第十話 愛情

愛情 第一章

 わたしはせきをおこす。

 これはゑみちゃんのせきの物語だ。

 新学期の小学校六年生の教室にてさんそうした進級生たちによるくぐじみた自己紹介がもよおされていた。五人ずつ黒板のまえにしつしてひとりずつ蟹は甲羅に似せて穴を掘るかたちでの自己紹介をしてゆく。つぎの五人がれつすると同級生たちの視線はひだりから二番目の男児にしようしゆされた。男児のがんぼうにはかいなるケロイドがある。ユニークフェイスだ。左端の女児の紹介が遂行され男児の順番となる。〈ぼくは先天性のケロイド症でちよつのきずもケロイドになってのこりますへんなかおだけどよろしくおねがいします〉と。五人が着席すると男児の右隣の女児がいった。〈たいへんだね自分のことへんなかおだなんていわなくていいよ〉と。男児はかたこいをした。いままで何度自分をへんなかおだといってきただろう。なのにへんなかおだといわなくていいという。しばらくちゆうしていた男児はけつして女児に告白した。女児は〈すきだよ〉といってくれた。翌日一緒に下校しようとしたところ女児がほかの男児に〈わしくんがすきなんじゃないの〉といわれながら〈おばけみたいなかおでいや〉といってせつぷんしている光景を目撃した。

 はつこいはおわった。

 小学生時代をしゆうえんし中学校へ進学するとぎようこうにもくだんの女児はせきの学校に進学しけつべつした。れんあいけんえんしたわけではなかった。みずからの外見的なるへいとうからしてむしようがんばせの異性に自己投影して劣等コンプレックスのおんみようしようすることをきゆうした。ゆゑにこそ審美眼がほうしてゆき美術部に入部することとなる。実際にはの美術部は漫画同好会であり絵画というよりイラストをごうする場所にすぎなかった。男性は独立で絵画のうんおうをきわめんとする。生真面目にジョットやミケランジェロやカラバッジョの宗教画の模写をした。ちんぎよらくがんしゆうへいげつではないが嬋おそよかなるふうぼうの女子部員がおり男性は女子部員の肖像ばかりえがくようになった。女子部員もえんすることなくモデルになってくれるのでけつして戀文を譲渡してみた。翌日教室へるといんの戀文のぜんぺーじにされ黒板に添付されていた。戀文のかたわらには就中なかんずくケロイドを過剰に描写された男性のイラストがえがかれている。きようこう女子部員は不登校となった。

 二度目の戀もおわった。

 中学生時代にもつぱら美術部活動をびんべんしてきたがゆゑにがくもんにおいてらくはくした男性は三流の私立高校へと入学する。低偏差値高校といえども男性は特別進学科にひんしつされ進学のためにきよくべんすることとなった。三流高校は風紀びんらんしていたが特別進学科はほどでもない。就中なかんずく男性のクラスで一番めいぼうこうの女性はべんにも不良少年にも平等にかんとしてあいあいとする人格者だった。無論女性はユニークフェイスの男性ともこんきよくに会話してくれた。正直にいって男性は女性に興味はなかった。二度の失戀にへきえきしていた男性はれんあいえんしはじめていたからだ。ゆゑにこそこれがせんざいいちぐうの時宜とみられた。もうれんあいはできないかもしれない。男性は衆人環視の教室のなかで女性に告白してみた。女性はきよする。〈こんな気持ちわるいかおのおとこに告白された〉と。きつきようした男性は女性のさいはいたちにじようされ〈犯罪者〉〈おまえなんか死ね〉とざんぼうされた。男性は自殺をこうかくした。どうこくしながら帰宅すると両親がさくがくいちいちじゆうでんされたのちに〈学校なんていかなくていいよ〉といわれた。

 人間とのれんあいはおわった。

 両親のとくあいによってつつがく高校を中退した男性は通信教育で高卒の資格を獲得せんとしながら独立の精神で就職した。ぎようこうにも従業員十人の零細鉄工所にちゆつちよくされ汎用旋盤工員としてしんしようたんしてゆく。きりくずまんする鉄工所ではマスクでがんぼういんめつできた。女性工員も三人いたが会話する必要はない。きようこう男性にはさいはいができた。ほうばいいえども相手が勝手ままに肉薄してきたのだ。昼休みの休憩室にて男性の工員いわく〈あんた童貞なのかおれも実は童貞なんだよおれはイケメンすぎて女性がよってこなくてねあんたはどうなんだ〉と。男性はこたえる。〈ぼくはかおのケロイドのせいで女性がいやになったんですれんあいも結婚もしなくていいんです〉と。同僚は〈じゃあせいよくの処理はどうしてる〉という。実際に男性はとくすらしていなかった。同僚はつづける〈おれは童貞だけどAVで処理してるよAVでおかしたおんなはかぞえきれないよ〉と。男性は勘付いた。アダルトビデオなら女性と会話しなくていい。女性がTVのちら側の自分のかおをみることもない。どんなうつくしい女性ともセックスができる。

 男性は同僚に感謝した。

〈ありがとう先輩〉と。

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