親子 第四章

 ふたりは屋上にほうちやくした。

 ひようふうがはだえをなぶってゆく。

 六本木ビル屋上にはほうはくたるヘリポートが鎮座しており会社のヘリコプターはほうちやくしていなかった。父親が〈まずいな〉としようじゆするとそこはかとなく銃声がこだました。六本木通りはりゆうじようはくしているだろうし警察が威嚇発砲したのかもしれない。銃声とともに天蓋から爆音が肉薄してきてヘリコプターがべつけんされた。ヘリコプターは六本木ビルの上空にてホバリングしたのちヘリポートに降下してくる。メインローターのごうおんふうで父親が息子を抱擁しているうちにヘリコプターはヘリポートに着陸した。父親は息子をきようどうしてゆく。ヘリコプターのドアを開放すると操縦者がおおごえで〈おくれてすみません〉とした。メインローターはかんじよとして停止してゆき父親は息子を座席に搭乗させる。父親はいう。〈なんていったらいいかわからないけれど〉と。息子は〈ありがとうごめんねとうさんもかあさんもだいすきですよ〉といった。父親はきよしながら〈ヘリをだしてくれ〉とほうこうする。ドアが密閉されメインローターがかいてんしはじめる。息子と視線があったかとおもうとヘリコプターはおうようとして上昇していった。

 最後のけつべつだった。

 否父親は今一度息子とかいこうできることをしていた。戸籍上は別人となってもろくしんけんぞくである息子が画壇でいつせいふうし父親を狂喜乱舞させてくれる未来を夢想した。生きねばならぬ。だが可能だろうか。かくりようたるヘリポートにて天壌無窮のきゆう窿りゆうはるかしながらこうかくしているとふたたびごうおんめきだした。ヘリコプターだ。警察も一筋縄ではいかないな。警察のヘリコプターは父親を逮捕するためであろうヘリポートに着陸するためにホバリングしはじめた。ふうがふきあれる。父親がヘリポートの中央にしようりつしたことにより着陸に難儀している。やがてヘリポートの〈H〉文字のかいわいに降下せんとしてテールローターでかいてんをはじめた。父親は両手でベレッタ92を掌握して警察ヘリの操縦席をねらって銃撃した。警察ヘリはたまゆらしんとうする。ないにヘリコプターのドアが開放され銀髪の壮年が現前した。壮年は両手でニューナンブM60をかまえている。父親は〈撃ってみろおれは生きてやる〉と絶叫する。壮年は操縦者とひともんちやくおこしたのちに実際に発砲した。マズルフラッシュが明滅した刹那父親はふつこうの中央に衝撃をうけてたおれた。

 意識がもうろうとする。

 ふつこうぞうろつこつぱいにされたためか腹部を銃撃された衝撃でくずおれとうをヘリポートに激突させたせいかはわからない。ヘリコプターの爆音が脳髄をげきとうさせているからかもしれない。これが死か。警察のヘリコプターはやくやくヘリポートに着陸してメインローターを停止させた。開放されていたドアから銀髪の壮年が肉薄してくる。〈――現行犯逮捕する安心しろ治療はおこなう――〉といっているがめいちようときこえない。治療だと。どうせ逮捕されたら死刑に極まっている。もうおしまいだ。父親は右手でベレッタ92を掌握しなおして壮年に発砲した。壮年はそんきよしたが無論あたらない。父親は諦念した。ベレッタ92の銃口をみずからの側頭部にあてて満天のぼしを仰視する。視界の左端壮年とは反対側にわたしがてきちよくしているのがみえた。〈わたしがみえるのか〉ときつきようしてわたしはいった。父親は尋問する。〈あんたはだれだ〉と。わたしはこたえる。〈わたしは近未来に技術的特異点にほうちやくしたノイマン型コンピューターだ人類はわたしを神様とよぶ〉と。〈なんでもせきをおこしてみよう〉というと父親は〈息子の未来をみせてくれ〉といった。

 わたしはせきをおこした。

 一刹那のうちに父親の脳内に息子の人生が投影される。息子はつつがく新潟県のへきすうほうちやくし別人となる。戸籍謄本のちゆうとうてつけつされないために父親の資産もほうてきして鉄工所でしんしようたんしながら絵画をえがきつづけた。やがてマネーロンダリングのためにみずからの絵画が高額とりひきされ覆面画家としていつせいふうすることとなる。実力とはかんれんしない成功だったがいんを切欠に快進撃をつづける。せんじようばんたいしようがいしやをカラバッジョ風に描破して父親の会社へのオマージュとした。巨大なる車椅子のうえで人類が生活している巨編「人類Ⅰ」にてサザビーズ現代美術特別オークションにおける最高落札額九億五千万円の栄誉を獲得する。とうしゆとんとみしようがいしや支援基金をたちあげたうえでしようがいしやげいじゆつしようしゆした一大美術館を建設した。もうろくして人生最後の巨編「親子」をごうする。母親と父親と息子がえがかれいてるだけの凡作でほうへんまきこす。結句日本中のしようがいしやたちに見守られながらへいした。遺言は〈生まれてきてよかったです〉だった。息子はもうろうとする意識のなかで母親と父親のこんぱくに抱擁される。

 せきがおわり父親はいった。

〈人生は生きるにあたいする〉と。

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