第11話 正義

 僕は何者かに突き飛ばされた。その人は物凄い形相で走っていた。少し前にあった革命。革命により、死刑は完全廃止され、革命軍との和解が行われた。しかしそれに納得しない国民、革命軍も多い。そのため革命軍と国民の衝突は絶えず犯罪は大幅に増えていた。今はお菓子の国創立史上最高に治安が悪いと言っても過言ではない。


「待ちなさい!!」

「待てと言われて待つという馬鹿がどこにいる?」


 犯罪の増加に伴い、それを良いことに犯罪をする輩も多い。強盗に詐欺に薬物。それに強姦。実際問題として騎士団は人手が足らず、見逃されてる犯罪も今は多いだろう。そして現に僕は男に突き飛ばされた。そして体は川へと落ちる。必死に足掻くが服が水を吸い、思うように体が動かず沈んでいく。そうして僕の意識は落ちて言った。


 気が付くと僕の口に物凄い美少女が口付けをして、息を吹き込んでいた。二度くらい息を吹き込むと口を離し、僕の胸を何度か力強く押す。そのうちナニカが込み上げてきて、それを吐き出す。


「ふぅ……無事で良かったわ」

「ゲホッ……ゲホッ……」


 僕の吐いたものを見る。それは僕に口づけをした女性のスカートにかかり、びしょびしょに濡らしていた。それを見て少しだけ申し訳なくなる。しかし美少女はそんなことは気にも留めず、言葉を続ける。


「体に変なところはない? 意識が朦朧としたり、体に力が入らなかったりしない?」

「特には……」

「それなら。良かったわ。あなたは逃亡中の強盗に突き飛ばされて、川に落下して溺れた。私が助けた時には息もしてなくて、心臓が止まっててどうなるかと思ったわ。まぁお陰で追ってた強盗は逃がしちゃったけどね」

「なんで……助けたんですか?」


 僕は純粋に気になった。彼女の付けてるウサミミのカチューシャ。それは騎士団の正装の一つ。つまり彼女は騎士団。仕事で強盗を追っていた。それなのに……


「目の前で死にかけてる人がいたら助ける。そんなの当たり前でしょ? 世の中に人命ほど重いものなんてないのよ」

「……でも」

「強盗の逃げる先は目途がついてるし、すぐに捕まえるわよ。仮に逃がしたとして、それ故に一人死なすのは目覚めが悪いから嫌よ」

「……ありがとうございます」

「お礼なんかいらないわ。私は当然のことをしただけだから。それじゃあ、そろそろ行くわ」

「待ってください……あなたはなんで人を迷わず助けられるんですか?」


 僕は彼女に疑問を告げる。彼女はとても輝いてみえた。まるでヒーローを目の前で見てるようだ。どうしたら、そうなれるのかと。


「生きたいと思ってる人間に死んでほしくないだけよ」

「……名前はなんですか?」

「天野川理子。周りからはリコと呼ばれてるわ」


 それから僕を助けた美少女は、僕の元から消えた。僕は名前はを口の中で繰り返す。天野川理子……リコという名前を。

 それと同時に僕にある感情が湧いた。彼女の怒り狂う顔が見たい。彼女の絶望に染まった顔が見たい。天野川理子は間違いなく正義である。だからこそ悪に墜ちたり、心が折れる姿は美しいだろう。


 その日、ガブリエルという少年に夢が出来た。天野川理子を地獄のどん底まで叩き落し、その顔を眺めるという……


        * * *


「どうしたの?」

「ちょっと昔のことを思い出してね」

「ふーん」


 私は目の前のホットケーキを頬張る。それにしても自分からパンケース屋に誘っておいて、ボーっとするなんて失礼な話だ。


「……ララ。悪ってなんだと思う?」


 ガブリエルは私に面倒な問いかけを行う。しかし心底どうでもいいのでスルーする。すると彼は一人で勝手に喋り始める。正直言って静かにしてほしいのだが。


「僕は人殺しが悪だと思うんだ」

「私はそうとは思わない。殺しは日常的な動作。つまり呼吸よ」

「……人を助けるのは正義。それら反対の行為である、人殺しは悪ではないかなと思うんだよ」

「なるほど……難しいし、どうでもいい」

「そうかい」


 善の反対は別の善。だから反対の行為である人殺しが悪とは限らない。その理論で言うのならば、人を助ける行為が悪である。そもそもこの世に悪や正義など存在するのだろうか?


「ふむ。悪とはナニカ。それは自分を騙すことだと私は思うよ」

「ホームズ先生!!」

「ちょっと帰りが遅いから気になって様子を見に来たよ」


 そんな話をしてるとホームズ先生がどこからともなく現れる。それからホームズ先生は善と悪について語り始める。


「悪や正義。それは難しい問題じゃない。自分が悪だと思う行為をすれば悪だし、良いと思う行為をすれば正義。それだけの話だ」

「ホームズ先生。質問よろしいでしょうか?」

「なにかね?」

「人殺しは悪だと思いますか?」

「どうだろうね? ララ君が人殺しは悪だと思うなら悪だじゃないか? 正義か悪か。その答えは自分の中にしかないのだから討論するだけ馬鹿馬鹿しい」

「そうですか……」

「でも人という生き物は面白いことに悪いことは出来ないんだよ。自分が悪いと思うことは絶対に出来ないのだよ」


 そういうものなのだろうか?

 イマイチ実感が涌かない……


「ホームズ先生。質問いいですか?」

「ガブリエル君。なにかね?」

「それでしたら、なんで犯罪が起こるんでしょう? 世の中には法律があります。つまり悪だと分かってるはずなのにどうして……」

「それが善だからだよ。例え話として強盗がいるとしよう。強盗はどうして物を盗む?」

「それが欲しいからでしょうか?」

「なんで欲しい?」

「それは必要だからでしょうか? お金だって遊ぶためには必要。腹を満たしたなら食べ物が必要。もっと言うなら欲望があるから」

「そうだとも。つまり欲を満たせるという見返りがあるから盗めるのだよ。自分の欲を満たすという絶対的な正義のためい悪を行う。なんも不思議ではない」


 それはつまり悪をしたということだ。もっと言うならば先程ホームズ先生は悪事は絶対に出来ないと言った。しかし大きな善のためなら悪を行えるとも言った。矛盾してるではないか……


「悪いことは絶対に出来ない。しかし大きな善の前だと何故か、悪は正義の一部へと化ける。だから悪という自覚すらなく行えるのだよ。『これは正義のために必要なことなんだ』ってフレーズを一度は聞いたことあるだろ?」

「なるほど」

「つまりそういうことさ。他に質問、否定意見はあるかね?」

「いいえ」

「よろしい。それなら、そろそろ私の授業『正義執行』を行うとしよう。ルナから拉致に成功したと連絡が入ったからね」


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