第11話

 モモカに会ってから一週間が過ぎて、ようやく一日休みを得た。その間にユキトに報告とアプラスのことを意地と根性で思い出して調べるように伝え、乙環おとわ商店街のアンティークショップや骨董品屋をモモカと協力して調べた。


 ネットで八軒、モモカ情報で三軒で、アンティークショップや骨董品屋は合計十一軒見つかった。そこから、サクラの記憶を頼りにビル中でなかったことと、大通りに面していなかったという条件を差し引いて、九軒まで絞った。

 更にモモカ情報でそのうちの二軒が最近できたお店というため、サクラが実際に訪れるのは七軒となった。


 乙環商店街は、乙環寺の周辺にある商店街でおしゃれスポットであり観光スポットにもなっている。

 個性的なお店が多く、古着屋や輸入品のお店もあれば、マダム達御用達の衣料品店やアイドルやアニメにサブカルなお店も多い。古い土鍋に好きなものを好きなだけ入れて煮込んだ、確実にむせ返る鍋料理みたいな街だ……と雑誌に書いてあった。

 そんな街をモモカが詳しいのにも少し意外だった。モモカの着ていた服はガーリー系でそれこそデパートやショッピングモールで買っていそうなもので、モモカ自身が古着とは縁がなさそうだったのだ。

 モモカにそのことを話してみると、「着る着ないじゃなくて、服を見るのが好きなの」と言っていた。

 だからなのか、今日もモモカは授業じゃなかったら行きたかったとがっかりしており、昨日から「良いなぁ」と羨ましがるメッセージが、三回も届いた。


 バスに揺られて、四十分、ようやく乙環商店街へ到着した。

 朝日の眩しさに目を細め、バス停から横断歩道を渡り、商店街のアーケードの中へと入っていく。

 お店も開店間際で、各お店から音楽が流れている。買い物客もちらほらと訪れ、もうあと一時間もすれば好き放題の名に相応しいほどに賑わうのだろう。

 それにしても何年ぶりに来ただろうか。中学から高校くらいまでは買い物が好きで、母から貰ったお小遣いを握りしめて、友達や、時にはコハルと洋服や雑貨なんかを見に来ていたっけ。あの頃は道順に自信はあったが、今は地図がないと迷う自信しかない。


 それはさておき、先ずは一軒目。青猫通りと鈴通りなんて呼ばれるメインストリートを繋ぐ路地裏に構えている、アンティークショップ『トレゾール』へ向かう。印刷して、赤印で丸をつけた地図と、スマホのマップを見ながら進んだ。

 青猫通りから路地裏に入って、パッとお店を見て気づく。ここじゃないな。

 白を基調としたお洒落でシンプルなお店は、形も記憶の中の物と全く違った。


 まあ、一軒目から見つかるなんて思ってもいない。気を取り直して、二軒目へ向かう。

 二軒目は骨董品店『のがみ』だ。名前からして違う気がするが、万が一もある。青猫通りよりも少し落ち着いて静かな鈴通りを抜けて商店街を一度出た先にある。のがみは昔ながらの日本家屋のお店だった。

 「やっぱりな」とため息を吐いて、頭を次の三軒目に切り替えた。


 結論から言うと、三軒目も違った。乙環寺の裏にあるお店で、見た目がゆめかわすぎてイメージとかけ離れていた。


 サクラはついでに──と言ったら失礼な気もするが──乙環寺でお参りをしていくことにした。

 サクラは仁王像が左右に立つ赤い門を潜りお寺の敷地へと立ち入った。まだ、参拝者は少ない。サクラは老人がのんびりと散歩をしているのを横目に、本堂への階段を登った。

 乙環寺は学業成就と縁結びのご利益があるそうで、目当てのアンティークショップに巡り会えるようにと、自分でも妙だと思いながらも願った。


 寺を出て四軒目、名前は『ランコントル』で、お洒落な雰囲気の名前に期待して、青猫通りを通る。青猫通りを外れた先にランコントルはあった。長屋の一番端にあるお店で雰囲気だけは記憶の中のお店とよく似ている。長屋ではなかったような気がすると思いつつ、お店の中に入ってみた。


古びた木枠のドアを開けるとベルがカラカラと鳴った。店内は古い見た目よりもずっと明るく、綺麗に整頓されていた。

 やっぱり違うのかもしれない。マルルは物と物を掻き分けて見つけた……そんな記憶があるのだ。

 品の良い初老の店主に十年前にお人形を置いていなかっただろうかと尋ねてみたが、大きなアンティークドールは昔から、仕入れていないと彼は答えた。


 サクラは店主にお礼を言ってお店を後にした。


 残りの三軒は商店街から外れたところにある。

 サクラは生搾りのキウイジュースを途中で購入し、店の前のベンチに座り少し休憩した。生搾りなだけあって、甘酸っぱいキウイをそのまま飲んでいるようで美味しい。


 「心臓抉られるとか、どんだけサイコなんだよ」


 そんな時に、物騒な話が耳に入る。女子高生二人がお揃いのパーカーと制服を着て隣のベンチに座っていた。二人とも苦笑いしながら一つのスマホを一緒に見ていた。


 「やばくね? こんなんアニメでしか見たことないんだけど」


 「女の人ばっかっしょ? 怖っ」


 「えー……苺飲む気失せる……」


 とか言いつつも、苺ジュースを飲み干した彼女たちは「次どこ行く?」と楽しそうに去っていった。


 物騒な事件があったのだろうかと、ぼんやり考えて、サクラはキウイジュースを一気に飲み干した。

 次は少し遠いのだから、頑張らねば。


 少し迷子になり、時間がかかったが予定のお店は全て回った。


 結果は全滅だった。


 それぞれ店主に確認したが、はっきりとした返事はなかった。やはり十年前の商品なんて無理があったのだろうか。

 いや、でもそもそもだ。思い返せば、どのお店もしっくりこなかった。雰囲気は似ていても記憶にないのだ。


 サクラはすっかり落胆してしまい、気分も空気の抜けた風船みたいにしゅるしゅるとしぼんでしまった。

 もちろん諦めるのはまだ早い。ネットに載っていないお店だってあるだろうし、もしかしたら廃業してしまっているのかもしれない。

 あのマルルと出会ったアンティークショップを見つけるためには、調べるべきなのだ。なのに、今は何もしたくない。


 ひとまず、商店街へ戻ろう。そういえばもう昼ごはんの時間なんてとっくに過ぎてしまって、お腹も空いている。

 そうだ、商店街から来る途中にあった和カフェに寄ろう。ご飯も食べれば少しくらい気分も上がるだろう。


 閑散とした住宅地をスマホでマップを見ながら歩いた。来た通りに戻れば、迷わないはず。

 そう思っていたが、途中で見覚えのない工事中の道に出てしまい、自分がいかに方向音痴だったのかを思い知らされた。仕方なく回り道をして、今度は見たことのない道を歩いた。

 休日の午後なのに誰ともすれ違わない。

 ふと、いつのまにか別の世界へ来てしまった怪談を思い出しては不安になった。あの話の主人公は永遠に終わらない世界を泣きじゃくりながら、歩き続けるという結末だった。

 まさかね……と思ったその時、民家の塀の上で黒猫が日向ぼっこをしているのを見つけた。


 異国で知り合いに出会えたような思いで猫に近づくと、猫は慌てた様子で塀から飛び降り、道路をまっすぐ突き進んで右に曲がった。

 サクラも小走りで道路を進み、猫が曲がった道の方を見た。猫の姿はなかった。


 「あれ……ここ……」


 見覚えがある場所だった。今日来た場所じゃなくて、ずっと前に来たことのある道だ。その、記憶はぼんやりとした水彩画のように、夢の中みたいに、鮮やかに残っている。

 左側の家のお腹にステンドガラスが嵌った風見鶏を見て、言葉が勝手に溢れた。


 「まだ、あったんだ……」


 サクラは風見鶏の家の方へ近づく。

 周りの民家とは雰囲気の違う、ヨーロッパの街並みにありそうな古びていて、ちょっとだけお化け屋敷みたいだ。大きな出窓にはお人形が二人並び、その横に大名時計が置かれている。

 そして煉瓦造りの門柱には、アンティークショップ『夢』と書かれたステンドガラスの表札がつけられている。


 ここが、マルルのいたアンティークショップだと思い出すまでもなかった。

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