015.要請




 連盟軍の総大将とも言える戦略型陸上戦艦ウィザは、共和国軍との戦闘で負った損傷を十全に修復し、進軍を再開した。

 その事実はいよいよ持ってフェン達のいる街の終わりを示していたし、元よりそれは誰もが感じていた。

 街の常駐軍は数日前から「足止めしつつ撤退」の命令を受けており、誰もの顔に覚悟の気配が見え隠れしていた。周りの街も似たようなもので、一団となって連盟軍へ抵抗するため、続々と軍の機体や戦車が街へやって来ていた。


 死に兵とも言えるこの一団だが、軍部の真意を知らされた上官たちは、一秒でも長く時間を稼ごうと冷静に思考していた。彼らは共和国がトップ傭兵――つまりはS級と呼ばれるような存在と渡りを付け、参戦させるための時間を稼ぐ存在なのだ。

 敵国にウロボロスが付いたのは、スパイを通して政府は知っていた。ウロボロスのとてつもない悪名――とにかく、彼らの異常な強さは有名だった――は誰もが理解していたので、それに対抗出来る存在を一刻も早く求めていたのだ。


 傭兵側もこの戦いには乗り気であった。

 ウロボロスを倒せば箔が付くというのもあるが、何より、危機に陥った共和国は異常な額を提示したのだ。それは一人に戦略級兵器の値段を付けたようなものだった。金を何より重んじる傭兵達は、更に金を引き出そうと交渉したりもしたが、実際初期の提示額が異常過ぎたので、すんなりと商談は纏まった。

 ただしかし、世界各国に散らばっている傭兵達がこの地に集うのは、まだ時間がかかりそうだった。




 ◆




 リンとカムニエは病室の窓から、いよいよ慌ただしくなって来た街の様子を眺めた。フェンもキーラも、カムニエをここへ置いて何処かへ行ってしまった。それは、恐らく数日以内――事によると数時間後に始まるであろう戦端のためだと、彼女たちには容易く予測出来た。


「私、どうすればいいんでしょう……」


 ポツリとカムニエが呟いた。

 彼女もフェンたちと共に過ごすようになって、この国の状況程度は理解していた。いや、事によると、大多数の民よりも詳しくなっていた。彼らは戦争の俯瞰と分析に関しては、机上の戦争研究家よりも余程正確だった。

 フェンは国の状況を端的に分かりやすく彼女に伝え、そう遠くない未来に起きるであろう武力衝突についても話した。それは何気ない会話の一つだったが、彼女にある種の覚悟を持たせるには十分な内容を含んでいた。


 カムニエは今、自身が身寄りの無い存在であるとこれ以上無く実感していた。


 フェンやキーラは恐らく戦争へ行くだろう。その時彼女はどうすればいいのか? 今は彼らに頼り生きていけている。その彼らが消えてしまった時、彼女はどう生きればいいのか?

 先への不安、再びの喪失――ありありと映し出せる未来の姿に、彼女の心は押し潰されそうな絶望がじわりと浸透していた。



 リンはカムニエの苦悩を間近で見て、眉根を下げた。彼女もカムニエを救えるものならば救いたいが、現状ベッドの上で寝転がっている身だ。

 そもそも、彼女は親の無い少女を救うというのが、どうすればいいか皆目分からない。彼女は傭兵であり、カムニエはごく普通の少女だ。いつまでも一緒に居られるとは到底考えられない。

 リンはこんな時に何処かへ行ってしまったフェンたちに文句を言いたくなったが、少なくとも今はカムニエを元気付けるのが先だろう。


「えっとぉ……そのぉ……」


 だがしかし、こういう場合にどんな言葉をかければいいのか、彼女には全く分からなかった。対人関係の不足がモロに出た形だ。

 あたふたしていたリンだが、不意に脳裏に電撃が走った。


「そうだ! ね、カムニエちゃん、あなたの親を探しましょう!」

「……え?」


 カムニエはきょとんとしてリンの顔を見た。恐らくだが、カムニエの親探しをフェンたちはやってないだろうと、リンは感じていた。そして、この反応でその予想は確信を得た。

 そもそもキーラがそんな面倒な事をする筈がないし、フェンは全くと言っていいほどやる気が見えないのだ。フェンは善人なのであろうが、日常生活では流される事が余りにも多いように見える。

 これは、カムニエから毎日話を聞き、病室だけとはいえ、フェンと毎日向かい合って感じたことだ。

 そんな彼が自分から親探しを始めるだろうか?

 いや無い。


 これは希望を地に突き落とすだけかもしれない。

 しかし、いずれカムニエの向き合わねばならない事だ。普通に見つかる可能性もあるし、悲観するには及ばないだろう。何より、元の親と暮らす方がカムニエにとっても良いはずだ。


 このリンの言葉は、カムニエの心を奮い立たせた。彼女の心に湧き上がってきた、家族との思い出。それは彼女の絶望を押し流し、もしかすると、という希望を彼女の心に植えつけた。

 半ば諦めていた、家族との再開。

 それが、叶うかもしれない。

 カムニエの暗い顔は消え、勢いよく立ち上がった。


「リンさん、私、諦めてましたけど……きっと、見つけてみせます!」

「私も手伝うわ!⠀怪我が治ったら、お役所に行きましょう!」

「リンさん!」

「カムニエちゃん!」


 二人が手を取り合った時、ノックも無く病室の扉が開き、看護師が入って来た。二人は驚いて飛び上がりそうになり、その後何だか気恥ずかしさに頬を染めた。

 看護師は真っ直ぐにリンの方へ歩いてくる。リンは検診や食事の時間では無いことにいぶかしがりながらも、その看護師に対応した。


「リンさん、あなたに会いたいという方が来ているのですけど……」

「会いたい?」


 リンは看護師の言葉に怪訝な表情を返した。

 フェンならば、リンの知り合いであることは周知の事実だし、キーラはそもそも来ない。仮に来たとしても、わざわざ看護師が確認に来るはずが無い。カムニエは隣にいるし、この三人で彼女の知り合いは打ち止めである。

 彼ら以外にリンを訪問する人間など、彼女には全く思い付かなかった。


「それ、誰か分かりますか?」

「それが、軍の人らしいんだけど……あなたと話したいって」

「……軍?」


 リンはその瞬間、相手の目的が分かった。

 瞳を鋭く尖らせ、一瞬にして傭兵らしい剣呑な空気をその身に纏う。

 彼女の変化にカムニエは驚いたが、リンへの信頼から特に何の反応も無く、話の推移を見守っていた。


「……カムニエちゃん、少し、出ていてくれる?」

「分かりました」


 カムニエを病室の外へ下がらせ、リンはその人物を連れてくるように言った。看護師も去って行った後、その人物が来るまでの僅かな時間で彼女は思考を巡らせた。


(間違いなく戦争へのお誘いね……A級の肩書きが裏目に出たか。病人も動員しなきゃならないほどに追い詰められているのかしら?)


 尤も、彼女は殆ど治りかけであって、自身が病人に値するとは思っていなかったが。

 間もなく、病室にはノックの音が響き、次いで扉が開いた。初め、看護師の姿が現れ、続いて焦げ茶の軍服を着た屈強な男がそれに続いた。

 刈り込んだごま塩の、彫りの深い顔立ちだ。髭は顎から口までを覆い、眼光は鷹のように鋭い。歴戦をくぐってきた者の風格が、全身に刻まれているようだった。


「お初にお目にかかる。私はバルザ共和国軍西区域統括部所属、ラダール・タルサタルと申す。階級は中佐。お目通り叶ったこと、有難く思います」

「初めまして。リン・ツミノギと申します。どうぞ、おかけになってください」


 二人は冷たい視線を交わし合い、ラダールはさっきまでカムニエの座っていた丸椅子に腰を下ろした。

 看護師は去りかねているようだったが、リンの去る事を促す言葉に出ていった。


「いや、有難い。この様な身なりでは、やはり物々しく思われてしまいますのでな」

「ええ、話すには人目があるのは好ましくないですから」

「流石に仕事柄、分かっていらっしゃる」


 ラダールは口の端を上げて頷いた後、瞳に真剣な光を宿した。


「リン・ツミノギ殿、単刀直入に言おう。あなたの力を我々に貸して欲しい」


 やはり、とリンは思った。予測していたそのままの内容なので、彼女は驚く事も無く、溜息を吐くように答えを返した。


「……入院しているのですが?」

「もう既に快調だそうですな。担当医師殿も、異常な回復力だと驚いていました。既に退院させてもよろしい程であると」


(聞き出したのか……これは本腰入れて駆り出そうとしてるわね)


 リンは「ええまあ、治療が良かったもので」と話を続けて、「ですが、こればかりはね。体に無理をさせても、良い結果は生まれないかと」とやんわりと言った。


「どうか、その無理を押していただきたい」


 その言葉には火を燃やすような熱さが込められていた。

 リンは舌打ちしたくなった。この手の交渉人は、要求を聞くまで頑として動かないものだ。バルザが追い詰められているのは分かるが、そんな事はリンには関係が無い。


「私を評価してくださるのは嬉しいのですが、こういう事は個人では決めかねる事ですので……」

「リン殿は個人傭兵ではありませんでしたかな?」

「ええ、そうですね。ですが、個人とは言っても、しがらみからは抜け出せぬものです」


 実際の所、リンにしがらみなんてものは無い。彼女は彼女自身の裁量で仕事を決められる。

 しかし、完全に嘘という訳でもなく、フェンやカムニエ、キーラといった初めての仲間が存在している。リンは彼らへ仲間意識を持っているし、勝手な行動はしたくないとも思っている(キーラは聞いた感じ好き勝手やっているみたいだが)。

 リンの心は、この場ではなく、彼らに相談してから答えを出すと決めていた。


「……なるべく早くお願いします。時間は残り少ない。機体は性能の高いものを用意しております。こちらにご連絡ください」

「ええ、ありがとうございます」


 リンはラダールから名刺を受け取ると、棚の上に置いた。ラダールは帰る前に、二枚の写真を取り出した。


「最後に……こちらの二人に見覚えはありませんかな?」


 リンは知る由もない事だったが、その写真は、キーラが自分たちの傭兵情報とすり替えた二人のものであった。ウカナ周辺に残してきた軍機体から、彼らは何らかの関与を疑われて追われているのであった。


「ありませんね」

「そうですか……ついでなのですが、あなたはどうやってこの街へやって来たのですかな? あなたは一度共和国に与している……十四部隊は壊滅し、あなたの機体も壊れて見つかった」

「私は死にかけているところを、同じ部隊の人間に助けられたのです。その後は見ての通り」

「ほう、同じ部隊の……」


 リンはここでラダールの言葉に嫌なものを感じた。

 ラダールは考え込むようにして少しばかり俯いた。リンもまた、頭を働かせて、これらの事象から真実を導き出そうと努力した。


「その同じ部隊の人間は、今どこにいるのか知っていますか?」

「……何故?」

「我々の軍の状況はお知りでしょう? 今は戦力が一つでも多く欲しい。お教えいただきたい」


 リンは目の前の男が何を求めているのかが分からなかった。話を聞けばもっともに思えるが、彼女の直感は嫌な警鐘を鳴らしていた。

 しかし、何も知らない、知らされていない彼女は、どの選択肢が最適なのかが分からない。故に、まさか今の情勢で妙な気を起こすという事も無いだろうと、正直に答えた。


「……アズバリヤナホテル」

「ありがとうございます」


 ラダールは頭を下げ、更に口火を切った。

 今更雑談? いや、そんな事は有り得ない。リンはその口から放たれる言葉がどんなものなのか、心臓の痛みを感じるほどに緊張した。


「十四部隊の惨状は私も知っています。不運にも連盟軍の【黒鷹部隊アッサクルー・アスウェイド】とぶつかりあったのですね?」

「ええ……」

「実はですね、十四部隊の中で死亡が確認されていないのは三人だけなのですよ。知っていましたか?」

「……三人」


 リンは致命的な事実に気が付いた。

 彼女もウカナの大爆発がこの戦争を更に激化させたのは知っていたし、それをやったのが恐らくはキーラであろう事も知っていた。

 そうだ、生き残りが三人という言葉が事実ならば、生き残りはリン自身とフェン、キーラのみということになる。

 キーラはあんな大事件を起こした上に、リンと違って二人とも機体も置いてきている。誤魔化そうとするのは当たり前ではないか。傭兵登録情報も、彼らならば如何様にしてもおかしくない。


 恐らくだが、あの二枚の写真は誤魔化した後のダミー写真だ。だが、リンの言葉でその事実は明るみに出た。

 写真がダミーか、リンが嘘をついているか、どちらの可能性にしても、フェン達かリンの片方は不利益を被る。

 それが自分ならばまだいい。しかし、リンは一切嘘を言っていない!


 リンの顔は蒼白になった。そして、その反応は悠々と事実を物語っていた。


「あの……」


 どうやって知られたという事実を彼らに届けるか、リンはそれだけを考えた。この男を今返しては行けないと、引き留めようとした。


「それとですね、あなたの機体を攻撃したのは、どうやら味方だったようなのです。あなたの機体を貫いていた電磁槍ですが、これはその生き残りの機体に配備されたものと一致しまして……知っておりましたかな?」

「………………え?」


 全く思いもしなかった事実を知らされ、リンは硬直した。彼女はいつの間にか荒波の様な情報の中で溺れていた。

 彼女は知らない事の弱さを経験したが、それよりも彼女の心に深い重しを残したのは、味方が自分を攻撃した――しかも、それはフェンかキーラのどちらかであろう事が予想される――という言葉だった。


 リンが固まっている最中、ラダールは「それではどうも」と軽快な言葉を残して去って行った。後に残されたのは、不安と困惑と疑念の混じり合った、死にそうな表情のリンだけだった。



 ラダールが出て行ったのを、カムニエは病院のロビーで見た。そして、話が終わった事を察してリンの病室へ足早に向かう。

 この後、彼女はリンを見て、そのあまりの変わりように驚く事になる。



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