019.その大切な気付き




 戦闘技術において、リンは決してエルネスに劣ってはいない。

 ウロボロスのメンバーに鍛えられたエルネスの技術は確かに正確で無駄が無く、実に流麗だ。しかし、それはあくまで訓練の賜物であり、実際の戦場で磨かれた訳では無い、言わば型通りの技術であった。


 リンは降り注ぐ弾丸の雨を防ぎ、躱し、そして反撃する。

 少なくとも銃系統の武器ならば、相手は正直にこちらを狙ってくる事が分かっていた。問題は爆弾やミサイルといった広範囲攻撃だが、こちらは一回一回の装填に時間がかかるタイプなので、何とか対応出来ている。


「ジリ貧ね……武器が足りない」


 リンは焦る思考を沈めるように呟いた。

 クラックロイドの持つ武器では、フェニックスの重装甲を貫くには余りにも貧弱だった。

 通常の機体が相手であれば、特に問題は無かった武装だ。しかし、フェニックスの防御性能は、そこらの機体を嘲笑う様なとてつもない硬度を誇っていた。

 固定式の大型狙撃銃であればどうにか装甲を貫けるだろうが、現状の装備では威力が足りない。


 人型機には飛び道具に限り、攻撃の予備動作というものがほぼ無い。

 人間であれば、指や筋肉の微妙な動作、視線から先を読む事も出来るのだが、人型機はコックピット内でボタンを押すだけだ。

 結果として、人型機は攻撃を見て避けるか(尤も、これは極一部の強者にのみ許される)、当たっても平気な装甲を持つかのどちらかである。

 フェニックスは攻撃が当たってもパフォーマンスの低下しない、どちらかといえば重装甲タイプなのだ。空を飛ぶ戦闘機が重装甲とは、ふざけた代物である。

 リンは戦いの中で、フェニックスを地に叩き落とさねばまともなダメージが通りそうにないことを悟っていた。しかし、戦闘機が地に落ちる時とは、取りも直さず敗北時か、もしくはトラブルが起きた時くらいである。


 燃料を浪費させる持久戦も一瞬考えた。しかし、現代人型機、いや、現代エネルギー界隈で使われているピュアクローンというものは、尋常ではないエネルギーを長きに渡って生産する。

 通常の人型機は、凡そ三日程継続して行動できる。フェニックスがどういう仕組みのエネルギー機関を使っているのかは不明だが、まさか数時間で戦闘能力を喪失するという事はあるまい。

 ただ、やはりその巨大で速いという性能から、通常の戦闘機より燃費が悪いだろう事は予想できた。尤も、巨大な体躯という事はエネルギー源も大量に蓄えているという事であり、早々に燃料切れになる事は期待出来ない。


「弾薬を消費させるしかないかな」


 リンは冷静に、手持ちの武装ではフェニックスをどうにも出来ない事を判断した。何かしらの新しい武器が手に入ればその限りではないが、現状の手持ちで対抗出来るものでは無い。


 実際のところ準備不足である。


 但し、今回の場合はリンは用意された機体を使うしかなかったのであり、この点においては見通しが甘すぎた共和国司令部を責めるべきであろう。

 彼らはそのつもりは無かったのであろうが、余りにもウロボロスという存在を軽く見ていた。最悪の傭兵団という事で、彼らなりに最高の警戒をしていたのであろうが、ウロボロスはその想像を幾らでも超えてくる。


 リンは自分から攻撃する事をやめ、身を守るに最低限の行動のみをするようにした。攻撃しても無駄なのならば、弾薬は温存しておき、別の敵に使うべきである。

 現状はまだ外縁部で止まっているのであろうが、連盟軍の兵士たちも確かに存在している。それらと遭遇した時に弾薬が無いでは話にならない。フェニックスの方はリンにかかりあっていても良いが、リンの相手はフェニックスだけでは無いのだ。


「とはいえ、そう早々と尽きてくれるわけがない……」


 リンはフェニックスがどれほどの弾薬を保有しているのかを知らない。しかし、武器庫と綽名されるほどだ。恐ろしい量の弾薬を積み込んでいることは想像に難くない。

 少なくとも一度の戦闘で無くなってしまう程度だとは思えなかった。


「考えれば考えるほど、勝ち目が見えてこないわね」


 リンはそう言ったが、決して諦めてはいなかった。

 勝てはしないが生き残ることは可能だ。

 しかし、それには敵がフェニックス一機であるという前提が必要であった。

 戦場にはフェニックス以外にも連盟軍の兵士たちがいる。フェニックスで手一杯の彼女にとっては、敵が一機増えただけでも戦況が厳しくなる。


 幸いにも今は共和国軍が戦線を維持している。

 どうせ崩れることが確定している戦線だが、長引けば長引くだけやりやすくなる。


 が、その淡い目論見もすぐに雲散霧消した。

 フェニックスはいきなり角度を変えて、リンに向かって勢いよく降下を始めたのだ。


「嘘!?」


 急激に迫ってくるフェニックスにリンが驚いたのも無理なからぬ事であった。

 その巨躯でぶつかってくる気か!? と彼女は警戒し、回避行動を試みた。無論、あのような速度で人型機と戦闘機がぶつかれば、いくらフェニックスが丈夫だとは言っても、滅茶苦茶に歪んでしまうのは間違いのないことであった。勿論ぶつかられる側であるリンは粉々に砕け散る。

 フェニックスは今の今まで実に優位に戦闘を続けてきた。冷静に考えれば、わざわざ機体を犠牲にして自爆突貫などせずとも、相手にはいくらでも他に方法があったはずなのだ。リンもその事は分かっていたけれども、事実として突撃してきているのだから、回避行動を取るより他に行動が無かった。


 リンは迫りくるフェニックスに対して、まず機体ごとぶつかってくるという自傷技を考えた。

 フェニックスの武装は基本的にミサイルや機銃、ビーム砲といった遠距離用武器である。成程、確かに近寄れば命中率は上がる。しかし、明らかにフェニックスの加速は近寄るといったレベルではなく、突撃という言葉が相応しかった。

 次に、彼女は何らかの近距離用武器の可能性を考えた。つまり、まだ敵がその手の内を全て見せてはいないだろう、という仮定である。

 わざわざ戦闘機に近距離武器を装備するか? という疑問はあれど、その可能性が高いように彼女には思えた。

 事実、それは殆ど正解だったのだが、その武装が何なのか、という点で彼女にはまるで見当がつかなかった。翼部分にブレードを装備した戦闘機ならば、彼女は一度だけ見たことがある。しかし、それは実用性のない、外見カスタムの様なものだということも知っていた。彼女はあらゆる武装を予想したが、結局は見て対応することを決めた。


 リンの不幸だった事は、彼女がフェニックスという機体を全く何も知らなかった事であった。

 ウロボロスの擁する機体であるフェニックスは、余りにも世間に出回っている情報が少なすぎた。時間さえあれば彼女は情報を手に入れる事が出来たであろうし、事実そうしただろう。しかし、今回の戦闘においては彼女には時間が無さ過ぎた。


 上空から隼のように舞い降りるフェニックスは、カメラに占める割合をあっという間に大きくしていく。フェニックスはリンの機体のすぐ近くをすれ違い、そしてリンの脳は白に染まった。




 ◆




 エルネスは、その機体としばらくの間戦って、極めて冷静に“勝てる”という結論を出した。

 成程、確かにあのクラックロイドは強い。機体ではなく、操縦者が純粋に優れている。エルネスの言う「雑魚」では、あの操縦者の前ではやられる事しか出来ないだろう。エルネスですら、未だにまともに攻撃を当てられていなかった。

 が、しかし、シーナと比べてみれば雲泥の差であり、時間をかければ勝てる程度のものでしかなかった。


「これは……私が強くなったってことでいいのかしら?」


 エルネスは自問をしたが、すぐにその考えを振り払った。確かに相手がシーナより劣っている事は事実だ。しかし、エルネス自身と比べてみれば、操縦技術という点では殆ど差がないように思える。いや、もしかすると相手の方が上回っているかも。

 彼女は自身がマシンスペックでまさっている事を正確に把握していた。もし仮に相手が自分と同じ機体に乗っていたとしたら、戦闘の成り行きは分からない。

 勿論敗北するつもりは無いが、相手の優れた操縦技術を見れば、確信を持って言える事ではなかった。


 エルネスは教えはしっかりと守る方だ。彼女は師であるシーナの言葉を小さく暗誦した。


「戦闘は長引かせるな、不利になる。使えるものは全部使え、出し惜しみするな」


 そうだ、勝てるだけの力があるのならば勝つ。それだけの話である。例えそれが与えられた力だとしても、それを与えられ、使える事こそが力なのである。

 相手はエルネス個人ではなく、ウロボロスという組織を相手にしているのだ。


 エルネスは期待していただけに、機体性能で勝つことを少し残念に思った。

 が、そもそもが同じ機体同士で戦うなど、訓練以外では有り得ないのだ。よしんば同性能の機体と戦えたとしても、それはただの偶然である。

 彼女が望んだ正真正銘の闘いというものは、戦場には存在しないのだ。

 彼女はこの戦いで、その事を実際に理解した。そして、自身の力と思っていたものが、ウロボロスのものであるという事も。


「技術は私のもの、それは事実。だけど、それ以外は違う……」


 機体も物資も立場も、もしかすると自身の技術すら。

 事実、幾らかはウロボロスによって形作られたと言えなくもない。人型機の訓練は金がかかる。彼女が潤沢に満足に訓練を続けられたのは、ウロボロスという組織のおかげなのだ。


 エルネスは悔しくはなかった。ウロボロスとは彼女の居場所であり、家族である。家族から与えられたものを拒絶する訳では無い。

 ただ、彼女の内部に燻っていた幼心は、いわゆる自身の力で勝利する、という点にこだわっていた。

 例えばなんでも与えられる恵まれた子供が、その保護を脱却して、自身の力のみで何かを成したいと思う、そんな気持ちに似ていた。それは自身の周りからの手助けは必要無く、自身一人で手に入れたものだけで成すことに意義があるのだ。

 彼女の心にあったのは、家族の庇護を抜け出し、家族に自身を一人前と認めさせたいという気持ちだった。彼女はまだウロボロスの中の子供であった。


 とはいえ、今回の戦争では、そんな小さな願いは果たせずに終わりそうだ、とエルネスは思った。必要以上に賢しいせいで、それこそこんな余計な事に気付いてしまった。この事に気付かなければ、無邪気に勝利の喜びに浸れたかもしれないのに、と。

 だが、気付けたという事は悪いことでは無かった。エルネスはこの気付きによって、心の段階が次へと進んだのを自覚した。


「自分を知る……か」


 彼女はシーナの言葉をまたもや思い返した。それは自身の強さとかそういう事ではなく、こういう事を指していたと知った。


「ありがとう」


 エルネスは敵に、かけがえのない良きものを与えてくれた相手に向かって、心の底から礼を言った。そして、そんな強敵に対して、全力で叩き潰すと決定した。


 決めてしまえば行動は早かった。エルネスはフェニックスを勢い良く降下させ、敵機に肉薄させた。

 わざわざ近寄らずとも、遠距離からじわじわと倒すという手もあった。しかし、全力で当たらなければ失礼であり、それに値する相手だ。

 そう、即座に勝つ手段はあった。今すぐに敵を無力化し、大地の残骸にしてしまうだけの力は、このフェニックス-IVという機体には十分に備わっていた。


 それは単純な、実に単純な攻撃だった。

 ただの音、それだけである。だがしかし、それは信じられないくらいの爆音であった。辺り一帯が震えたような、空気が刹那の内に弾け飛んだような、振動という暴虐であった。

 インフィニティ謹製の特殊な絶音シートが無ければ、どんな人間も耐えられない。インフィニティ特製の機体に付いているのだ、紛れもなく強力な、音響兵器である。


 敵は止まった。


 エルネスはそれを見て、そして勝利を確信した。

 その瞬間の彼女の微笑みは実に美しく、それは勝利か、はたまた自身の成長か、そのどちらかに酔っているかのようだった。


『わざわざ下りてきてくれるとは』


 その酔いを冷ます戦慄は、すぐ近くまで迫っているのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る