第12話 夕暮れの木曜日



「おはよ〜お姉ちゃん、お兄ちゃん」

「おはよ、緋莉ちゃん」

「おはよう、緋莉」

 翌日、昨日の疲れからかお昼過ぎまで緋莉はぐっすりと眠っていた。

 起きてきたのはすっかり日が昇ってから。


「おはようって言うかこんにちはの時間だけどね」

「ふわぁぁ〜ねむ……」

 軽く半日は寝てたと思うけどまだまだ寝足りないらしい緋莉は、フラフラと洗面所の方に入っていった。


「皐月君、緋莉ちゃんも起きたしどこか出かける?」

「うん、そうだね。お〜い緋莉」


「ふわぁい?何お兄ちゃん?」

「どこか出かけるか?」

「ん〜どっちでもいいの〜」


 寝ぼけ眼の緋莉は僕と鈴羽の間にぐいっと座ってにへらと笑う。

「このままお昼寝でもいいの〜」

「今起きたとこだろ?」

 鈴羽にもたれて再びウトウトする緋莉。

「緋莉ちゃん、どうしよっか?お昼でも食べに行く?」

「うーん、どっちでもいいの〜お兄ちゃん作る?」

「せっかくだしどこかに食べに行く?」

「緋莉ちゃん、また寝ちゃいそうだし晩ご飯でもいいわよ」

 日差しも暖かくこうしていると、こちらまで眠たくなってくる。


「ふふっ、皐月君も寝ちゃいそうね」

「う〜ん、夕方まで昼寝しようかと思っちゃうね」

 僕と鈴羽の間に座った緋莉はすでにウトウトとしていて、どうやら今日はどこかに出かける感じではなさそうだ。


「緋莉ちゃんも中学生なのよね」

「うん、ついこないだまでこんなに小さかったんだけどね」

 ウトウトしている緋莉を優しく撫でている鈴羽はまるで母親のようで。

「母さんは、ほら、あんな感じの人だから僕も緋莉もお手伝いさんにほとんど育ててもらったようなものだからね」


 撫でている鈴羽の手をしっかりと握りしめて幸せそうに目を閉じている緋莉をみてそんなことを思い出す。

「昔から忙しい方だの?」

「うん、そうだね。僕が小学校の頃にはもうほとんど家にはいなかったと思うよ」

「お義父様も?」

「どちらかと言えば父さんの方が家にいることの方が多かったかな?それでもホント週に一回会うか会わないかくらいだったけどね」


 父さんも母さんも昔から忙しい人達だったから緋莉も寂しかったんじゃないだろうか?

 こうやって鈴羽に懐いているのも、もしかしたら母親的なものを求めているのかもしれない。


 そんなことを考えつつ鈴羽にもたれて気持ちよさそうに眠る緋莉を見てつい笑みがこぼれる。

 僕と鈴羽はそんな緋莉を間にのんびりとした休日を楽しんだ。


 3人で並んで座るソファには開けた窓から優しい風がそよそよと入ってきて遠くに聞こえる街の喧騒が子守唄のようにも思えてくる。


「ねぇ、鈴羽」

 話しかけた鈴羽からは返事はなく、見てみると緋莉と仲良く手を繋いで幸せそうな寝顔を見せてくれていた。

 ゆるやかな風にサラサラと鈴羽の髪が流れ時折こそばゆいのか緋莉が顔をしかめる。


「ふふふ、こうやって見ると本当に姉妹みたいだ」

 穏やかな寝顔の2人を起こさないように僕はそっと立ち上がりコーヒーを淹れにキッチンへと向かう。


「晩御飯どうしようかな?」

 コーヒー片手に冷蔵庫の中を確認しながら僕は今日の献立を考える。

 ちょっと中身が心許ないので家で作るなら買い物にはいかないと足りなさそうだ。

「ま、2人が起きてからにしようかな」

 気持ち良さそうな2人をキッチンから眺めて僕は何となく幸せな気持ちになった。



「……う、う〜ん」

「あ、起きた?鈴羽」

「え?あれ……私?」

「ふふふ、気持ち良さそうに寝てたから起こすのもどうかと思ってね」

「ええと?あっ、そっか、緋莉ちゃんと一緒に寝ちゃってたんだ……」

 僕と鈴羽の間では緋莉がまだスヤスヤと寝ている。

「皐月君?今何時頃?」

「6時半を回ったくらいだね」

「うわぁ……結構寝てたのね。皐月君はずっと起きてたの?」

「ううん、僕もさっき起きたとこだから。あんまり気持ち良さげだからついウトウトしちゃって」

「ふふっ、だって……緋莉ちゃんが」

 鈴羽が緋莉を優しく撫でてながら僕に微笑む。


 幸せそうに口をもごもごさせながらスヤスヤと眠る僕達の妹。


「晩御飯どうしようか?冷蔵庫の中がちょっと心許ないんだ」

「食べにいくにしてもだし、緋莉ちゃんが起きたら買い物にでも行く?」

「うん、じゃあそうしようか」


 まだ時間的にも遅いって時間でもないし僕と鈴羽はのんびりとベランダで他愛もない話をしながら緋莉が起きるのを待った。


「おはよ〜なの……」

「ふふっおはよう緋莉ちゃん」

「完全にこんばんわの時間だけどね」

「ふわぁぁぁ〜、良く寝た……」

「一日中寝てたからな、今日の晩寝れないぞ?」

 涼しい風が吹いているベランダで3人並んで夕暮れの街を眺める。


「さ、緋莉ちゃんも起きたしお買い物に行きましょう」

「うん、そうだね」

「ふわぁ〜い」


 夕暮れの街に伸びた影が3つ並んで歩いていく。

 そんなほんの些細な、それでいてほっこりと心が温まるような1日だった。




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