心理 第四章

 長岡地方裁判所はせいひつとしていた。

 法廷に関係者がってくる。

 被告人弁護人検察官が入廷すると被告人は傍聴席まえの椅子に鎮座して弁護人検察官そうほうが左翼右翼にしようりつする。しばらくして裁判官が入廷し被告人も傍聴人も全員きつりつしていちゆうした。けんれいが着席すると人定質問となり被告人が証言台にじゆりゆうする。ろうの裁判官がいう。〈あなたは花輪光一ですか〉と。被告人が沈黙していると弁護士がこたえた。〈被告人は精神外科手術によって人格をそんされています返答できない場合わたしが代理となります被告人は花輪光一にまちがいありません〉と。罪状認否となって検察官が起訴状を朗読する。〈被告人は悠久山の公園にてこいびと大地幸子をやくさつしたものである〉と。裁判官から黙秘権の説明がありつづけて尋問される。〈起訴状の内容にびゆうはありませんか〉と。弁護士が代理で〈そのようです〉とこたえる。冒頭陳述となり検察官側が事件のいちいちじゆうちゆうする。〈被告人はこいびとが精神外科手術を甘受してはいじんとなったために被告人および被害者が人間であることを証明するためとけつして被害者をやくさつし被害者と盟約していた結婚にかんれんする費用を削減せんとしたうたがいがあります〉うんぬんと。

 法廷はゆうすいとなる。

 検察側の立証となり検察官が証拠品を陳列しちゆうしやくしてゆく。〈被害者大地幸子が窃盗により警察署に連行されたの記録です〉と。〈こちらは長岡保養所にて被害者の精神外科手術を遂行した菊池医師によるカルテです〉と。〈同様に菊池医師による被告人のカルテです〉と。弁護側の立証となる。弁護士はたんをきる。〈元来被告人に責任能力はありましたが検察側の資料にもあるとおり菊池医師によるロボトミー手術によって心神喪失状態にあったとかんがえられます〉と。〈またこいびとであった被害者殺害にかんれんしてはけっして結婚費用のろうだんが中枢の目的ではなくしんこんより被告人および被害者が人間であることを証明するために被害者の同意のうえであやめたものと証言しております〉と。そうほうたいするなか論告弁論となり検察側弁護士側から最終的なこうれきされる。検察側いわく〈被告人の自白と事件現場の状況の一致から被告人を有罪にして無期懲役を科すべきである〉と。つづいて弁護士側いわく〈被告人は精神外科手術という不可避的なる外的要因による心神喪失によって無罪とかんがえられます〉と。

 法廷はつゆいささいんしんとする。

 傍聴席から〈無期懲役か〉〈死刑じゃないのか〉とこえこだまする。しゆうしようろうばいした裁判官はいう。〈静粛におねがいします〉と。被告人の意見陳述となる。裁判官はする。〈被告人最後にいいのこしたことはありますか〉と。弁護士が〈裁判長はわたしが代理として――〉というと被告人はとうをふってひんせきした。被告人はかろうじて裁判官にきこえる小ごえしようじゆする。いわく〈わたしを有罪にしてください〉と。〈わたしは人間です玩おもちやじゃありません責任能力もあります〉と。〈ひとのこころを玩おもちやにするあなたたちこそほんとうに人間なんですか〉と。法廷は沈黙する。やがて判決いいわたしとなる。裁判官はれいせいしつする。いわく〈これはただの裁判ではありません人間の尊厳をかけた哲学的なる問題です弁護側検察側の主張をしんしやくするに被告人はほんとうに人間の尊厳をかけて殺人をおこないました殺人は犯罪として罰せられますが人間の尊厳の問題とはかいしますわたしは人間の尊厳は尊厳としてだからこそに法律的解釈をするにすぎません〉と。つづけて〈被告は人間であるがゆゑに刑法一九九条殺人の罪により無期懲役とする〉と。

 十年のえいきよけみした。

 の法律において無期懲役刑は最短十年で仮釈放になるとされていたがゆゑに模範囚の男性はつつがく仮釈放となった。刑務所の入口で挨拶をすると刑務官が尋問した。〈これから何どこへゆくんだね〉と。男性はしようじゆする。〈へきすうの出版社へ〉と。新潟県内のぶんげい同人誌の印刷までをろうだんしている零細出版社へこうかんの原稿をていせいしてゆくと結婚費用のための資金をとうじんして原稿を自費出版することになった。精神科医を中枢として自費出版としてはなる四九八冊が購入される。二冊のうち一冊はみずからの記念として片方の一冊を掌握しながら被害者の墓参へいった。墓前にて幸子の母親とかいこうする。母親いわく〈まっていました〉と。〈あれから菊池医師と裁判して勝訴したんですよ〉と。〈法改正でロボトミー手術は禁止されましたけれどかつて精神外科の被害に遭ったひとたちで被害者団体をつくったんです〉と。〈あなたも参加しませんか〉と。男性はとうをふった。墓碑にむかっていう。〈人間てなんだろうねっていったね〉と。〈に書いたんだよ〉と。

『人間とはなにか』の最終行をつぶやく。

〈人間とは愛するいきものである〉と。

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