第3話 木曜日の朝と小さな想い出


「う、んんっ……さつきく…ん…」


 僕の胸の上で微かに寝言を言う鈴羽の声でぼんやりと目を覚ます。

 再びすぅすぅと寝息を立てる可愛い寝顔の愛しい彼女をそっと撫でて僕はここが家ではないことを思い出した。


 入学祝いで泊まったんだったっけ。

 ダブルベットに真っ白なシーツ。そんなシーツにくるまって穏やか寝息を立てている鈴羽を見ていると僕も再び眠気がやってくる。


 鈴羽のサラサラの髪を撫でながら僕はもう一度目を閉じた。



「……くん……さつき……くん」

「ん……ん?」

 僕は誰かの呼ぶ声で目を覚ます。

「あ、おはよう。皐月君」

 僕の胸の上に頭を乗せたまま鈴羽がこちらを見て微笑んでいた。


「ああ、おはよ……鈴羽」

「ふふっよく寝たわね」

 ベッドに横になったままの僕の首に手を回してそのまま上に覆い被さる鈴羽。


「おはようの……ちゅっ」

「ふふっくすぐったいよ」

 出逢った頃より随分伸びた髪が当たってくすぐったい。

 僕に身体を預けてぎゅっと抱きつく鈴羽。

 華奢だけどスタイルのいい、その肢体が僕に絡みつく。


「あの〜鈴羽さん?」

「なぁに?皐月君」

「え〜っと、起きるんだよね?」

「うん。もちろん」

「降りてくれないと起きれないよ?」

「降りなきゃダメ?」

 甘えた声で小首を傾げる鈴羽はやっぱり可愛くて。

 絡みつく身体を抱きしめて鈴羽の香りを胸いっぱいに吸い込む。


「朝ご飯遅くなっちゃうね」

「大丈夫よ、11時くらいまでモーニングだから……」

 クスッと笑う唇を塞ぐ。それから僕と鈴羽はシーツの海でしばらくの間戯れた。




「朝ご飯も美味しいなぁ」

「そうね、朝は来たことなかったから始めて食べるわね」

「う〜ん、ご飯も炊き方から違うんだろうなぁ」

「ふふふ、皐月君、料理人みたいになってるよ」

「え?あはは、つい気になって」

 ホテルのレストランで出された朝ご飯も非常に満足のいくものだった。


 部屋に戻ってチェックアウトの時間までまだ少し余裕があったので今日の予定を考える。


「鈴羽はどこか行きたいとこある?」

「う〜ん、そうねぇ。特にないんだけど……せっかくのお休みだし」

「とりあえず都心部の方に行ってみる?」

「そうね〜あっ、ならこの指輪を買ったお店に行ってみたいかな」

「ああ、それなら表参道の方だね」

「今ね、このブランドすっごく人気なんだよ」

「そうなの?」

「あれ?皐月君知らないで買ったの?」

「うん。色々見てみたんだけどこれが一番良かったからなんだけど」

 鈴羽が言うには、この指輪のブランド、L・aエルエースって言うらしいんだけど製作者は若い女性でかなり気まぐれらしく常に入荷待ちが続いているそうだ。


「杏奈ちゃんと梓ちゃんが羨ましがってたわ」

「ははは、それはリョータが悪いよね。ちゃんと見てあげないと」

 卒業式以降、忙しくて中々会えない悪友とその彼女である鈴羽の部下の杏奈ちゃんと梓ちゃんの2人を思い浮かべる。


「ハーレムしてるくらいだからその辺はしっかりしないとね」

「そうよね。そういえばリョータくんも2人と同棲してるのよね?」

「うん、連れ込まれたみたいだよ。日本は一夫多妻にならないのかって真面目な顔で言ってたよ」

「あはは、何それ?」

 リョータも色々と大変だと思うけど、こればっかりは仕方ないよね。

 僕の高校時代からの友人である西尾リョータには、2人の恋人がいる。

 鈴羽の部下の2人は困ったことに同時にリョータに恋をしてしまい……結果リョータは了承の上で2人と付き合うことになった。


 高校を卒業した後、リョータは大工の棟梁に弟子入りし2人の恋人と忙しい毎日を送っている。




 支度を終えてホテルをチェックアウトする。

 泊まりだということで鈴羽はちゃんと着替も用意していたみたいで昨日のスーツ姿とは違い細身のジーンズにシンプルな黒のシャツを着ている。

 均整のとれたスタイルに背も僕と然程変わらないくらいに高く背筋を伸ばして歩く姿はまるでモデルさんのようだ。


 出口までホテルの人が見送ってくれたのにはちょっとムズムズする感じだった。


「そういえば鈴羽、車はどうしてるの?」

 オフィス街に入ったところで僕はふと思い出したので聞いてみた。

「会社の駐車場に止めたままよ。会長が構わないって」

「門崎会長さんにまた会ったらお礼を言わないとね」


 気にしなくていいんじゃない?と鈴羽は素知らぬ顔をして僕に寄り添い指を絡めてオフィス街を歩く。

 来たとき同様にすれ違う人の何人かは鈴羽を見て軽く頭を下げ必ずといっていいほど僕をしばらく見てから歩き去っていく。

 特に男性が。


 それを見ている僕に気づいたのか鈴羽はふふっと笑い。

「別に隠すようなことじゃないし……お互い両親公認だしね」

「それもそうだね」

 そう言ってより一層僕に寄り添う鈴羽と、ちょっと照れた僕は駅へと歩いていった。



 久しぶりに来る表参道は平日だというのに結構な人だった。

「そのお店ってどこにあるの?」

「えっとね、もうすぐそこだよ」


 ジュエリーショップは以前同様にお客さんが結構入っている。

「へ〜駅から結構近いんだ、立地的にはいい場所よね」

 確かに駅から歩いても10分くらいなので場所的にはいいと思う。


「いらっしゃいませ」

 店の中は相変わらず女の子がほとんどで何となく居心地が悪い。

「きゃあ!これ可愛いくない?」

 鈴羽はあちこちを見ては嬉しそうに歓声を上げている。

 僕はそんな鈴羽について回る。

 どうもひとりでウロウロする勇気がない。

 そんな彼女を見た女の子達は、モデル?芸能人?とチラチラと鈴羽を見ながらひそひそと話している。


「わぁっ!ねぇねぇ皐月君!ほらこれ!」

 鈴羽がそう言って手に取ったのは金属製のマグカップだった。

 ペアのようで片方にはデフォルメされた可愛い女の子が、もう片方には同じく男の子が書かれている。

「うふふ、可愛い〜」

「ははは、ホントだ。可愛いね」

 マグカップのあった辺りには同じシリーズだろうか、スプーンやフォークの類にお皿やサイズの違うコップなどがある。


 一通り見て回った僕と鈴羽は結局このマグカップを買うことにした。

「うふふふ、こういうお揃いのって嬉しいのよね〜」

 丁寧にラッピングされた箱を大事そうに抱えて微笑む鈴羽にいつもながらドキッとさせられる。


 店を出て歩いている間も鈴羽は終始ご機嫌だった。

 女の子ってホントに可愛いものが好きだよなぁ。


 そんなご機嫌の鈴羽と日が暮れるまで久しぶりのゆっくりとしたデートを楽しんだ。



 部屋に帰ってからも鈴羽はテーブルの上に置いたマグカップを嬉しそうに眺めていた。

「随分と気に入ったんだね」

「うん、気に入ったっていうか、こうやって2人で買った物が増えていくのが嬉しくて」



 そんな何気ない小さな買い物が僕と鈴羽の想い出のひとつになっていく。

 そしてそんな想い出をこれからも積み重ねていきたいと僕は改めて思った。



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