第5話:行方を追って

 静が部屋を後にして暫くして、柚とタツヤが立ち上がる。


 「ほら、行くぞ坊主」

 「僕はレイです。何度言えば分かってもらえるんですか」

 「うるっせ。余計な仕事増やしやがって。今や、この事に関しちゃ本部所属の人間はほぼ全員が知ってんだからな」

 「へ?」


 思いのほか、大事になってる事にようやく気付いたレイ。事が大きくなったのは仕方が無かった。まず、絶対に起きてはならないような事態が発生した。それだけに第一報を受けた柚は『コードE3』と言う単語を大声で叫んでしまった。それが多くの人に聞かれてしまい一気に拡散。部長である静も柚から連絡を受けて同じ行動を取った。そのため、上層部の人間も大勢が認知する事態になった。

 あらゆる世界を股に掛ける広域時空警察。この組織はどこの世界にも属することのない独立組織である。そのため大きな権限も有している。それと同時に負うべき責任も大きい。

 独立組織である以上、様々な世界の政治的力も受け付ける事は無いが、有事の際に払うべき配慮は膨大になる事もある。


 「おまけに、総監は今頃上で一人寂しくあちこちの世界に協力の要請の電話してる」

 「さらに言うと、こんな大事だ。非番の管理部も呼び出されたらしい」


 柚とレイの口から明かされる今の状況報告を受けて徐々に小さくなっていくレイ。仕方ない。あまりに早まった行動だったのだ。

 皮肉か否か、この二人の行動によって、遭難者となったティアの捜索に対し瞬時に取り掛かることが出来た。

 遭難者を出すと言う事態は重大な事故である。そんな事故を警察が起こしてしまった。この事態には多くの部署が巻き込まれる。そのため一件でも発生すれば他の作業に割ける時間も人員も減少する。それでも、遭難者の捜索は優先事項の上位に存在している。

 通路を早歩きで進む三人。タツヤと柚の会話は今後の動きの事に動いている。今回発生してしまった事に対する処理は全て終わってからと言う事になった。研究所絡みは、静に任せることが出来る。現場に居る者達も部長である静の指揮には従う。


 「はあ、今回はどこまで絞られるのかな~」

 「減給で済めば良いがな」

 「監察はともかく飛ばされるのは嫌よ」

 「今回の事案、キャリアに響くのは仕方ないでしょ」

 「後は、お母さん頼みか」


 柚は現場で指揮を執っている母親を思った。これまで柚達が追っていたことが確かなら、多少なりとも今回の事故に対するフォローになる。後は、遭難者発見をいかに素早く行うか。両方とも早期に解決できれば、傷も浅くすむ。

 上司二人が処罰の心配を始め、どんどん自分の中で不安が大きくなっていくレイ。自分の取った行動がこれほど沢山の人達に影響が及んだ事など今まで無かった。その事の大きさに自分はどうすれば良いのか分からなくなって行く。

 本部施設にある時空管理部。そこで遭難者ことティアの捜索が行われている。


 「失礼します。特殊犯罪対策室長以下二名入ります」

 「待ってました。先輩」


 管理部の室内には前方に大きなスクリーン。そして個々の座席に三画面のパソコンが設置されている。今、ここで多くの人が情報を基に捜索している。

 柚に『先輩』と言った男性。彼が、この時空管理部を取りまとめるアランである。立場は柚より上だが、アランは今でも柚の事を先輩と呼ぶ。まず部署が違うのでアランはその辺を気にしていない。


 「アラン君本当にごめんなさ。こんな無理なお願いしてしまって」


 一瞬だけ管理室に沈黙が訪れる。捜索活動を行っている全員が柚達に視線を向けた。ここに居る全員が知りたいのだ。今何が起きてどういう状況なのかを。既に、柚からの依頼によって別の捜査を行っていた時空管理部。そこへ、別の仕事が割り込んできた。全ての捜査を後回しにして欲しいとの指示。しかも時空管理部の人間総出で。


 「全くです。と言いたいところですがその辺はまた後で。そこの君もだ」


 アランが目を掛けたのは他でもないレイだった。アランはなんとなく状況が理解出来たようだ。コードE3の当事者がレイであると言う事が。捜索対象がティアだと分かった時点で第一級犯罪対策室関連であることはすぐに分かった。そこに柚から受けていた依頼を照らし合わせれば何が起きたのか仮説は簡単に立った。


 「で、どうなの?」

 「現在、彼女の端末の位置情報を追っているのですが全く居場所がつかめません。そのため、異なる時間軸にも飛ばされてしまった可能性も考慮して捜索の範囲を広げて居ます」


 何故、ここまでして何も手掛かりが見つかっていないのか。それは、ティアを飛ばしたレイがまだ肝心な事を伝えて居なかったから。


 「彼女、一体どこへ行ってしまったのかしら」

 「ちゃんとした場所では無いので、どこへ行っても不思議ではありません」

 「一番最悪なのは?」

 「我々の力が及ばぬ場所へ行ってしまう事です。そうなってしまえば、手の出しようがありません。特に今回、彼が使用している物で異空間へ転送したと聞いています」


 時空警察の人間は、捜査の関係上個々で移動が許されている。それでもそのための場所が存在している。

 アランが指摘したレイの所有物を使用したという点。本来であれば、警察施設からの移動しか出来ないが、レイの持っている懐中時計だけは話が別だった。


 「いつどこに居ても転送が可能な特別品ですか」

 「私達が普段使う代物が警察施設でしか使えない物とは違った物です」

 「けれど、どうしてそんな物が一捜査員に過ぎない彼の手に?」


 アランが不思議そうに柚に訊ねる。


 「それは彼が魔法世界の人間で、彼の魔法の一つだからなの」

 「成程。そう言えば、そんな話もありましたね」

 

 この世界は複数の世界が繋がり、多くの人種が行き来をしている。これらの世界で生活している人たちは大きく三つに分類されている。一つは、タツヤの様に、特別な能力を使える人達。次に、レイの様に魔法を使う人。そして、最後に、特別な力を持たない人たちだ。その中でも、能力を使える人や魔法を使う人が広域時空警察の中でも多くを占めている。

 レイの生まれた世界は魔法使いの世界。そして、何の因果か彼の家系は代々転移魔法を得意分野として扱っていた。似た能力を持つタツヤとは違い、その移動に関して制限が無い事。そして、いつどこでも発動が出来ると言う点にあった。そんなレイの魔法だが、彼はまだ完全には使い熟せていなかった。そのため、使用には室長以上の許可が必要だった。


 「せめてそこの子が転送時に何を考えていたのか分かれば多少は」

 「そんなのも手掛かりになるのか?」


 タツヤが半信半疑でアランに聞き返す。


 「彼が魔法使いである以上、何かしらイメージが必要になるはずです。でなければ術が発動することもないでしょうし」


 それを言われたレイの肩がビクッとする。その僅かの動きをタツヤは見逃さなかった。


 「お前あの時何考えたんだ?」


 タツヤの声に困惑が混ざっていた。ずっと黙り込んでいたレイを不審に思った。自分が起こしたことなのにずっと黙っている。普段のレイであればもっと前に出て来るようなタイプだと知っているから。

 タツヤに肩を掴まれて体に力が入るレイ。


 「――第三世界」


 ボソッと呟かれたその言葉を耳にした彼の周りの三人は言葉を失った。それは、先程アランが言って居た力の及ばぬ場所と合致する。


 「冗談だろおい」

 「・・・」


 第三世界。その言葉を聞いたアランはすぐに指示を出す。


 「全員聞いてくれ。彼女の居場所について一つの仮説が浮かんだ。第三世界だ」


 アランの言葉を聞いた人たちはざわつき始める。その場所が一体どんな場所なのか皆知っているからだ。そしてそれは捜索の続行が事実上不可能に近かった。捜索を行っていた人たちにもあきらめのムードが流れ始める。ここの人員が一斉に捜索しても見つけられない。それほどの世界だった。


 「それじゃ、探しようがありません。広域時空警察我々が持っている端末の電波を辿れません」

 「それに、第三世界に関する情報は非常に少ないです。何より、我々が往来可能で唯一支部が存在しない世界ではありませんか」


 手を止め、立ち上がってアランに現状の厳しさを訴える捜査員。その厳しさはアランも承知している。捜索続行不可。それが管理部の捜査員全員の頭を過った。捜索不可と言う決断が下されれば、その時点で捜索が終了。永久遭難者として登録される。

 

 「捜索不可、も視野に入れる必要が出て来ます」

 

 これからどうすべきか。アランの決断力と手腕が問われる。


 「第三の魔素の濃度は?」

 「魔法世界の5%ほどです」


 この数字は例え魔法を使う事が出来る人間が居たとしても、魔法の仕様がほぼ不可能であることを示している。殆ど力が使えない。助けを呼ぶために何かしらのアクションを起こそうにも起こせない。アランは複数の捜索案を模索していく。


 「探索方法を変更。彼女を魔力を追え。例え魔素が薄くても、存在があるのであれば辿れるはずだ」

  

 アランは一つの望みに賭け、指示を出す。捜査員達はアランの言葉を受け、捜索を開始する。とはいえ、望みが薄いのに変わりはない。これで見つかる可能性は限りなく低い。ただし、零ではない以上やってみるしかない。

 レイはただ必死になって捜索に当たってくれている管理部の人達を眺めることしか出来ない。今の彼に何かできることがあるか、と言われたら何も無い。ただ、そこに立っている事しか出来ないのだ。


 「室長、どうした?」


 タツヤがずっと何かを考え込んでいる柚に声を掛ける。


 「ごめん、ちょっと出て来る。おか、部長から連絡あったら受けといて」

 「え、ちょっと、室長?」


 柚はタツヤに自身の端末を預けると管理部を後にして、本部施設最上階に向かう。

 建物の15階。その奥に彼女の目指す部屋はあった。ノックをしてみるが返事は無い。留守、と言うわけではなく、単純に返事が出来ないだけだと柚も分かっている。ノックをして、そのままその部屋に入る。


 「失礼いたします。特殊犯罪捜査部、第一級犯罪対策室室長滝本柚、入ります」

 

 中に入ると、その部屋の主は電話の最中。柚が入って来たのを目視で確認すると、待つようにとジェスチャーをとる。

 暫くして電話を終えたところでその人物は柚に椅子に座るように促す。


 「ったく、お前んとこのガキは面倒な事をしてくれたな」

 「申し訳ありません」

 「おかげであちこちに連絡取っては、ガヤガヤ言われる様だ。広報部にも仕事回したが、殆ど俺だ」


 そう言って立ち上がったのは50代くらいの髭を生やした男性。その男性は煙草に火をつけると、柚の前に座る。


 「で、なんだこのくそ忙しい時に。お前んとこの始末してんだぞ。こっちは」

 「それは本当にありがとうございます」


 柚の前に居る人物こそ、この広域時空警察の総監督、ライール・ラッセルである。

 柚も自分の部下の不始末をお願いしている以上頭は上がらない。それでも、柚はある目的があってラッセルの元を訪れている。


 「確か、非人道的活動、だったか」

 「はい。部長から報告が入っている通り、今現場対処中です」

 「非人道的活動が本当だとして、現場対処して大丈夫なのか?」


 ラッセルが現場対処で最も不安視しているのは、被害者が何らかの形で、別の世界へと連れていかれること。そうなってしまえば、再度発見するのは難しくなる。非人道的活動を行っている以上、表向きはかなりクリーンな事を装っている。余程深く調べない限りその痕跡すら見つけられない。

 今回柚達がその事に気付けたのは別の部署で行われていた行方不明者の捜索が発端であった。


 「滝本部長が出ています。部長なら問題なく対処すると思います」

 「まあ、彼女のここでの勤務歴は私より長いからな」 

 「で、本題なんですが」

 「え、本題今のじゃないの?」


 今のが本題だとしたら柚はわざわざここまで来ない。今のを本題と言ったラッセルを見て、少し休みたかったのだと察した柚。


 「本題はそれこそもっと重い案件です」

 「だろうなあ」

 「コードE3の件で一つ打開案が」

 

 柚がわざわざ総監督室まで出向いた理由はその打開策にあった。時空管理部で、その案を提案しても、その先へ進めないのは目に見えている。また、この打開策は滝本柚だからこそ思いついた案だとも言える。


 「聞かせてもらおう」

 「彼女の現在の居場所が第三世界である可能性が濃厚になりました」

 

 その言葉を聞いたラッセルは大きなため息を吐く。

 

 「ま、どっかでそんな事件事故が起きるんじゃないかなとは、正直思ったこともある」

 「ま、そうですよね」

 「けど、まさか私がこの組織に居る間に2度も事故が起きるとは」


 2度。その回数に柚はただ苦笑いを浮かべることしか出来ない。どちらも間接的とはいえ、自分に関わりがある。


 「だからあえてここに来た、と言う訳か」

 「そうです。今、管理部ではティアの魔力を追っています」

 「魔素がほぼないのに?」

 「ですので、ある人物達に協力を仰ぎたいのですが・・・」


 ラッセルには柚が協力を仰ぎたいと言って居る二人が誰の事を指しているのか既に分かっている。その事を念頭に置いて熟考していく。本当に、その二人を巻き込んで良いのか。少なくとも二人の内の一人は問題ないと見て居る。5分程じっくり考え込む。


 「私の許可は出す。但し、最終的な判断は君の上司である滝本部長の判断を優先してほしい」

 「わかりました。部長の現場対処に関する報告を受け取り次第、許可を取ります」

 「うむ」


 柚は総監督室を出ると再び時空管理部へと向かう。少しでもティアの情報が見つかっていれば後々楽になる。


 「ごめんなさい。戻ったわ」

 「室長どこ行っていたんです?」

 「ちょっとこの後の事で確認を」


 流石に総監督室に行っていたとは言えない空気感。


 「あそうだ。先程部長より現場対処を始めた、と連絡がありました」

 「わかったわ。ありがとう。それでアラン君、彼女の行方はどう?」


 アランは難しい表情をする。殆どの人間が第三世界に関する知識が乏しい。そのため、捜索をしようにも手探りで探して行くしかない。これだけ不効率なやり方が出来ているのは今の内だけと言うのが、アランの見解。すぐにでも何かしらの方針を見出さないと捜査員たちも疲れて来る。

 何より、他の仕事を後回しにしているので捜索だけに手を割くのも難しい。


 「せめて、もう少しなにかあればな」

 「今滝本部長が現場対処の指揮を執っているの。その終了の連絡が入るまでは粘ってもらえないかしら?」

 「先輩何を考えているんですか?」

 「ちょっと、ね」


 柚が何を考えているのか。アランだけじゃない。タツヤやレイにも分からなかった。柚の考えが分かっていたのはラッセルだけだった。




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