第40話 急な来訪者と日曜日



「東北のほうだともう雪が降ってるんだね」

「寒くなってきたけど、この辺りはまだまだよね」


 テレビのニュースでは、北海道や東北ではもうかなりの雪が降っているとニュースキャスターが言っている。

 関東のこの辺りの平野部はここ数年、雪らしい雪は降っていない。

 随分と前に大雪に見舞われた事があったけど、僕の覚えている限りではそれくらいだ。


 10月に入り気温もすっかり低くなり、日が暮れるのも早くなった。

 今日は一段と冷えたので、晩御飯に寄せ鍋をして2人でつついている。


「東北って行ったことないんだよね。鈴羽はある?」

「学生の頃に秋田に行ったのと、就職してから会長の付き添いで北海道に行ったくらいね」

「あ、そうか。仕事だと行く機会もあるよね」

「ええ、会長ってあんなでしょう?思い立ったらすぐに行動だから……」


 確かにあの行動力を見ているとそう思う。

 やはり大企業の創始者ともなると決断したら即行動なのだろう。

 鈴羽に言わせると『単に子供なだけ』だそうだ。

 2人して会長さんを出汁に笑い合っていると来客を告げるチャイムが鳴る。


「珍しい。誰だろ……う……か、母さん!?」

「ええっ!お義母様!ち、ちょっと待って!」


 モニターにはいつもと同じ、着物姿の母さんと一歩後ろに控える是蔵さんが映っていた。


「僕は下に行ってくるから!鈴羽は、えっと……適当に片付けといて!」

「うん!皐月君!なるべくゆっくりでお願い!」

「努力はするよ!」


 僕は慌てて階下に走って降りる。

 実の母が訪ねてきただけでこれ程慌てるのもどうかと思うけど、あの人は普通の物差しでは測れない人だから。


「か、母さん!急にどうしたの!?」

「今晩和、皐月さん。そんなに慌てなくても宜しいです」

「いや、だって……」

「是蔵、後で連絡します」

「はい、かしこまりました。奥様」


 是蔵さんは丁寧に頭を下げて車に戻っていく。


「少しお時間宜しいかしら?」

「は、はい」


 宜しいかしらと言っておきながらも、母さんは僕の返事など待つ気もない様で、スタスタと階段を上がっていってしまう。

 一体全体、何の用なんだろうか?





「どうぞ」

「気を使わなくて結構ですよ」

「そんな訳にもいかないでしょう?」


 母さんにお茶を淹れてからリビングで僕と鈴羽は何故か変に姿勢を正して母さんと向かいあって座っている。

 部屋に流れるピリッとした冷たい空気は決して寒さのせいだけではないはずだ。


「来週の日曜日、お時間はお有り?」

「来週ですか?」

「私は……一応仕事が……」

「僕も学校が……」

「鈴羽さんの方は私が門崎に話をつけます。皐月さんは休みなさい」

「あ……はい」

「……分かりました」


 初めから僕と鈴羽の予定など無視するつもりなら聞かなければいいのに。と思ってもそれはとてもじゃないが言えないし言う勇気もない。


「それで母さん、何の用なの?」

「来週の日曜日に雑誌の取材と少し華を活けてもらいます」

「「え?」」


 見事に僕と鈴羽の返事が被ったのは当然だろう。

 僕達の反応を軽く無視して母さんは話を続ける。


「先日のテレビ番組の収録の折にも触れましたが、昨今華道や茶道が見直されつつあります。それに加えてああいった番組も増えております」


 母さんが言うには、そういった時世を踏まえて新たに華道や茶道をメインとした月刊誌が刊行されることになったらしく、それの取材を受けてもらう(受けてほしいではないところが母さんらしい)ということだった。

 若い世代を狙っている雑誌だけに宗家の方々ではなく若手の僕達の取材をしたいらしい。


「じゃあ別に僕じゃなくても良かったんじゃないですか?」

「もちろんそうです。そうですが、考えてもご覧なさい。あの方々で大丈夫だと思いますか?」


 あの方々……ははは、ダメだ……うん。

 僕はなんとなくそれぞれの返事を想像して笑ってしまう。

 単語だけ返す人と世紀末なのと色々と危ない人など。

 あまりに個性が強すぎるだろ?


「唯一まともな取材が出来たのは櫻井の秋一郎さんだけでした。黒岩の崇さんは後継者ではありますが、宗家ではないので本人が辞退しています」

「ああ、櫻井さんなら大丈夫そうですね」

「あの……お義母様?それで私は何を……」

「鈴羽さんは私の隣に座っていてもらうだけで結構です。後は少しだけ写真を撮らせて頂くくらいです」

「写真……ですか?」

「一枚か二枚程度ですので気にしなくて宜しいです」

「は、はい」


 この時、僕は母さんの冷たい笑みに僅かに違う種類の笑いが混じっているように見えた、がそれもすぐにいつもの表情に戻ったので気の所為だと思った。


「話は以上です……あら?」


 話を切り上げ立ちかけた母さんがテレビの横に立ててあった鈴羽のおばあちゃんから貰った器に気がついた。


「これは……鈴子さんの器ですね?……ああ、なるほど……そういうことですか」


 母さんは何か一人で納得して少しだけ思案した後、僕にその器と玄関に飾っていた番傘も当日持ってくる様にと言い残し、返事も待たずに部屋を出て行ってしまった。

 相変わらず嵐の様な人だ。

 僕も鈴羽も浮かしかけた腰をもう一度ソファに下ろして、深く息を吐き出した。


「はぁぁ……疲れた」

「僕もだよ……全く何だったんだよ?今のは」

「中々慣れないものよね……あの何とも言えない圧力」

「息子の僕でも未だに慣れないんだから、無理ってものだよ」


 ほんの一時間前までは2人で仲良く鍋をつついていたのに、今はまるでマラソンの後のようにぐったりだ。


「お風呂入れてくるよ」

「うん、私はコーヒー淹れとくね。ちょっと濃い目で」


 お風呂を入れてからコーヒーを飲んで来週の日曜日の事を話す。

 母さんは時間も何も言わずに帰ったから、何時にどこかなのかも分からない。

 常に忙しい人だから電話をしてもおそらく出ないだろうし、忘れていたとも考えにくいのできっと当日の朝に是蔵さんが迎えに来てくれると思う。


「何だか不安しかないんだけど……」

「寧ろ不安の他に何があるのか聞きたいくらいだよ」

「大丈夫かしら?」

「大丈夫って答えれるのは多分父さんだけだと思うよ」

「お義父様ってすごいのね」


 この日のお風呂は珍しくのぼせることはなく、僕達は早目に布団に潜り込んで夢の世界へ逃げ込むことにした。



 そして一週間はあっという間に過ぎて約束当日の朝、やたらと早起きした僕と鈴羽を迎えに予想通り、是蔵さんがやってきた。

 是蔵さん曰く、この時間に迎えに行けば間違いなく用意して待っているはずだと母さんに言われたそうだ。

 くそぅ……完全に見透かされているよ。


「おはよう御座います。皐月様、九条様」

「おはよう、是蔵さんも大変だね。こんな朝早くから」

「おはようございます。是蔵さん」


 こうして僕と鈴羽は日曜日の早朝6時半に取材現場へと向かったのだった。



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