014.破滅願望




 人型機の調子を確かめるためのテスト場は、ある程度の規模の倉庫なら併設してある。この街にもテスト場がある事は、二人とも把握していたので、彼らは機体と共に速やかにその場へやって来た。


「何だそりゃ、妙な機体だな」

『うるせえな、これでも最新型だぜ?』


 フェンと対面するキーラの機体は、人型機ではあるのだが、ある意味で兵器らしさの無い、非常に目立つ機体だった。

 スマートな外観と、滑らかな装甲。一目で装甲が薄いとは分かるが、その分速度に能力を割り振っているのだろう。流線型の美しいその姿は、無骨という言葉とは程遠い、華美な芸術性を感じさせる。

 どちらかと言えばごつごつと硬い印象のある人型機において、まずこの滑らかな外観というだけで目立つ。何より、そのカラーリングが凄まじい。

 隠れる事など微塵も考えていないような、実に目を引く紫色。アクセントは深い青色で、寒色の無機物らしさがある。


 武器は初見では見当たらなかったが、どこに仕込んでいたのか、幻のように槍が手の中に収まっていた。仕込み武器だろうが、動きを目に捉えさせない。


 それは一度見れば警戒せざるを得ないほどに、冷たい空気を纏っている筈だった。

 しかし何だろう――ありとあらゆる見た目が、どちらかと言えば滑稽寄りに機体の印象を操作している。フェンはそんな勝手な印象に惑わされる事は無いが、何だか欺瞞に全てを寄せたような、曲者の機体の予感がした。


『機体名は『ロキ』。この街に来た瞬間に要請してたからな、何とか間に合ったぜ』

「わざわざセブンクロスから運ばせたのか? 横暴な上司を持って可哀想に」


 フェン達は問題無く機体が動くことを確認して、二つの機体を向き合わせた。


「今回はお遊びだ。メンテが必要になるまではやらん」

『当たり前だ。戦争が控えてるってのに、何で味方同士で壊し合わにゃならんのだ』


 二人はそう言って、テスト場のブザーが鳴るのを待った。


「ま、勘を取り戻す程度にはやるがな……」


 フェンのその呟きは誰に向けたものでもない、余りにも鈍った自身への言葉だった。


 そして、ブザーは高らかに鳴り響いた。




 ◆




 両者はどちらともなく同時に動き出した。

 互いの実力は飽きる程に見て、知っている。ただのお遊びにわざわざ待つような事も面倒臭く、どうせカウンターをやられたって、少しばかり不利になるだけだ。

 二人とも敗北するつもりは毛頭ないが、そもそもこの試合は機体の使い方を確かめる事と、クロノスの機能を披露するためのものだ。勝ち負けよりも、機体慣らしの方が何倍も重要なのである。彼らは優先順位を間違える様な無能ではなかった。


 二体は猛然と一直線に突き進み、剣と槍を打ち合った。


 クロノスの剣「カオス」と、ロキの槍「ミスティルテイン」は、切り、躱し、突き、いなし、一進一退の攻防を見せた。


 フェンはロキの軽そうな見た目に反して、かなりの馬力がある事を見抜き、笑みを零した。


「見た目より力があるじゃないか」

『イカしてるだろ? これで機動性もあるんだからな』


 ふっとロキが目の前から消えた。

 フェンはそれに刮目しながらも、頭脳は冷静に、一瞬間の思考と驚異的な反応で、背後からの攻撃を躱した。ロキは単純にクロノスの頭上を飛び越えたのだ。しゃがみ込んだ動きからクロノスの全身を捻り、追撃に振り下ろした槍を間一髪で防ぐ。


「随分とトリッキーな機体だな」

『俺のワンオフだからな。これめちゃくちゃ使いやすいぞ』

「お前に合わせた機体とは……最悪に使い勝手が悪そうだ」


 かなりの意表を突いた攻撃だったが、フェンは防ぎ切った。キーラもそれは予想していたのか、防がれた事をさも当たり前のように受け入れていた。

 フェンはロキが三次元機動の出来るかなり厄介な機体である事を見抜いたが、そこに焦りは無かった。彼はこの程度の機体ならば、何度も相手をした事がある。

 ただ、ロキがそれだけで終わる機体で無いことは確信していた。

 キーラの専用機だ、訳の分からない機能が山と積まれている筈である。


『こいつには面白い機能があってな。俺も今気づいたんだが』

「碌なことじゃなさそうだな」

『まあ見てろ、腰抜かすぜ。『変化トランス』』


 次の瞬間起こった事は、フェンをしてたっぷり放心させるような出来事だった。


「そりゃ……何だ?」


 フェンの目の前でロキの姿がぐにゃりと歪み、瞬く間に再構築される。そして、その場に立っていたのは、旧式感溢れるクラシック、黒い武骨なブロック状の機体――盗賊の扱っていた骨董機体、ソルジャーの姿であった。

 流石にこの変化には、フェンも大口を開けて見ているしかなかった。


『どうも、登録されている機体の外見を真似れるらしい。殆どの構成が流体合金らしいな。よく実用化したもんだ』

「アホか……」


 フェンは言葉と同時にバックステップで移動し、目の前に迫った刺突から逃れた。ソルジャーの姿をしたロキの腕部が延長して、槍のように鋭い形状の攻撃を繰り出していたのだ。

 流体合金を利用した、自在に変化する攻撃だ。ロキの姿はとろける様に変質し、鞭のようにしなる一撃を嵐のように撒き散らす。正面にいるのに、攻撃は上下左右背後から予測不可能な軌道とともに飛来した。


「本当に不意打ちが得意な機体だな」

『代わりにアホみたいに脆い』

「そんなデタラメ金属に耐久性なんかあってたまるか」


 フェンは初めて見る変幻自在の攻撃に全力を挙げて対応しながら、じりじりと下がっていった。フェンは一つ一つの攻撃を対応するたびに、かつての戦闘勘の錆が剥がれていく感覚を覚えた。

 キーラは攻撃の手を緩めぬまま、少し飽きたように言った。


『で、そろそろお前の機体の能力も見せてくれてもいいんじゃねえか? じゃねえと、無駄弾撃っちまうよ』

「そうだな……俺ももう慣れた」


 フェンはそう言って、右上から薙ぎ払われた一撃を弾き返すと、操縦レバーをしっかりと握りしめ、ソレ・・を発動させた。


「『オーバークロック』」


 クロノスはテスト場を震わせるほどに大きく叫んだ。


 この場に観客はたった一人――キーラしか存在しなかったが、彼はクロノスの各部分が明らかに異常な色に染まったのを見た。


 そして、操縦者であるフェンの視界は白に染まり、自身以外の全てが止まった世界を映しだした。正確には、全てがのろのろと遅い世界だ。クロノスはただ一人、緩やかな世界で正常に動ける存在だった。

 クロノスは即座に動きの止まったロキに肉薄し、カオスを振り抜いた。


 次の瞬間、幻の様な景色は色を取り戻して動き出した。フェンは脳内の激痛を目を見開きながら耐え、ロキのミスティルテインが宙に吹き飛ぶのを見届けた。


 キーラは自身の槍が吹き飛んだのは理解していた。しかし、いつ攻撃を食らったのか、それを捉えることは出来なかった。彼はクロノスが高速で動いたということは理解していたが、それに反応することは不可能だった。クロノスは余りにも早すぎた。


「俺の勝ちだな」

『……やるじゃねえか。今のは面白いな、素敵な機能だ』


 キーラは機体の両手を頭の高さで振らせて立ち止まり、負けを認めた。

 フェンは痛みに揺れる頭を押さえながら、口の中で呟いた。


「半秒でこれか……本当に欠陥品だな」




 ◆




 フェンとキーラは機体を元の場所に戻し、異常のない事を確認した。消耗も殆ど無い、本当に簡単なテストだったが、それでも万一を考えての事だ。

 特に異常も無い事を調べ終わると、二人は機体の足元に腰掛けた。


「ああ負けた負けた、中々面白かったぜ」

「弾撃ち有りならどうなるか分からん。元々ロキは近接向けじゃないだろう」

「まあ確かに中距離型だな。ま、お前も無駄撃ち封じてたんだから、一緒だろ?」


 キーラはカラカラと笑った後、瞳に怪しい輝きを湛えてフェンを見た。


「で、あの『オーバークロック』だったか? あのすげえのがクロノスの機能か?」

「ああ……」


 オーバークロック――クロノス唯一の特殊機能であり、近接戦闘で無類の強さを発揮する加速機能である。

 それは単純な加速であるが、異常なのはその倍率。通常の動作の何十、何百倍に機体を加速させ、あらゆる存在を置き去りにするのだ。当然、そんな異常な速度を生身の操縦者が扱える筈が無いので、補助機能が脳にアクセスして、処理能力を加速倍率と同じレベルにまで上昇。体感時間は限りなく加速し、まるで止まったかのような世界を、眼前に顕現させる。

 尤も、操縦者の脳にかかる負荷は尋常なものではなく、数十秒も発動させていれば低倍率でも死んでしまう。今回発動したのは数倍程度の加速を半秒だけだが、それですら頭が割れるような激痛だった。数百倍の加速ともなれば、脳は一瞬にして破壊されるだろう。

 ただ、その一瞬間はあらゆる存在を超越して、最強になれる。


「こいつをまともに扱うにはある程度の……まあ、A級上位くらいの腕は欲しいな。そのくらいの技術が必要だ。しかも最低限のレベルで、だ。ウロボロス基準の機体だからな」

「高いコストだな。一流のパイロットを犠牲にして、一瞬の超強化か」

「ああ、しかも機体の耐久が加速に耐えられない。ピュアクローンを無理やり消費して物理限界を超えてるからな。数百倍にもなれば、一瞬にして自壊する。

 分かっただろ? 実戦に堪える機体じゃない。作ったはいいが、使えなさ過ぎてお蔵入りになった」


 溜息を吐くようにそう言ったフェンだったが、存外この機体を気に入っているように見えた。


「お前にピッタリだな」


 キーラの言葉にフェンは微笑みを浮かべた。

 まさにそうだった。この機体はフェンにとって、余りにもあつらえ向きの機体だった。



 痛みは彼の苦しみを忘れさせた。


 進みゆく死へのカウントは、彼の望みだった。


 この機体に乗り続けていれば、全ては叶うのだ。



 フェンの普段の瞳は疲れを湛えていたが、この時の彼の瞳の中には、煉獄の業火の様な輝きが煌めいていた。その絶望にも似た瞳から喜びの感情を読み取れたのは、キーラしか存在しなかっただろう。


 キーラは長い付き合いになる友が破滅に向かっているのを見て、一度だけ瞳を閉じた。彼はフェンの望みを知っていたし、それを止めるつもりもなかった。それに、どの道そう上手くはいかないだろうとも思っていた。

 フェンという男は、どうにも色々と厄介なものに縛られているのだ。彼がそう易々と望みを叶えられるなら、そもそも彼とキーラは出会ってすらいない。彼は魂を過去に縛られているし、運命を奇妙な幸運に彩られている。

 似た者同士、とでもいうのか。

 自分でも理解していない運命というもので、彼らは似ているのだ。ただ、それを互いに知らない。フェンはキーラの運命が狂っているのを知っているが、キーラはそれを知らない。キーラはフェンの行く先に望みと真逆の翻弄しかないのを知っているが、フェンはそれを知らない。

 そしてキーラはそれを嬉々として受け入れ、フェンは無感覚に意識すらしないという点でだけ、彼らは違っていた。


「俺はもう帰るが、お前はどうする?」


 キーラの言葉に、フェンはしばらく休んでいくと答えた。彼の頭痛は未だに治まってはいなかった。


「じゃあな」


 キーラが出て行ってから、フェンはクロノスの足元で横になった。この頭痛は恐らくオーバークロックのせいではない。心因性のものだと彼は理解し、同時に悪夢が目の前に下りて来るのを見た。彼の意識は拡散し、眠りについた。



 ――初めまして。


 彼女はきっと笑っていたのだろう。


 ――私は■■。あなたのお名前を教えてくれませんか?


 それはきっと無垢な、幸せな微笑みだった。


 ――フェンさんというのですね。私、他の人と話すのは久しぶりです。


 彼女は本当に何も知らなかったのだ。


 ――いつまでも一緒ですよ。


 彼女はこの約束をいつまで覚えていたのだろうか? きっと忘れてしまっている。当然だ。


 ――生きて。


 それが望みとあらば――いつまでも苦しもう。



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