第18話 驚きの連続の土曜日


「これは……」

「ほほっ中々のもんじゃろ?」

「は、はい。いや、あの、びっくりしました」


 居間に通された僕が見たのは壁の棚に並んだ器の数々だった。

 そしてそれは僕が良く知るものだったから。


「おばあちゃんは陶芸家なんだよ」

「驚いただろう?皐月君」

「は、はい」

「ふふふ、私も全く知らなかったのよ。まさかお母さんが立花流宗家の華の器を作っていたなんて」


 そう。棚に並ぶ器は僕が幼い頃から華を活けるのに慣れ親しんだ器だった。

 一重に器といってもそれには作り手の個性が出るものだ。

 同じ食材でも料理人が違えば全く違う料理になるように。

 実家では僕が華を活けるようになった時にはもうこの器を使っていたと思う。

 長年使ってきた器だ、見間違えようがない。


 まさか鈴羽のおばあちゃんが作ったものだったなんて夢にも思わなかった。


「あ、だから鈴羽が話が合うって……鈴羽は知ってたの?」

「ううん、私もついこないだ気付いたの。ほら皐月君の家に行ったときに、皐月君がお華を活けたでしょ。あの時にあれっ?って思ったんだけど」


 なるほど、鈴羽の記憶にあったおばあちゃんの焼き物とあの時の器が似ていたからか。


「え?ってことはもしかしてお祖母さんは……母を?」

「ほほっもちろんよう知っとるよ。それにあんたが赤ん坊の時に抱っこしてやったこともあるさね」

「「「ええ〜っ!」」」


 おばあちゃんの話に僕も鈴羽もお義父さんにお義母さんも揃って大声を上げて驚いた。

 まさかまさかのおばあちゃんの話に頭がついていかない。

 僕が産まれた頃から鈴羽のおばあちゃんは僕を知っていて……僕は何も知らずに鈴羽と知り合い恋をしてこうして将来を誓う仲になり……


 世間てほんと狭いんだなぁ……


 いや、そうじゃなくて僕と鈴羽はきっと運命的な何かがあって出逢うべくして出逢ったんだろう。


 あの雨の日、何もなかったとしてもきっと今日ここでこうしてみんなして驚いていたに違いない。

 しばらくみんなして混乱し、落ち着いた頃にはすっかり日も暮れかかっていた。




「ほほっ世間は広いようで狭いもんじゃの」

「はい、ほんとに……」


 僕は裏庭の窯の前でおばあちゃん──こう呼んでほしいと言われたのでそう呼ぶことにした──と夕陽で真っ赤に染まってゆく林を眺めて話をしていた。

 鈴羽とお義父さんとお義母さんは街に夕食の買い物に出かけている。


 人を繋ぐ縁とは本当に不思議なものだと思う。

 隣に座りお茶を飲んでいるこの人が鈴羽の祖母であり僕や母にとって……いや立花の家にとって欠かせない人だとは……


 華を活けるのに器は切っても切れない関係だ。

 僕はまだしも母のようにそれまでの立花流の概念を尽く覆し新たな道を切り拓いてきた華人にしてみれば、その華ぬ合う器との出逢いは正に一期一会だっただろう。


「おばあちゃんはどうして母と知り合ったんですか?」

「ほほっ、そうよのぅ……あれはまだのどかがまだ大学生の頃じゃったかの。ほれ下の街にもあるじゃろ?門崎の会社が」

「はい、鈴羽の勤め先ですね」

「そうじゃ。門崎はの、まだ学生じゃった和にえらく心酔しておっての偶々ここを訪れた時に連れてきおったんじゃ」

「母と門崎会長ってそんな前からの知り合いだったんですね」


 会長さんが母を何故先生と呼ぶのかは未だに知らないがそれもこれも何かの縁なんだろう。もちろんおばあちゃんと母が出会ったことも。


 おばあちゃんが言うには母が活ける華を見て当時使っていた器ではその華が活かしきれていないと感じたそうだ。

 そしてそれは当の母や会長さんも同じ思いだったらしく母の感性に合わせておばあちゃんが器をこしらえたのが始まりでそれ以後立花の家ではおばあちゃん……周防 鈴子すおう すずこの器が使われることになったらしい。


 母が立花を継いで表舞台に出るようになると当然ながらおばあちゃんの器も注目されることになり一時期は生産が全く間に合わなくなったほどだったそうだ。

 まぁ確かに母はテレビにラジオ、雑誌に講演会など様々なジャンルに顔を出していたからそれも頷ける。


 おばあちゃんも職人としてプライドがあり工場などでの大量生産をする気もなかったため結果、母と専属契約を交わすことで落ち着いたと笑いながら話してくれた。


 きっと母もその昔ここでこうしておばあちゃんと話をしたんだろう。

 同じ様なこの綺麗な夕暮れを眺めて。


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