第3話
夕方近くまで街を歩き続けた昌也は、やがて馴染みのバー、トミーガンに入った。
「いらっしゃいませ。」
「空いてるね。」
「あれ、マサさんか。顔が一瞬わかんなかったよう。」
アルバイトのキヨコが笑いながら言った。
「おうマサさん。早いね。」
マスターの冨山良一が挨拶した。店名「トミーガン」のトミーは冨山の愛称でもあり、店名が示すとおりクラッシュの大ファンでもある。
「すっかり歩き疲れちゃって早く来ちゃいました。ジンバックもらえますか。」
「朝からこんなだから、どれがどのボトルか混乱してさ。ちょっと待ってね。」
言いつつトミーは手探りでビーフィーターのボトルを掴み、ジンジャーエール等々を混ぜ、くし切りのレモンを放り込むと、グラスを昌也に差し出した。
普段は暗めで落ち着いた電球色のカウンターが、薄暗いピンクの怪しい風俗店の雰囲気を醸し出していた。トミーが言った。
「わかってる。言わないで。照明でしょ。俺も来てすぐ、これはないなあ、と思ったんだけどさ、といって違う色の照明っても、何色を買ったらいいのかわかんなくてさ。明日アキバにでも行って、実物見て買わないといけないな、と思ったのよ。今日はガマンして。」
キヨコが続いて言った。
「あたし今日、ほぼすっぴんなんだよ。だってさ、化粧したらゾンビみたいに見えちゃって、何をどうしたらいいかよくわかんなくって。」
トミーが聞いた。
「しかしマサさん、これどうなっちゃうの。雑誌なんか作れるの?」
「どうなっちゃうのかは僕が訊きたいですよ。明日は仕事行きますけど、どうなるのか、全然想像つかないですね。」
つまみの真っ赤なオリーブを囓りながら、昌也はキヨコの顔を見た。色がハチャメチャなことになっているとは言え、すっぴんはすっぴんに他ならず、色のことはさておいても、キヨコってこんな顔だったっけかな、とつい、しげしげと顔を見つめてしまった。キヨコはキヨコでやはり昌也の顔を見て、やがてこう言った。
「マサさんさ、案外肌つやが良くないね。疲れてるの?」
そういうことではないだろう、と内心思いつつ、昌也は答えた。
「化粧も、照明も、食べ物や服もそうだな、商品の入れ替えが、これから大変になるかもねえ。」
「どういうこと?」
尋ねるキヨコを無視して、昌也は考えることに没頭し始めていた。
この、色のおかしくなってしまった世界、これが永遠に続くとして、世の中はどういう風に、これに対応していくのだろうか。例えば雑誌や映画、テレビなどは、色を調整するなどして、従来の色のように見せることは恐らく可能だろう。だが、空や海や山といった自然、そして人の肌の色、こういったものは変えることは出来ないわけで、だとすれば、今見えているこの色に慣れていく方向なのだろうか。
緑の顔にピンクの照明があたって薄気味悪く紫がかった肌のキヨコを再び見つめた。アジア人にも黒人にも白人にも美人はいるわけで、やがて自分も緑色や紫色の女性に魅力を感じるようになるのだろうか。今ひとつ確信が持てなかった。
そのあとジンバックを1杯とウィスキーのロックを2杯おかわりして、しかしいつまでも考えることを止められない昌也は全く気持ちよく酔える気がせず、今日は帰って早く寝よう、と思った。
「それじゃマスター、また来ます。」
「おやすみー。気をつけて帰ってね。」
外に出るとすっかり夜で、夜の闇に包まれた通りは昨日までとそれほど大きく違っては見えず、その様子に何だかホッとしながら、帰路についた。
(続く)
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