第10話

 店内には全く知らない曲がゆったりと流れていた。

 モモカは「あのね」と続ける。


 「大したことじゃないけど、マルルってどうしてアンティークのお人形だったのかな」


 予想外のところだった。てっきりアプラスのことを話すんだと思っていたから拍子抜けしてしまう。


 「そこ? わたしは気にしたことなかったけど……」


 「えっと……モモカの友だちが芸大行ってて、その先輩の卒展に行ったんだけど……お人形作ってる人がいて……百年くらい前のお人形を参考にしてたみたいで、それがマルルみたいって思ったの」


 「うーん……わたしには、よくわからんなぁ……」


 「その……なんだか古めかしくて、変なのってちょっと思ったことがあって」


 「変かなぁ……?」


 確かに、魔法少女アニメなんかでよくいるお供がアンティークドールなんて珍しい。サクラが小さい頃見ていたものはふわふわの羊のような犬のような生き物だったり、人の姿だとしてもせいぜい妖精だった。

 でも、現実とアニメは違う。

 アニメのお供は架空だ。架空を基準に現実を考えるなんて、そんなのは滅茶苦茶だ。


 「マルルの正体は、アスタルツ……」


 モモカは呟いた。


 「サクラちゃん、アスタルツって魔法を使うエネルギーであってるかな……?」


 「え? 確か、そうだと思うけど」


 「アスタルツって、あの、宝石みたいなのよね? 変身する時、モモカたち割ってたよね……?」


 モモカは途切れ途切れに、きっと思い出しながらサクラに聞く。自信は無さそうな顔をしているが言葉ははっきりとしており、どこか確信めいていた。


 「うん、そうだったと思う」


 怪人が現れて、マルルからアスタルツをもらう。指先で摘めるくらいの宝石のように輝いている木の実のようなものだ。

 それを割ると、魔法が溢れ出てわたしたちは一定時間魔法少女になれるのだ。


 「あのアスタルツってマルルから出たものなのかな?」


 「んー……そうじゃない? 確か、怪人もアスタルツを持っとって、わたしたちは怪人からアスタルツを奪ってマルルに届けてた……よね?」


 それもこれも、アプラスを弱体化させるためだ。そして、マルルが最後の一撃を放てたのも、アスタルツのおかげだ。だから、マルルはアプラスからも狙われていた。


 「んん……マルル……アプラスに狙われていたのに、どうしてあんなわかりやすい姿だったのかなぁ……」


 モモカは顎に手を当てて、眉を潜めている。


 「え?」


 「モモカたちの姿を変えられたのに、マルルはずっと古いまま……なんだか変だなって……思わ……ない?」


 語尾がどんどんと小さくなっていった。モモカだって記憶は確かでも自信がないのかもしれない。

 モモカは口元を覆い、俯き気味にこちらを見ている。


 「ごめん、そういうもんだと思って。マルルだって自由に変えられなかったかもしんないし……」


 「そう……だよね……ごめんね、モモカの勘違い……思い込みだったのかな……」


 モモカは顔を赤くして明らかに無理に笑っていた。


 「あ、いや……それ言っちゃうとキリがないよ。変えられなかったかもっていうのだって思い込みかもしんない」


 「でも……確かめるのは不可能ね。マルルいないし……」


 「あ!!」


 サクラが言葉を言い終わる前にモモカは声を上げた。いつもの溶けて消えそうなウィスパーボイスからは想像もつかない、はっきりした声で、たまたま横を歩いていた店員がこちらを一瞬見て去っていく。


 「な、なに? びっくりした……」


 「ご、ごめんね……!! あの、その……マルルが生きてるってサクラちゃん考えなかった? ユキトくんの話だと……生きてるんじゃないかって」


 「いや……でも、マルルは……力を使い果たして……」


 確信はない。マルルが死んだ姿なんて見ていないのだから。

 仮に生きているとしたら、なぜわたしたちの前に現れないのだろう。一年間世界とマルルのために頑張ってきたというのに。そして、アプラスがユキトにマルルのイメージを送ったということは、マルルはユキトが手に入れられる場所に……いる……? それはつまりマルルは……わたしたちにだって……


 「そんなはずない……そんなマルルが生きていたら、わたしたちは……」


 サクラはそれ以上を考えたくなくて、歯を食いしばった。モモカの顔も見れず、空になったコーヒーカップが割れてしまいそうなほどに見つめた。見ているうちにだんだんと、水玉のはずのコーヒーカップの模様がなんなのかわからなくなる。


 「サクラちゃん……?」


 「わからない……何が正しいの……?」


 脳が勝手に考えることを放棄してしまう。マルルやアプラスのことを思い浮かべようとしただけで、キリキリと頭を締め付けられるような感覚がした。


 「サクラちゃん、何か飲む?」


 「考えてばかりだと疲れちゃうよ」と、モモカがそう提案してくれた。

 店員を呼び、サクラはアイスココアを、モモカはミルクティーを注文した。

 飲み物が来るまでは二人とも無言で、モモカは手帳を見たりスマホを触ったりしていた。サクラは店内のBGMに耳を傾けて、待っていた。

 数分でココアとミルクティーは運ばれてきた。久しぶりに飲むココアは甘くて、でも甘さの奥に苦味もあって、冷たさが染み渡るようにとても美味しく感じた。


 「勉強の時や考え事には甘いものが付きものだよね」


 モモカはそうやってミルクティーを嬉しそうに飲んでいた。

 サクラは勉強する時に食べたり飲んだりする習慣はないが、今回ばかりはモモカのおかげでスッキリとした。


 「ねえ、モモカは、その……マルルのことどう思ってる?」


 ちょうどモモカはカップを置いたところだった。

 「マルル?」と呟いて少し俯く。目線を上に、下に動かして考えているようだ。


 「マルルは……可愛くて、でも不思議な子だったよね。モモカたちのために命を投げ打ってくれた……けど……今思えば、わからないことが多くて……」


 「マルルは、怪しい……?」


 サクラはゆっくりと慎重に聞いた。できれば、マルルを疑いたくはない。マルルがちょっと変わり者だった……くらいだったのなら良いな、なんて思う。

 モモカは目を泳がせて戸惑いの表情を見せながらも小さく、頷く。


 「はは……やっぱりか……」


 サクラから、乾いた笑いが漏れる。体の力が抜けて、大袈裟なくらいに背もたれに体を預けた。

 どこかでモモカが否定してくれたらと思っていたのだろう。


 「ご、ごめんね……!! その、怪しいというよりは、マルルのこともっと知っておくべきなのかなって……そう思っただけなの……。ほら、結局アプラスとマルルは同じ世界にいたんでしょう? 敵を知るには味方から……なんて言わなかったっけ?」


 モモカはまた、サクラを気にして焦る。モモカがどこまでマルルを疑ってるのかは全くわからない。


 「そうよね。情報がないでさ……調べられるところから調べるしかないか……っ」


 サクラは勢いをつけて体を起こした。


 「一先ずアプラスの情報収集はユキトに任せるとして……。わたしたちはマルルについて調べようか……」


 「う、うん……でも、どうやって?」


 「そこなのよね……。ネット検索くらいしかしとらんけどそれっぽいものは見つからんのよ」


 サクラは腕を組んで考え込む。

 マルルは飲食店だし、アプラスは社名だし……いったいマルルはどこから来て何がしたかったのだろう。

 でもそう言われると変だな。ドリームランドから来たのにアンティークドールなんて。メルヘンちっくな魔女アプラスやその怪人たちとは全く違う雰囲気で、マルルは可愛いけど重苦しいお人形だ。確かマルルを初めて見たのも、そんな雰囲気の寂れたアンティークショップでだった。


 「モモカ、わたし、ちょっと調べに行きたいところがある……かも?」


 「心当たりあるの?」


 モモカは大きな目を更に大きく開いた。

 サクラの頭の中には十年ほど前に偶然見つけたアンティークショップが浮かんでいる。どこだったかはよく覚えてないけど、どのエリアで見つけたかくらいは覚えている。


 「今度、乙環おとわ商店街へ行ってくる」

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