018.少女達の交錯




 昼にさしかかろうという時、街の最外縁に陣取っていた見張りの一団が、荒野の果てからやって来る敵軍を発見した。そして、その哀れな一団は、事実を仲間に伝えた直後、嵐の様な爆発の中へ消えた。

 焼け焦げて千切れた死体の上を、巨大な影が過ぎ去る。遥かな上空から急降下してきたフェニックス-IVが、彼らの命を無差別に刈り取ったのであった。


「何処かしらねー?」


 頭部に当たるコックピット内では、赤髪の少女が生意気そうな声で笑っていた。彼女、エルネス・ラングラーは、猫のように目を右へ左へ移しながら、ゾクゾクとした高揚に笑っていた。

 フェニックスは徐々に上昇しながら、街の中心部へ向かって再度加速した。機体を九十度傾けてビルの隙間を過ぎ去り、敵軍の影を探しながら街中の様子を窺っていた。


 探知機能を備えたカメラにも反応が無いが、現代の人型機には探知を避けるための保護コーティングが機能しており、あまり当てにならない。結局は視認するしか無いのだが、敵軍の姿は見つからない。

 逃げたのか、と脳裏によぎるも、エルネスの直感はそれを否定していた。彼女は空へと高く昇りながら、街を空から眺めた。

 荒野地帯特有の低く頑丈な建物が多く、敵の人型機を発見するのは容易い事に思われた。しかし、これといって動くものは見当たらない。人型機はかなりの大きさなので、動けば違和感は感じる。


「隠れてるのかしら? ま、全部壊しちゃえば出てくるでしょう」


 エルネスは操縦桿を傾け、再度低地に向かって降下した。フェニックスは旋回しながら高度を下げ、段々と地表へと近づいて行く。


「全然わかんないわねー」


 エルネスは果たして何処に敵兵が隠れているのか分からないまま、フェニックスに搭載されている広範囲爆撃弾を適当に撃ち始めた。


 腹部の格納庫から発射される中型の楕円形は、中空で爆散し、更に小さな小型爆弾を広く撒き散らす。それら爆弾の雨は、地表に激突すると同時に、爆音と衝撃で大地を揺らした。


「あー、アレ?」


 それらは急に姿を現した。建物を突き破り、または地面が起き上がるようにして、人型機が姿を現した。岩にも似ており、地味で歪で、荒野の空気の中では見えづらい機体だ。

 エルネスは実際に見るのは初めてだったが、それはバルザ共和国の特殊機体の一つ、「ウグナン・サフ」であった。傷付いた機体もあるが大部分の爆弾は外れたらしく、まだまだ人型機は完全な姿を保っていた。


 ウグナン・サフは機銃やビームガンを構え、フェニックスに向かって撃ち始めた。フェニックスは相当巨大な機体ではあるが、インフィニティ謹製の一機である。鈍重な見た目とて、実際に鈍いわけではない。

 自動照準オートターゲット――システム補助による、相当に精度の高いそれを前にしても、一つの弾丸すらフェニックスの翼を貫く事は無かった。エルネスの変幻自在の操縦技術と、それを可能にする高性能な機体は、想像ですら被弾を考えられないほどだった。

 エルネスはカメラ越しにそれらの雑兵を見下ろすと、つまらなそうに機体を傾けて、急降下の体勢を取った。


「死ぬといいわ」


 急降下しながら自身に迫るフェニックスの姿は、ウグナン・サフのパイロットにはどう見えたであろうか。彼らは一様に回避行動を取りながら、引き撃ちの構えを見せた。彼らには強大な敵を前にしても怯まない勇気があった。だがしかし、彼らの武器から弾丸が放たれることは無かった。

 彼らはフェニックスの翼に備え付けられた、十六連の加速パルス式連射小銃によって、穴だらけにされた。蜂の巣のように機体に穴を開けたウグナン・サフは、ひび割れた装甲からスパークを放ちながら、黒煙を上げて爆発した。


 フェニックスは黒煙を切り裂きながら水平飛行に戻り、更なる獲物を求めて首を傾けた。

 今やエルネスの目には、敵軍の迷彩が手に取るように分かった。彼女は一度見たウグナン・サフの姿により、自然の大地と敵兵の潜んでいる場所の差を理解してしまった。


 街の外縁には、既に連盟軍も到着しており、多くの人型機が街に押し寄せていた。陸上戦艦ウィザは余りにも大き過ぎて街には入れず、後方の荒野から巨大な砲を撃ち始めている。

 エルネスは相手にならない雑兵を片手間に破壊しながら、この戦場に存在しているはずの強者を――怖気を振るう程に凄まじい気の持ち主を探して、空を駆けた。


 瞬間、ぼうっと眺めていた後方カメラにほんの僅かなマズルフラッシュが映った。即座に脳が警鐘を鳴らし、エルネスは迷うこと無く機体を傾けた。そして、コックピット内、システムコンソールには、被弾を示すマークが機体図の中に表示された。コンソールのマークは、機体の飛行性を左右する翼部位への被弾を示していた。

 掠った程度のものであるが、確かにフェニックスは銃弾を食らっていた。偶然視界の端に捉えたから掠っただけで済んだものの、その偶然が無ければ間違いなくまともに命中していた。

 非常に頑丈なフェニックスの装甲は、銃弾を一発や二発食らった所で何の問題もない。しかし、自身の駆る機体が捉えられたという事が、エルネスに戦闘の興奮を湧き起こした。明らかに精度の優れたその一撃に、自身の高揚の源である存在、シーナと同等の怪物かもしれないと、エルネスは期待の笑みを浮かべてブースターを作動させた。


「やるじゃない」


 断続的に続く揺れ。

 一発事に狙いの鋭くなっていく弾丸に、エルネスは賞賛の声を上げた。翼を狙ったその狙撃は、確かにフェニックスに命中し、装甲フレームを歪に砕いていた。

 勿論、部分装甲の剥離程度でフェニックスは落ちないし、エルネスも落とすような操縦者ではない。しかし、翼のほんの一部分とはいえ、ほんの僅かに内部機構が露出するくらいには、狙撃者はフェニックスに損傷を与えていた。

 フェニックスは異様な軌道を描きながら、街中の空を駆け巡った。それに追随するように、弾丸は彼女を追っていた。しかも、ほとんど同じ位置を狙っている。


「いつまでも好きにやらせるつもりはないわよ」


 エルネスは既に狙撃者の位置を推測していた。遠距離からの狙撃とはいえ、何度も食らえば丸見えの様なものである。

 フェニックスは向きを鋭く変え、空気を破裂させながら狙撃者の元へと迫った。




 ◆




 丘の上に位置する建物の隙間に、その機体は潜んでいた。共和国軍の他の機体とは違い、その機体はスマートなシルエットをしている。機体の全長を超える銃を構えて、腹を地に付けた狙撃姿勢を保っていた。


「バレたか」


 操縦者はそう静かに呟くと、段々と近づいてくるターゲット――正式名称フェニックス-IV、数多くの異名を畏怖と共に呼ばれる機体――に向かって更に一発発砲した。

 反動で機体が揺れる。

 弾丸は狙った場所に黒々と吼えながら突き進むも、フェニックスは機体を螺旋回転させてそれを躱した。翼を狙っている以上、回転されるとどうしようもない。

 だが、それにしても、あんな曲芸の様な軌道をするとは、感嘆よりも呆れが先に立つ。


「実戦でスパイラルだなんて、めちゃくちゃね」


 操縦者――リン・ツミノギはそう溜息を吐くと、銃を素早く分解し、中型の大きさへと組み立てなおした。空を飛ぶ相手には、飛び道具を持っていなければ話にならない。肩部のミサイルランチャーや、両腕に備え付けられた連続砲も飛び道具だが、彼女は手に取るタイプの実銃が一番使い慣れていた。


「移動するからね」


 リンは補助席へと声をかけた。操縦席の隣にある補助席には、青い瞳の少女――カムニエがベルトを二重に巻いて乗り込んでいた。カムニエは緊張した表情で縮こまっていたが、リンの言葉にしっかりと頷いた。


 リンの機体は建物の隙間から飛び出し、白日の下にその姿を晒した。

 スマートな体の各部に取り付けられた外部武装に、地味な黒いカラーリング。しかし、そのくすんだ色合いの佇まいには、確かに強者の威圧というものが備わっていた。

 それはかつてバルザがセントラル合衆から購入していた、現代でも最新水準と言える人型機、「クラックロイド」であった。


 駆け出したクラックロイドは、周りの一般機体とは一線を画す速度だった。つい先ほどまで潜んでいた場所が、フェニックスの連続爆撃によって炎上するのを尻目に、攻撃を続ける。

 連続砲、誘導ミサイル、内臓ビームガンと、あらゆる種類の武装を適切に扱いつつ、フェニックスを狙う。しかし、超高速で変幻自在の軌道を前にしては一筋縄では行かない。


「っ……! 危ないわね!」


 高所からのとんでもない乱射に、リンは苦々しい顔をして叫んだ。

 正確な狙いをつけるために、戦闘機は機銃掃射時には急降下する。フェニックスもその例に漏れなかったものの、余りにも攻撃密度が高すぎる。たった一機の戦闘機に乗せていい武器の量ではない。


「『天の武器庫』か……本当に馬鹿みたいに武器持ってるわね!」


 空から降ってくる凡そ二十のミサイルを前に、リンは素早く安全地帯を見つけ出した。自身に命中しそうなものは二発程で、十分に対処出来るが、とにかく雨のように周りへ降り注いでいる。爆発の余波でも結構な被害を被るだろう。

 が、それはまだいい。問題は乱射を止めない機銃と、やたらめったら撃たれるビーム砲である。敵の標準よりも素早く動かなければ、間違いなく穴だらけにされてしまう。しかも、機銃は少なくとも十六門、ビーム砲は八連装である。

 リンは移動しながらライフルでミサイルを撃ち抜き、空中で爆散させた。フェニックスの照準を銃口の向きから躱し、リンは持てる限りの力を振り絞って対処した。


「ああもう、多すぎるわよ!」


 敵の攻撃は一向に途切れず、反撃どころではない。機銃の弾倉交換中にビーム砲、ビーム砲のチャージ中には機銃といった具合だ。


「でも、対処できない訳じゃない!」


 リンは思いっきりペダルを踏み込みながら操縦桿を引いた。ブースターが爆発的に点火し、弾丸とミサイルの雨の中を、クラックロイドは滑るように移動する。

 リンの瞳は一瞬ごとに変わりゆく戦場を取り込み、脳は生き残り、勝利するためのルートを分析する。彼女も伊達にA級という肩書をぶら下げている訳ではない。彼女は死ぬためではなく、勝利するためにここにいるのだ。


「てか、負けられないでしょ!」


 彼女の隣には見知った顔であるカムニエの姿がある。脂汗を流しながら、リンの邪魔にならないように静かに緊張しているカムニエ。

 リンは昨夜、病院を出た後、夜道を駆けてきたカムニエと出会った。フェンの所から逃げてきてしまったと聞いたときは、何をしているんだと頭を抱えたくなったものだ。最初は王都に戻る車に乗せようと思っていたのだが――



 ――きっと、ここで別れてしまえば、二度と会えなくなっちゃう。


 ――一人に戻るのは、もう、嫌なんです。


 ――お願いします、連れて行ってください!



 カムニエの孤独を恐れる言葉を聞いてしまい、リンの心は大きく揺れ動いた。そう、彼女もまた、孤独を恐れて駆け出していた。フェン達との唐突な離別は、彼女の心に大きく楔を打ち込み、孤独の痛みを再びうずかせていた。彼女の心は再度彼らと向き合うことを望んでいた。

 怪我人としてこの街から去ってしまえば、二度とフェン達とは会えない。軍部にマークされていながら尚、彼らならこの街に残るだろうと確信していた。

 結局彼女は、危険と分かっていながらカムニエの言葉に頷き、生死を彷徨うこの場所まで連れ立ってきてしまった。それは、自身と同じ苦しみを感じているだろう少女に、同情というよりは共感を覚えてしまったためであり、また少女が決死の覚悟を決めてしまっていたからであった。少女はこの街に残るということがどういうことなのかを理解して、それでも共に在りたいと願ったのだ。

 リンの命は最早自分のものだけではない。彼女の死はカムニエの終わりと同義だ。カムニエを連れてきてしまった時点で、彼女の目的は勝利以外には存在していない。


「最低でもあんたはぶっ飛ばさなきゃ、帰れないのよ!」


 空に輝く紅の鳥――かの最強の傭兵団、ウロボロスの一員。開戦間際にその存在の話を聞き、相手をして欲しいと言われた時には眩暈がした。が、敗北するつもりなど毛頭ない。

 リンは敵機の分析をある程度は終えていた。どこかに必ず勝機がある。


「あの機体、間違いなく多人数相手を前提としてる」


 まずもって、余りにも武装数が多すぎる。フェニックスの攻撃は、狙うというよりは落とすといった方が適している。機銃も戦闘機にしては正確な射撃で、パイロットの腕前が優れているものだと分かるが、それでもまだ甘い。リンからしてみれば、安全地帯を見つけることはそう難しいことではなかった。戦闘を通じて分かったが、あの機体は馬鹿みたいな武装を広範囲にばら撒いて、群に巨大な損害を与えることを目的としているのだ。故に、単体の相手をする場合には、そのスペックをフルに活かす事が出来ない。

 結局のところ、フェニックス‐IVという機体は爆撃機であり、雑魚を一掃するためのものなのだ。群を相手にするために作られ、優れた個を相手取るようには出来ていない。

 勿論、ウロボロスという怪物が操る機体であり、一瞬の油断ですら致命傷になる相手だ。だが、少なくとも戦えない相手ではない。


「やってやろうじゃないの!」


 リンは空を悠々と飛び、爆弾を腹から放ち始めたフェニックスを見据え、そう叫んだ。



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