第19話 蒼の日曜日
昨日は驚きの連続だった。
まさか鈴羽のおばあちゃんと立花家にあんな繋がりがあったなんて。
そんなわけで僕は夜遅くまで鈴羽と布団の中で昔話に花を咲かせた。
今では鈴羽も車があるから然程時間がかかるわけじゃないけど小さい頃は流石にすぐにこれる距離ではなく、おばあちゃんに会うのは年に数えるほどだったそうだ。
お義母さんから聞いた話によると亡くなった旦那さん、つまり鈴羽のお祖父さんが陶芸家でその手伝いをしているうちに自分も本格的にするようになったらしい。
鈴羽も詳しいことは知らないみたいだったけど、こうして今でも陶芸を続けているというのはきっと旦那さんの意思を継いだ部分もあるのだろう。
夜も更けて窓から差し込む月明かりは都会と比べて何となく優しく感じる。
春から夏に向かうちょうどいい季節なのもあって寒くもなく暑くもなく、僕と鈴羽は布団から抜け出して窓際から入る風に揺られながら大きな月を気のむくまま眺めた。
「おはようございます」
「おはよう、皐月君に鈴羽」
「おはよう、お母さん」
朝8時くらいに起きた僕らはいい匂いにつられて台所へとふらふらと吸い寄せられた。
台所ではお義母さんが朝ご飯の支度をしていた。
「手伝いましょうか?」
「ふふっ、かまわないわよ。それより離れにいるおばあちゃんを呼んできてもらえないかしら?」
「離れ?ですか」
「ええ、この時間だときっと離れの窯の前にいるはずだから」
お義母さんに言われ僕はおばあちゃんを探しに家の中を歩いていた。
昔ながらの平屋の家はとても広く、その大半が陶芸品で埋め尽くされていた。
華道で使う器はもちろんのこと、食器や花瓶に観賞用と思しき大皿まで多くの陶芸品が所狭しと並んでいる。
「あれ?」
離れに出る勝手口の隣にある部屋の陶芸品を見て僕は何か違和感を感じた。
その部屋には綺麗な飾り棚が設けられ10点あまりの器が並んでいた。
どれも美しくそれでいて儚げな印象を与える。
その中でも一際目立つ一枚の大皿があった。
特徴的な蒼色の色彩は鮮やかでまるで海の青さをそのまま切り取ったようだった。
僕はあまりの美しさについ見惚れてしまう。
「ほほっそいつはジジイの作じゃて」
不意にそう言われて振り返るとおばあちゃんが手拭いで汗を拭きながら笑っていた。
「お祖父さんの……」
「そうじゃ、ジジイが若い頃に作ったもんでの……あたしゃそいつに憧れて窯をいじりだしたのさ」
おばあちゃんは懐かしむように器を眺め少しだけ残念そうに言う。
「じゃがのぅあたしにゃ、その蒼は出せなんだ。その蒼はジジイだけのもんじゃでの」
「……何か特別なものなんですか?」
「さぁて……窯も同じ、材料も同じ、なんもかんも同じ、じゃけど何十年やってもそいつだけは作れん」
「…………」
おばあちゃんはそれだけ言って僕を促し台所へと歩いていった。
おばあちゃんの家で過ごす時間はあっという間に過ぎ去っていった。
畳の部屋に寝転がり庭から入る風を感じ、鈴羽とのんびりと過ごす。
おばあちゃんの窯を見に行き、技術の凄さと仕事ぶりに圧倒される。
お義父さんとお義母さんもたまの休みでゆっくりと寛いでいた。
「じゃあまたね!おばあちゃん!」
「お世話になりました」
「お母さん、また近いうちに来るわね」
「お義母さんも無理なさらないでくださいよ」
口々におばあちゃんに挨拶をして僕達は車に乗り込む。
本音を言えばもっともっと話したいこともあったし聞きたいこともあったけど、大学もあるからそういうわけにもいかない。
「ほほっまぁ気が向いたらまたきんしゃいね」
「はい!そうさせてもらいます」
「ほいで……ほれ、土産じゃて」
挨拶をしてアルファの助手席に乗ろうとした僕を呼びとめておばあちゃんは少し大きめの風呂敷包みを手渡してくれた。
「これは……?」
「まぁ帰り道にでも見てみいさね」
顔をくしゃっとさせおばあちゃんはそう言って僕を助手席に押し込む。
「ほいじゃまたのぅ」
手をひらひらさせおばあちゃんはスタスタと家のほうに去っていく。
「カラッとしててベタベタしないのがおばあちゃんなのよね」
「みたいだね」
見ればお義父さんの車はもう敷地内から出て行くところだった。
それを見て鈴羽もアルファを発進させる。
サイドミラーの中で小さくなっていく、どこか懐かしい感じのする家を見ながら僕はまた近いうちに訪れようと思ったのだった。
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