に向こう側のロックが固く難航しました」


 柚が難しい表情を浮かべる。実際は人が表に出る予定では無かった。


 「そこで、研究所内部のサブコンピューターとこちらのコンピューターを繋ぐための仕掛けを施しに向かう事になりました」


 それが今回レイ達に与えられら任務であった。その任務に就いて、静が疑問を抱いた。なぜ、わざわざ研究所に乗り込む必要があったのか、だ。そこまでする必要があるのであれば、恐らく強制捜査の許可が下りる。強制捜査の可否の決定権は部長である静にあった。話を聞く限りでは、彼女は許可を出せた。だが、今回、室長の判断は違った。


 「あなたの考えを教えてもらえるかしら。滝本室長」

 「はい。強制捜査は危険だと判断致しました」

 「危険、とはどういう意味でしょうか?」

 「研究所内での違法活動を私達は空間移動以外にもあると踏んでいました」

 「それは?」


 柚が一度黙り込む。それは、言うかどうか迷っているのではい。柚達の掴んだ情報が思いのほか大きすぎたからだ。それは、強制捜査をした結果、間違いでした。では済まない内容だった。


 「非人道的活動です」

 「――!?」


 予想を上回る単語に、思わず静も絶句する。

 非人道的活動。これに分類される犯罪は一つしか存在しないからだ。そして、その罪の重さは数ある犯罪の中でも上から数えた方が早いレベル。それだけで、潜入任務が行われた説明が付く。この場合、室長の判断でも潜入任務は可能だ。


 「そのこと、他の部隊は?」

 「第一級犯罪対策室は全員把握済みです。今日の結果次第では、他部署にも協力を仰ぐ予定でした」

 「内部に潜入したのは、作戦指揮を執った私以下二名。サブコンピュータールームまで一気に向かう予定でした」


  当初予定されていた任務はある意味シンプルな物であった。大きな作戦でもないため、いつも通りと言えばいつも通りの任務だった。


 「ただ、途中で予想外の出来事が発生しました」

 「予想外と言うのは?」


 ここで、静がレイに質問をぶつけた。ここから先は、レイの方が詳しいと判断したから。実際、今回の当事者はレイであると言ってもいいだろう。


 「あの、その・・・」


 目上の立場であり、周りが大人たちで少し緊張気味のレイ。そんな彼に、対し、

 

 「ゆっくりで良いから話しなさい。焦ると大事な事まで忘れるわ」


 優しくも厳しくとも取れる静の言葉。だが、有事であっても冷静なのは場慣れしているからなのだろう。


 「今日に限ってサブコンピューターが点検の日だったんです」

 「それで、研究所の人間と鉢合わせになったのね」

 「はい。付近に警備の人間も居なかったので内部に入るまで気付きませんでした」

 

 その後の流れとして、警備にあたっていた男たちに追い回される形となったレイとティア。状況が一変した事を察したタツヤも研究所に入り込んだが、彼が到着した時は一足遅かった形だった。


 「侵入がバレて追い詰められたとき、可能な限り生きて連れて来いと言われていた様でした」

 「成程ね。連行してきた者たちの所持品を調べたところ、ただの警備員ではなさそうなのは確かの様です」

 「えぇ?」


 静と柚の前にあるパソコンに、男たちの所持品を調べて居たチームからメールが届いたのだ。


 「どれもこれも、違法武器ばっかね」

 「これなんて、今第二が追ってる密輸品です」

 

 密輸品があることを知った静は顎に手を当て何か考え込む。柚の考えている通りの犯罪がその研究所で行われているとすれば一刻を争うからだ。最悪死人が出かねない。それどころか、今回の犯罪に関わった人物を取り逃がす事になるかも知れないのだ。

 考え抜いた結果、静は一つの決断を下す。


 「滝本室長」

 「は、はい」

 「現時刻を持ってこの事件における指揮権限を私に譲渡することを命じます」


 静のこの時の表情から柚はこの命令には逆らえない事を悟る。

 静は立ち上がるとデスクに向かい電話を取る。いきなりの事で柚も驚きを隠せない。

 

 「な、何をするの?」

 「他の支部と部署に協力を仰ぎます。これは一刻を争います」

 「コードE3の件まだ」

 「それについてはもう、手を打ってあるわ」


 コードE3については連絡後すぐに柚によって静へと伝えられた。そのタイミングで静はとある人物に連絡を入れた。いわば、ティアの行方を追ってもらっているのだ。今彼女がどの世界のどの位置に居るのか、より詳細に居何処を掴めるように。


 静が電話で今起きている事態について説明し、協力を仰いでいく。電話の相手も、状況の重さを知ってか、誰も拒否することは無かった。そして、最後の連絡先として連絡したのは、


 「特殊犯罪捜査部長の滝本です。総監に報告します。広域時空警察本部管轄内での特殊犯罪捜査における現場対処を行います」


 静が今連絡を取っているのが広域時空警察のその頂点に立つ存在、総監督である。それは、静自身が現場で指揮を執る、今起こっている事の重大性を報告するための物。この連絡が入ることは総監にとっては胃が痛くなる連絡だ。今から発生することに対してあちこちに連絡しなくてはならない。それは政治も絡んでくる。但し、余程の事が無ければ、総監は拒否を出す事は無い。

 よって、今回の静の要請は飲まれる。


 「失礼します」


 電話を切り終えると、静は部屋を後にする。


 「滝本室長。あなた方三人は、時空管理部へ行きなさい」 

 「時空管理へ?」

 「既に、コードE3に対する捜査が始まっています。そちらに協力を」

 「畏まりました」


 部屋を出る際にそれだけを言い残すと走り出した静。手際の良さに違和感を覚えたタツヤは柚を見つめる。


 「最初から部長が出るつもりだったんか」

 「ええ。途中ですれ違ったでしょ」

 

 タツヤはあの大型車を思い返す。あの大型車はその為に用意されたのもだったかと。現場指揮用の大型車は室長以上の人間が臨場する時などに使用される。


 「今から行って間に合うん?」

 「部長の力なら間に合うと思うよ」


 タツヤと柚が室長室の窓の外に視線を向ける。




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