我々は、『勇者』を、許さない。

 我々は、『勇者』を、許さない。


 『勇者』とは何なのだろうか。私は疑問を持たずにはいられない。あの暴虐の限りを尽くした彼を『勇者』と呼ぶのであれば、私の思い描いていた『勇者』とは全くの別物である。


「『勇者』タイグラントよ、よくぞやってくれた。旅立つ時には幼かった貴君が立派な『勇者』になり、さらには『魔王』ヴァ=ナファーズを倒すとは。世界の平和を取り戻した貴君には、褒美を与えなければならない」


 この世界の中心の超大国『セント・バール王国』。その王の前に『勇者』はいる。彼はひざまずき、王の言葉に耳を傾けていることだろう。


「陛下よ。世界中のみなの協力のおかげで私たちは『魔王』を討ち取ることができたのです。私たちだけが褒美をもらうわけには……」

「さすがは『勇者』。だが、私には貴君に褒美を与えなければならない。そうでもしないと国民に示しがつかないだろう。ならば、命令しよう。褒美を受け取れ、『勇者』よ」

「これは困ったご命令ですね。それでは、その命令に従わせていただきましょう」


 汚い猿芝居をしやがって。本当は感謝の言葉よりも褒美が欲しいくせに。おそらく『勇者』の最終的な目的は王座。果ては世界の支配ってとこだろう。


「ところで、貴君の仲間はどうしたのだね? 姿が見えないようだが」

「すみません、陛下。彼らは非常に恥ずかしがり屋でして、こういった公の場には出たくないと申してまして……。それで、私が代表として参じた次第でございます」

「はっはっは。世界を救った『勇者』も、仲間には頭が上がらないか。貴君の仲間にもお礼をしたかったが、まぁ良い。彼らには貴君から私の言葉を伝えておいてくれ。世界を救ってくれて感謝している、と」

「陛下の寛大なご配慮に感謝いたします。彼らには、必ず伝えるようにいたします」


 私たちが恥ずかしがり屋だ? 「来るな」と言ったのはどこどいつだ。クソッ……。魔法スペルを使って会話を聞いておくように言われたから聞いてるが、腹が立ってしょうがない。世界を救ったと言われている『勇者』の仲間が、今にも崩れそうなボロ小屋に押し込まれているなんて誰も思わないだろう。


「それでは、失礼いたします」


 気がつけば王への謁見えっけんが終わったようだ。何でも王女との結婚という話も出ていたらしいがよく聞いていなかった。彼は空間転移魔法アクセス・シフトですぐに戻ってくるだろう。


「おい、お前ら。ちゃんと聞いてたか? 何か聞かれても、俺のした話と矛盾がないようにしておけよ。それとこれだ」


 思っていた通り、早い帰りだ。『勇者』は私たちを睨みつけるように見ると、小さな袋を机に投げ置いた。袋からはジャリッという金属が擦れる音が小さく鳴った。


「なんです? これ」

「硬貨だ。褒美はまた別に寄越よこすらしい。何もなしじゃ悪いからってそれをもらったんだ。これは全員で自由に使っていいぞ」


 本当はこれの10倍……いや100倍はもらっているんだろう。と思うが、口には出さない。いや、出せない。


「イニシャ、俺にかけた聴音魔法リサウンズを解いておけよ」


 『勇者』は魔法スペルを解除したのを確認すると、家から出ていった。

 私たちが彼の……『勇者』の仲間になったのは何年前だろう。あの時は、ひどく幼く見えたんだがな。

 そんな彼も数年後には立派な『勇者』になった。才能に溢れ、優秀な『勇者』になった。はずだった。

 そこにあったのは、力に溺れた姿であった。自身の力や評価を高めるためならなんでもしていた。あまりにも強大な力を持ったせいか、私たちの言葉もだんだんと届かなくなってしまった。そして遂に私たちに口を挟む隙は無くなった。口を挟んだ者は、すぐに消えてしまうからだ。文字通り、この世界から姿を消してしまうのだ。

 旅を初めて数年後。私たちは『魔王』が直接支配している領土に足を踏み入れた。その頃の『勇者』は、『魔王』を討伐するには十分な力を既に持っていた。しかし、『勇者』は『魔王』を討ち取ることはしなかった。何故か。それは『勇者』が『魔王』を支配することに成功したからだ。圧倒的な力を持った『勇者』に踏みつけられる『魔王』の姿を想像できるだろうか。

 これで世界は救われた。と思う者は当然いるだろう。だが、世界はまだ平和にはならなかった。力によって『魔王』を支配した『勇者』は新たな活動を始めた。勇者の存在価値の向上だ。

 『勇者』が魔物に近くの村や町を襲うように指示し、良きタイミングでそれを『勇者』自身が助けに行く。いわゆる自自作自演。『勇者』の思惑通り、評判は高まっていった。

 それ以外に、『勇者』は訓練と称し魔物を痛めつけたり、魔物同士を戦わせ合うことをしていた。何の為かって? 『勇者』自身の娯楽の為だ。旅の途中で見た闘技場を意識したと嬉しそうに語っていた。時には口元を緩め、その光景を見届ける姿は、まさに『魔王』のようだった。


 私たちは祈っていた。彼が失脚することを。

 私たちは祈っていた。彼を脅かす存在が出現することを。

 しかし、そんな祈りは真っ暗な空へと消えた。


 それから約1年後、『勇者』は『魔王』を封印した。討伐しなかったのは、まだ利用価値があるからだ。数年後に再び『魔王』を復活させ、もう一度世界を救う。2度世界を救った『勇者』は神に近しい存在となる。きっとこれが『勇者』の描くシナリオだ。


「目覚めよ。『魔王』ヴァ=ナファーズ」

「グッ……キサマは……一体、何者だ」

「『勇者』の仲間だ」

「あぁ……アイツの……」


 『魔王』は少し表情を歪めた。私たちは『魔王』が封印されている地底の果てにいる。『魔王』と話をしに来たのだ。


「何用だ? やはり我を討伐しに来たか」

「封印を解きに来た」

「そんなことをしてどうする?」

「『勇者』を討ち取るためだ」

「キサマは人間のカタチをした悪魔か?」

「まさか。普通の人間だよ。ただ、他人より少し『勇者』を憎んでいるけどね」

「ハッハッハ。面白いぞ、人間。話を聞こう」

「まずは封印を解こう。封印極魔法・解リベラシオン


 『魔王』は唸り声を上げなら身体の自由を取り戻した。


「感謝するぞ、人間よ」

「私は『賢者』イニシャ。よろしくな、『魔王』よ」

「あぁ、よろしく頼むぞ、イニシャ。さぁ、話を始めよう」


 我々は、『勇者』を、許さない。

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天神短編集 天神シズク @shizuku_amagami

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