第3話:交差する夢と現実


 あり得ない。誰しもがきっとそういうだろう。だが、現実は、そのあり得ないこの事態を引き起こし彼女の目の前に現れた。それはもう、誰がなんと言おうと覆らない。

 だが、すぐに状況を理解し飲み込むなど、中学生の彼女にできるわけがなかった。しかも、目の前にいる少女は、彼女と同年代くらいの女の子で気を失っているように見えた。こんなとき、一体どうすれば良いのか、この場所では誰も教えてくれない。この場所は「翼」しか知らないのだから・・・。

 翼は、混乱しつつも、目の前に倒れている少女に声を掛けが、少女は気を失ったまま。翼は、少女の肩を持つと、部屋にあったベッドへ少女を寝かせる。


 「この子、どう見ても・・・」


 夢の中で出会った少女とそっくりのその少女の寝顔を見つめる翼。

 今日何度か感じている何かは、確実に形を成そうとしていた。

 少女は翼の夢の中では「ティア」と呼ばれていた。夢の中でしか会ったことのない少女――。正確には翼が夢の中で一方的に観測しただけに過ぎず、会ったと言う表現が正しいのかは不明だ。

 だが、事実、翼は少女の事を知っていた。だからこそ、最初に彼女を見つけた時、人がそこに居た以上に驚いたのだ。夢の中の存在ではなかったと。

 何かの因果によって引き合わされたとしか思えないこの状況に翼はどうすれば良いのか悩んだ。少女が目を覚ましたあと、一体どうすれば良いのか。この場所の事が誰かに知られるのを受け入れるしかないのか、それとも・・・。

 翼はふと、新たに開かれた部屋を改めて見回した。そこは、これまで翼の居た場所とは異なり、生活感に溢れていた。この部屋は寝室として利用されてたのだろう。しかし、いまだに誰が何の目的でこの場所に隠し部屋を作ったのかは謎のまま。

 

 今翼の居るこの地下構造物は、翼が思っている以上に広い場所である。翼が今まで居た本の置かれた部屋は数ある部屋の中の本の一つに過ぎない。

 この地下構造物には翼が出入りしている場所以外にも何か所か存在しており、そのどれもが外側からは発見が難しいようになっている。その数ある出入り口の一つが朱鷺ノ丘学園の一ヵ所に繋がっていた。

 大規模に作られているその地下構造物は何の目的で作られたものなのか。まだ、その大切な手掛かりは見つかっていない。


 翼は今入って来た方向とは違う場所に扉があったことに気が付く。反対に、今自分の入って来た方を見て見ると、そこにあったのはクローゼットだった。つまり、あの部屋は隠された部屋だったと言う事になる。

 翼は今いる部屋のへと向かう。扉を開けると、そこは、なんの変哲もない普通の部屋。場所を考えなければ普通の家のリビングみたいになっている。生活するには困らない程度の設備が整っており、そのことが余計に不気味であった。


 誰が何の目的でこんなものを設けたのか。翼の中で謎が深まるばかりだった。


 翼は、眠っている少女を振り返り、部屋を後にする。ここが一体何なのか知るため、あちこちを見て回ることにした。

 その場所自体はやはり普通の家の雰囲気を思わせる。ただ、家具が少し古いようにも思え、この場所が作られた時期が、少なくとも10年以上は前だろうと思われる。ただし生活感と呼べるものはなく、物だけ揃っているモデルルームみたいな雰囲気を思わせる。部屋を見て回ると、下へと通じる階段を発見する。その階段自体は特に隠されているようなわけではなかった。

 階段を下りると、そこに扉があった。ただし、今までとは違った雰囲気の扉が・・・。今までの扉が木製だったのに対し、今彼女の前にあるのは、鉄製。


 「つうしんしつ?」


 ドアプレートに通信室とひらがなで書かれていた扉は重く、翼の力で開けるのは一苦労だった。その思い扉を押し開けると、部屋の明かりがつき、何かが起動するような音が響き渡る。

 正面のモニターに電源のマークが一度点滅すると、まるで深い眠りから覚めたように、一気に動き始め、高速に物事を処理していく。次々に切り替わる画面に翼は立ち尽くすことしかできなかった。


 「起動完了、システム以上なし」

 「最終起動日より、年月の経過を確認。データの更新を行います」

 

 機械の声が起動の完了を告げると、その部屋は再び静けさを取り戻した。

 翼はゆっくりと、中央のモニターの場所まで向かう。モニターは複数あり、そのどれもが翼には難解だった。画面に映し出されているのは、何か波形と数字、そしてこの構造物全体と思われる地図。その地図の二ヶ所に赤い点があった。一つは翼の、もう一つは今寝室で眠っているあの少女の物。

 

 「何なの、ここ」


 混乱するな、と言う方が無理なこの状況。画面の下には操作に使うと思われるキーボードや機器がある。そこに翼が手をつくと、一つの画面が切り替わった。


 「新たな生体反応を確認。該当者なし。生体反応の登録を実行します」


 えっ、えっ!?


 いきなりの出来事に思考が追いつかない翼。


 「前管理者の最終アクセスより、放棄を認定。管理者権限を移行」


 翼を他所に次々と画面上でデータが更新されていく。それを目で追うのがやっとな翼。最後に、


 「新たな管理者のデータ取得及び、システム更新完了」


 新たなって事は、私のデータを得たって事?でも、一体どうやって?


 困惑をつ続ける翼を他所に、その大きな機械は今も情報の更新を継続している。誰かの手を、人の手を使う事無く勝手に進んで行く膨大とも思われる処理。長い眠りから覚めたとは言え、果たして独りでに作業を行う事が出来るのだろうか。

 まるで、長い眠りに就くことが予想されており、予め、再起動後の動きがプログラムされていたようにも思えた。


 「現在地、及び、当世界の日時を把握」


 画面に映し出されていた画面上の物が全て消え、真っ黒になる。


 「総合型時空管理システムタイプα、ミスズ起動します」


 それまでの機械的な音声から、人間らしい声に切り替わり、真っ黒だった画面に再度電源マークが点滅する。すると、画面上に一人の女性の姿が映し出される。年齢は20代前半と言ったところだろうか。

 画面に現れたその女性は、今も困惑し続けている翼に声をかける。


 「初めまして、ですね?」

 「えっと・・・」


 突然話掛けられた翼は、その声にどう反応をしたら良いのか分からなかった。今までこんな経験無かったのだから。

 翼の出す返答は「はい」と頷くだけ。それ以外に出てくる回答はない。


 「私はミスズ。このシステムの管理運用を行う自立型のAIです」


 ミスズは先に自己紹介を始めた。それは、少しでも翼を落ち着かせようとするものであった。彼女は自らAIと名乗った。それでも、人の感情と呼べるもの、空気感と言う物を理解している。そこから導き出したミスズの答えが、自らが先に名乗ることだった。

 

 「良ければあなたの名前を教えて頂けますか?」

 「久音ひさね翼、です」


 俯いたままの翼。まだ、思考が完全に追いついていない様子。そんな翼の表情を読み取ったミスズは、


 「いきなりで驚きましたよね」


 優しい表情を浮かべたまま翼に語りかけるミスズ。これも、翼が安心できるようにと考えた物である。その事が、翼にミスズが機械的な、端的な流れ作業でない事を実感させた。

 驚いたというよりも、何が何だが分からないと言う方が正解に近いのかも知れない。そんなことを考える翼。


 「その、聞いても良いですか?」


 翼は顔をあげ、ミスズを見つめる。ミスズは軽く頷く。


 「ここは、一体何なんですか?」


 その当然とも言うべき質問に対し、ミスズは、


 「申し訳ありませんが、現段階では開示出来かねます」

 「現段階?」


 ミスズの翼への回答は至って普通と言える。彼女がAIと言う点を抜きにしても、翼はこの施設から見ればまだ、部外者の類。そんな彼女に情報を開示する理由は無い。それでも、ミスズはあえて、今後、翼に情報を開示することを示唆した。

 それは、ミスズ自身が高度なAIであるところにもよっている。


 「今後、この施設やあなたを取り巻く環境によっては、この場所について情報を開示する必要性が出て来ると思われます」

 「だから、現時点・・・」


 翼が俯いたまま、黙り込む。


 「しいて言うのであればですけど」


 ミスズの言葉に翼は顔を上げる。

 

 「この場所は、隠れ家です」 

 「隠れ家?」


 確かに、彼女の言うとおりこの場所は隠れ家の様に見える。外からは見つかりにくく、出入り口も徹底的に隠されている。おまけに、地下にはこの場所だ。隠れ家以外に何と言うべきか。

 しかし、ミスズが示したかった隠れ家は別の意味がある。


 「はい。この場所はある目的に為に用意された場所です」

 「その目的って何?」

 「それは秘密です」


 口元に人差し指を当てて答えるミスズ。肯定する時は勿論、否定する時も、アクションを一つ加えることで、冷淡さを和らげている。

 この場所が隠れ家と呼ばれる場所であり、何らかの目的によって作られた地下施設。そこまでは、翼も知ることが出来た。けれど、それは結局何も教えてもらえなかったと言う事と変わらない。今、ミスズに言われた事は、なんとなく想像可能だ。本当なら、その先を教えてもらいたかった。

 教えてもらえそうにない雰囲気にあることを翼は察すると、


 「そう、ですよね」


 少し、残念そうに呟いた。そんな翼をミスズは黙って見つめていた。


 「そう言えば、久根翼さん」

 「は、はい!」


  名前を呼ばれ顔を上げる翼。

 

 「あなたは、この場所をどうやって?」

 「え?」

 「この隠れ家は外部の人間には決して分からないような場所に、出入り口が設けられているはずです」


 確かに、ミスズの言う通り、翼はこの場所へは変な場所からは入っている。


 「本来、この場所はあなたの様な人が見つける事すら出来ないと思うのです」


 翼がこの場所を発見したのはほんの偶然に過ぎない。否、偶然の中に含まれた必然と呼べるのであれば、そっちが正解だろう。


 「どうして、そう思うんですか?」


 出入口は確かに見つけにくい場所にあった。まるで隠されるように。植物園からの入り口を開けるにも、翼が毎回使う合い言葉が必要だ。ミスズが翼に問うているのはまさに、その事だ。


 「二つ、あなたに教えますと、この隠れ家はあらゆる場所に繋がっています」

 「そうなんですか」


 思わず驚く翼。だが、自分の学校から入った場所は最初、あの小さな部屋に出る。後から入った部屋の方もどこかしらに繋がっていても不思議ではない。

 翼に、出入り口の事を訊ねるには、この情報は明かさなくては、ミスズが不用意な情報の開示請求を翼に受ける可能性を危惧した為。その高度なAIは、小さなエサでどれだけの物を得られるかを行うのだ。そして、開示する情報は最小限に。その事を瞬時に判断できるのは、彼女がAIだからだ。


 「もう一つは、それぞれの入り口には何かしらのキーが必要です」

 「っあ」


 翼は、すぐにつながった。自分がこの場所に入って来る時、必ず唱えている言葉がある。ミスズにとって重要なのはこの『鍵』の部分。何故、翼が知っているのか?本来であれば、翼は知る術を持っていない。

 ミスズは、自身が休眠状態にあった期間も含めあらゆる可能性を模索していく。その中でも、確実にありえないであろう考えはすぐに破棄していく。翼が何故、『鍵』を事が出来たのか。

 一方、翼は自分がこの場所に来るための出来事を思い出していく。


 「そのキー、って言うのは物なんですか?」


 翼は自分の知っている言葉もそれに当てはまるのか気になった。


 「そうとは限りません。物理的に入手可能な物で揃えてしまうのは、基本的に良しとはされていないので」

 「じゃあ、パスワードとかもあるってことですか?」

 「はい。そのはずです」


 合い言葉も言ってしまえばパスワードの一種だ。


 「あの・・・」

 「何でしょう?」

 

 翼は両手の指を併せながら自分の知っている事を話そうとする。もしかしたら、ミスズも何か他の事を教えてくれるかも知れないと思ったから。


 「私がここに辿り着いたのは最初はちょっとした好奇心、だったんです」

 「好奇心?」

 「はい」

 

 翼は自分がこの場所を知った経緯を話し始める。


 「私のおじいちゃんとおばあちゃんが話してくれたんです」

 「久根さんのおじいさんたちが、何故?」


 ここに来て、ミスズに新たな状況が発生する。この場所を知っている外部の人間が二人増えたのだ。この場所を管理する立場である以上、聞き進めなくてはならない。


 「私がまだ小学生の時に聞いたって言うのと、なんだか難しいお話しでよく覚えてないんですが」

 「構いませんよ。良ければ、教えてください」


 ミスズは、翼に併せることを怠らない。


 「おじいちゃんたちが、良く何かの場所の事を話していたんです」

 「何かの場所」

 「はい。多分ここの事だと思います」


 翼の祖父母はこの場所について深く知っている。ミスズが明らかにしないといけないのは、翼の祖父母の立ち位置。彼らが、どちら側の人間なのか。


 「あなたのおじいさんと、おばあさんはどのような方なのでしょうか?」


 ミスズは、翼と会話を続けながら、この施設中のログを調べていく。全ての出入り口、ここ以外の設備が使われた可能性。そして、最後に使用された履歴まで全て。前回の管理者権限を保有していた人物について。


 「良く、海外に行っているみたいです。私も、日本に戻ってきている時にしか会っていません」

 「今もまだ、海外に?」

 「はい。そうです。ここ何年かは日本に戻ってきていないみたいでして」

 

 翼が祖父母とその会話をしたのは5年ほど前の事。


 「あ、でも、今でもおじいちゃんだけ毎年帰ってきます」

 「おじいさんだけですか?」


 その事がミスズには妙に引っかかった。翼の話から推察するに、彼女の祖父母は恐らく行動を共にすることが基本となる。数年前まではそうだったと言う事は、翼の話しからしてまず間違いないだろう。

 なぜ、祖母だけが帰国していないのか。それが謎となり、彼女の中に残った。


 「それで、話を戻しますと、二人が話していたのは、もう一つの家の事です」

 「もう一つの家」


 ミスズが翼から目線を逸らす。


 「最初は別荘か何かだと思ったんです。おじいちゃんたちは、日本に居る時は私達と住んでます。私が生まれた時に一緒に住むようになったみたいです」

 「もう一つの家と言うのは翼さんのおじいさんたちの実家、と言うわけではないのでしょうか?」


 普通ならその考えに行きつく。実際、翼もその辺りまでは小学生であっても辿りつけた。

 ミスズが不可解に思ったのは、何故、翼にこの場所を伝えたのか。ミスズは自分の中で出した仮定として、翼の祖父母はこの隠れ家の関係者と見て居る。となると、次の質問を翼に投げかけたいところではあるが、今は翼が話している。話の流れで知りたい情報が出る可能性も考慮し、話を続ける。


 「違うみたいです。私も何回かおじいちゃんの家に行ってみたいって言ったのですが、もう売ってしまってないって」

 

 その時点でまだ、翼に話す気が無いのであればそれは妥当な回答と判断するミスズ。

 ただ、その話のどこにも、隠れ家を連想させるようなワードも、ましてや、話す理由も浮かんでこない。


 「ただ、もし必要になった時のためにって変なメモを渡してくれたんです」

 「変なメモ?」

 「はい。ここからが難しくて覚えてない部分になるのですが」


 つまり、本題はここからだ。


 「メモを渡してくれた時、おじいちゃんは、例え必要になっても多分私は何も出来ないって」

 「何も出来ないっていうのは?」

 「何もないからって」

 「何もない・・・」

 

 ミスズは考える様に目を閉じる。そのメモには恐らく、どこからかこの隠れ家に入るための何かが記されていた。そう考察する。何も出来ないのに、渡した。


 「何もない」


 何もないと言うのが、出入り口の事なら話は繋がる。隠れ家の出入り口は外からは見つけられない。何もないと言っても良いだろう。


 「あと、例え入れてもその先は入っちゃ駄目だって」

 「どういう意味でしょう」


 翼の祖父母が翼に渡したのはその小さな部屋に通じる出入り口。例え、今翼が居る空間に繋がったとしても、その場所には入らないように釘を刺していた。


 「多分、この場所の事を言ってるんだと思います」

 「この場所?」

 「私、始めはこんなに広い場所とは思わなくて」

 「成程」


 隠れ家全体の地図が三次元的に把握できているミスズは彼女の祖父の言葉が理解出来た。隠れ家はどの出入り口も、例え見つけられたとしても、この通信室が備えられている空間には入り込む事が出来ないようになって居る。つまり、隠れ家の出入り口はどれも、最初、小さな部屋の様な造りをした空間に出るのだ。


 「ですが、まだ肝心の部分が分かりません」

 「肝心の部分?」


 コクリと頷くミスズ。肝心の部分と言うのは、何故、翼にその事を話したのか。


 「何故、あなたにこの場所の事を話したのでしょうか?」

 「二人が言ってました。何かあった時そこは私の見方になるって」

 「味方?」

 

 会話が続いていく途中で、ミスズが行っていたログの解析が終わる。

 

 「――これって」

 「どうしたんですか?」

 

 ミスズの声のトーンが低くなる。分かった情報はどれも今の翼には開示出来ない物ばかりであった。そして最も新しいログの中に特に気になる物があった。全くの外部から干渉を受けた記録。何者かがこの世界を知った上で干渉してきたという事実が。そして、休眠状態状態に入ったのは今から2年前であること。


 「ちょっと気になった記録が見つかったので」

 「気になった記録?」

 「久根さん。この施設にもう一人誰か居ますね?」


 ミスズはその方向に体を向けて翼に問いかけた。その視線の先には、今も眠っている、少女がいる。



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