第32話 全てが終わって

 カーテンを締め切った暗闇の部屋。あれから王都に帰ってきた。あの街にはいたくない。嫌なことを思い出すから。

 私が甘かった。私のせいで死んだ。リリアンが死んだ。私がもっと冷酷で強かったら彼女は助けられた。

 もう引きこもって三日だ。自分がなにをしたらいいか分からなくなった。どんな人間でも殺してはいけない。人殺しは悪。そう思って生きてきた。ほんとにそれは正しいことなのか? 世の中には死んだ方が良い人間もいる。それが身に染みて理解出来た。それでも私は人を殺せない。そんな私が騎士団の第三部隊の隊長なんて務まるのか?


 そんなわけがない。私みたいな甘い人間に務まる仕事じゃない。


「……失礼します!」


 その時だった。扉が壊れる音がした。誰でもいい。今は放っておいてほしい。私に関わらないでほしい。


「リコ先輩。こんな暗い部屋にいたら健康に悪いですよ」

「……クロエ」


 入ってきたのはクロエ。第三部隊の副隊長。私の代わりに雑務をやってくれる優秀な部下。そして数少ない友人だ。そして片手には大きなハンマー。それで私の家の扉を壊して入ってきたのか。


「私ね。騎士団の仕事はやめるわ。次の隊長はク……」


 その時だった。私の頬が叩かれた。痛い。誰かに叩かれたのなんて久しぶりだ。


「私はリコ先輩が騎士団を辞めるなら抜けます。騎士団の仕事なんて心底どうでもいい。リコ先輩と仕事がしたいから入ってるだけですから」

「そう……なら、他の人を探さなきゃね」

「リコ先輩。悩みがあるなら私に話してください。こんなのあなたらしくない」


 私らしい? 私らしいってなによ……

 女の子一人助けられないのが私らしいの?


「ホームズ・モリアーティは未だ逮捕出来てません。幻の死神ことルナとシェヘラザードと名乗る仮面の男も消息不明。まだ事件は終わってないんですよ」

「……書類上は終わったわ。ララが犯人ってことで」

「そうですね。それじゃあリコ先輩はホームズ達を野放しにしていいと考えるんですか?」


 野放しか。そもそもあの男は逮捕出来ない。触れられないんじゃ私達に出来ることは無い。追うだけ無駄だ。自然災害だと割り切って後処理をするしかない。


「いい加減にしろ! いつまでウジウジしている! リコ先輩にはまだやることがあるだろ!」

「……やることってなによ! 私は女の子一人救えないのよ!」


 そうだよ。私は無能なのよ。私なんていない方がいい。だからこうして人目に付かないところで引きこもってるんでしょ! そのくらい分かってよ!


「救えない。当たり前でしょ! 人間は神なんかじゃない。どこまでいこうが人だ! 全てを救うなんて不可能なんですよ!」

「……だからと言って助けない理由にはならないでしょ!」

「そうですよ! だから、あなたはここにいるべきじゃない! 全てを救うために足掻くべきなんです!」

「それが出来たら苦労しないわよ!」

「人間が神だと言ったのは誰だ! リコ先輩。お前だろ! だったらやってみろよ!」


 分かってるわよ。人は神なんかじゃない。人は月まで行った。不可能を可能にする技術を持つ。人は動物を食べるためだけに育てる。命を道具のように扱う、傲慢な存在。言葉で自殺に追い込み、人を殺す。言葉という悪魔の力を持つ。

 そんな生物は間違いなく神。そう思いたかったんだ。


 人間は神なんかじゃない。どこまでいこうが人間だ。神と人間は違う。


「出来るわけないでしょ!」

「……ララを逮捕する。それさえ出来ていればリリアンは救えました」

「それが出来たら……」

「ほんとに出来なかったんですか? リコ先輩は出来たのにしなかった。ララに同情してしまった。だから逮捕に踏み切れなかった」

「そんなわけ……」

「あります。リコ先輩は判断を間違えた。判断を間違えなければリリアンは救えたんです」


 やめて。それだけは言わないで。それを言われたら私は耐えられない。リリアンが死んだのは私のせいだ……なんて。


「つまり救える可能性もあったんですよ。リコ先輩。あなたのせいで死んだんです。人間は神です。でも、それは自分だけではない。相手だって神なんです」

「なにがいいたかったのよ……」

「こんな誰のせいで死んだなんて考えるのやめませんか? 我々は神だけど邪魔した相手も神だったので、上手く救えなかった。それでいいではありませんか?」

「割り切れないわよ。私みたいに甘い人間じゃなかったら救えてたんだから……」

「でも、そんな甘いリコ先輩だから救える命もあるんですよ」


 そんなことない。救えた命があっても救えなかった命もある。両方救わなければならなかった。それが騎士団の義務だから。


「まぁーその辺は難しいですね。それでは、ある女の子の話をしましょう」


~~


一人の女の子は暗闇をさまよっていました。その子は父親を国に殺されました。だから国への復讐を誓いました


しかし、ある日。国は滅びました。何者かによって滅ばされました。その時、女の子は生きる意味を無くしました。女の子にとっては復讐だけが生きがいだったのです


そんな時でした。その女の子は新しくなった王国の騎士団に誘われました。最初はどうでもよかった仕事。適当に仕事をこなす日々。


やがて、それは上司にばれてしまいます。しかし上司は笑っていいました。

『常に全力でやってたら、体が持たないわよね』と。


その一言で女の子は気付いたのです。復讐に全力で既に自分は壊れていたことに。復讐に囚われて自分というものが存在していなかったことに。


女の子は少しずつ自分の本心を言いました。その上司はそれを黙って聞いていました。最後まで聞き終えるとたった一言だけ言いました。

『まだ終わってないわよ。国は滅んでも、あなたのお父さんを殺した輩は生きてるわ』と


それから数日後。その上司は全ての事件の真相を解明して、直接関与した輩を全て表舞台に引きずり出して逮捕しましたとさ


~~


「ありふれた私の物語です。その一言に私がどれだけ救われたか、あなたに分かりますか? どこまでも甘いリコ先輩だから出来たことです。あなたにそうやって救われた人は大勢いると思いますよ」

「そんなの……」

「私が非情になります。リコ先輩の分まで非情になります。すべて自分一人でやろうとしないでください」


 なにを迷っていたんだろうか。

 リリアンは救えなかった。でも、ここで止まっててどうなる?

 それに私一人でやる必要はどこにもない。たまには誰かを頼ってもいいじゃないか。それにまだリリアンとの約束が残っている。


「クロエ。ありがとう」

「リコ先輩。それじゃあ……」

「明日から仕事に復帰するわ」

「分かりました。それじゃあ今の状況の報告から」


 リリアンは言っていた。『ララに許してもらいたい』と。

 まだ、それが叶ってない。ララを反省させる。そのリリアンとの約束を果していない。それを果たすまで、この仕事はやめられないな。

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