Episode.9 Tears of an angel who due to passed, are wiping.

 シノがマキを抱き抱えて帰ると、泣きじゃくるユイが玄関前に立っていた。

「ユイ」

「っふ、ま、まき、さ、ひっ、だ、だいじょぶ、っう」

「うん、大丈夫だから。ユイ、今からマキの手当てをするから、救急箱をリビングの食器棚の下から持って来てもらってもいい?」

 ユイは涙を拭いながらコクコクと頷き、リビングの方へと走って行った。その背を見送りながら、ソファの方へマキの身体を優しく置く。もしかしたら部屋の方へ運ぶべきかもしれないが、不安定に揺れるハンモックより、こちらの方で処置をした方が良いと判断した。

「マキ...っ」

「シノっ」

 ユイが持ってきた救急箱から布巾や傷薬、大きめの絆創膏に白い包帯を取り出す。

 まずは白い布巾で傷口の血を出来る限り拭った。

「っふ」

 無意識の世界に居ても痛いのだろう、ギュッと目をつぶったり処置をしている方の手を握ったりしている。

 次に傷薬を傷へ塗っていく。もし化膿して破傷風になってしまったら、マキの命は終わる。

 傷に染みるのだろう、下唇をグッと噛んでそれに耐えている。

 そして唐突にゆるりと、マキの橙色の瞳が姿を現した。

「マキ」

「先輩...、痛い」

「これくらい耐えて。もっと酷いの、耐えてきたでしょ」

「酷いのは、今の先輩の言葉だよ」

「そんな冗談が言えるなら、十分だね」

 傷薬を済ませた後にガーゼを固定する。それからシノは手際のよい動きで包帯を巻いていき、綺麗に結び目を作った。

「...両利きにしといて、助かりますわぁ...」

 マキは無事な方の手をグーパーと動かし、それで身体を支えて起き上がる。血が少ないせいかくらくらするが、そこまで悪いわけではない。

「マキさんっ!」

 シノが離れた事により手当てが終わった事を悟り、ユイがマキの懐へ飛び込んできた。胸の下にユイの頭が飛び込んでくる。

「ユイ、不安にさせたね。ごめんよ」

 マキは怪我のない手で、わしゃわしゃとユイの茶髪を掻き乱す。ユイはぶんぶんと首を振るって、目に涙を溜めた顔を上げた。

「ごめんなさい...」

「うん?謝る必要なんてないよ。気を緩ませ過ぎた私達のミスだから。ね、先輩?」

 シノはこくりと頷いた。しかしユイは納得できないようであった。

 もう一度、マキは軽い口調で気にしていないように言うが、ユイはフルフルと首を振るってマキの胸元に顔を埋める。彼女は少し息を吐いて、「顔を上げて」とユイの耳へ囁いた。

「子どもは無邪気に何も考えずに遊んでていいの!難しい事は私達が考えておくからさ」

 ユイはそれ以上は何も言えず、ただただ彼女の身体を抱き締めた。マキはポンポンとユイの背中をリズムよく叩き続けた。


 しばらくすると、ユイは泣き疲れたのか、すーすーと寝息が聞こえてくる。マキはクスリと微笑んで、シノの方を見た。

「ありがとうございました。お陰で助かりましたよ、本当に」

「いいよ...。俺も、マキがいなかったら、あの人に遠慮容赦なく突っ込んで...、もしかしたら死んでたかもしれない」

「でしょうね。私、先輩みたいに〈蒼月の弓矢〉に対して執着心ないですからね。不用心に突っ込まないですもん」

 ふふふ、とマキは微笑んで見せた。

「...マキは、何とも思わないの...?」

「私は、先輩みたいにリーダーに救われたわけじゃないから。確かに助けてもらったけど、先輩が一番だもん」

 シノはマキにそう言われ、しかめっ面になる。照れ隠しなのか、単純にマキの発言が気に喰わないのかはマキには分からない。

「ね、先輩。これからどうするつもりなんですか。ユキ先輩は先輩を殺す事はしないと言ってました。...ユイを差し出すなら、という条件付きですけど」

 マキはユイの髪の毛を梳きながら、ふふとまた微笑んだ。

 シノはまた眉を寄せる。

「どちらかを選べ...。俺の一番苦手な事だよ...」

「そうですねぇ」

 何かを決定する事。それは人間が生きていく中では絶対にしなくてはならない事である。

 シノは二択、あるいは三択といった選択肢を選ぶという事が苦手であった。どれもこれも選びたい。どちらも手放したくない。

 ユイをここへ連れてきたのだって、シノが「殺さない」という選択肢をしたが故に起こった事である。マキに親しく思われる原因も――。

「先輩」

「...いや、何でもない...。でもそうだね」

 シノはそうっと近づいて、優しくユイの頭を撫でた。慈しむような、柔らかな瞳で。それは普段の仕事の時とはまるで違う。

「...俺は.........」


 守りたい者を守りたい。

 もう二度と、涙を流したくないから。泣かせたくないから。



「ねぇ、どうして?」

 暗闇の路地裏。Kとユキは、光の灯っているボロ家を監視するように眺めていた。Kの背には小さく折り畳まれた黒塗りの狙撃銃が、ユキの手には少し傷の付いた拳銃が握られていた。

「この依頼、達成日時まで決まってないじゃん。いつ手を出そうが、私達の勝手でしょ」

「そうだけどさぁ。手っ取り早く済ませたいでしょ。家まで分かってんなら乗り込もうよ。あれなら僕らだけでも制圧出来るよ、余裕で」

「そうだけどね...。Kくんは何も思わないわけ?」

 ユキのそのセリフに、Kは僅かに唇を硬く引き締めた。

 ユキが感じていたように、Kもまたユキと似たような事を考えてはいた。ユイの人間らしい感情を培ったのは、紛れもなく彼らだ。

 ただ仕事だ、と言い聞かせているだけに過ぎない。本当ならば、彼らに何も手出しをしたくないというのが本音である。

「思う所は...、あるけど。でも、仕事だから」

「私は、自分と重ねるところが少しあるから。ギリギリまで野放しにしておきたいんだよね」

「.........そんなの、単なる自己満足でしかないよ、ユキ」

「かもねぇ」

 けらけらと快活に笑うユキに、Kは小さく溜息を吐く。

「でも、聞いてくれるんでしょ?」

「...シロヒにも聞くけど。んで、最悪メンバー全員で会議して、これに対しての結論を付けよう。とりあえず、...今日はユキの意思を尊重するよ」

「やっさしい」

 ひゅうとユキが口笛を鳴らす。Kの眉間に深く皺が寄ったのを見て、ユキはすぐに小さく「ごめん」を呟いた。

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