第9話
ランチの味は、特に何か言うほどでもなかった。可愛く映えるように盛り付けてあるだけの普通のローストビーフだった。
モモカはスマホで二枚写真を撮っていた。この時ばかりは少しホッとしたような、緊張の糸が解けたようにモモカは楽しそうに見えた。
食後にはモモカにはデザートの小さなチーズケーキと、サクラにはホットコーヒーが運ばれた。
「サクラちゃんは、ケーキ食べないの?」
「ああ、うん。もともと、そんなに好きじゃないし」
「甘いの、嫌い?」
「嫌いじゃないよ。敢えて食べたいと思わないだけ。あ、でもクレームブリュレとカタラーナは好き」
そう言ってサクラはコーヒーを啜る。ここのは酸味が少し強いな、なんて考える。
モモカは少し不思議そうな顔をして、チーズケーキを小さくフォークで刺して食べ始めた。
さて、どう切り出そうか。
今日は、ユキトに言われたアプラスの復活についてを話すのが目的だ。そして、なんとか、協力を得たい。でも、突然そんなことを話し出して、モモカに引かれないだろうか。いや、それでも、言わなきゃ。アプラスの復活は世界の破滅の始まりかもしれない。そんなことはさせたらいけない。
「あ、あの……サクラちゃん……?」
モモカの怯えたような声にハッとする。
「わたし、怖い顔しとった?」
「ちょっと……ね」
モモカはへらりと笑う。食事を共にしてようやくモモカもほんの少しリラックスできたのだろうか。
「ねえ、リツとは会ってる?」
サクラはひとまず、そう聞いた。昔の話をすれば自然にアプラスに繋げられるかもしれない。それに、二人がまだ今も仲良くしているのかは純粋に気になった。
「会ってはないよ。でも連絡だけは時々してるの」
「そう、なんだ」
「あ、でもね、SNSで繋がってるだけだよ。リッちゃん、お仕事大変そうだし」
モモカは肩を竦めて、困ったように微笑む。
「リツは何してんの?」
「看護師さんだって。今日は夜勤だからって」
「そっか、それは大変ね。にしてもリツが看護師って意外かも。どっちかっていうと医者っぽい」
記憶の中にいるリツは、冷静沈着で優しいには優しいが冷たい印象があった。弱っていると慰めるよりも叱責するようなタイプなのだ。
「でも、リッちゃん現実派だから。手に職って思ったみたいだよ」
「確かに……看護師なら働き口がなくなることはないもんね。リツって昔からそうだよね。効率重視っていうかさ。分析上手だったよね」
「すごくわかる。でも、サクラちゃんだって中々の効率重視だったよ? その……敵が来た時なんか……それこそ……サーカスの時のドミノ倒し作戦は……忘れられない」
恐る恐る、まるで試すように、モモカは話した。言葉を一つ一つ選んで、慎重に話していると、サクラでもわかった。
モモカが何を恐れているのかはわからないが、とにかくサクラは嬉しく思った。モモカの口から魔法少女だった頃の話が出てきた。
「覚えてるよ。あれは、自分でも上手くいったのが奇跡みたいだった」
サクラが思い出して笑うと、モモカもサンダーソニアだった頃みたいに人懐こく可愛らしい笑顔を見せた。
サーカス団……確か、モモカに始めて出会った頃だったか。ピエロのような怪人と戦ったんだ。怪人はモモカを人質にして、団員を操って、どうしようもなくて……。だから、思いつきで舞台のハリボテをドミノ倒しにしてピエロの頭に舞台装置を直撃させた。そのおかげで、確かモモカを助け出せたんだっけ。
モモカにそう聞いてみたが、モモカは助けてもらってからドミノ倒しで攻撃してたと言った。
しばらく、魔法少女の話に花が咲いた。夢のような過去をモモカと共有してどんどんと現実味が出てくる。ユキトと話しただけじゃ開かなかった記憶の中の感覚が次々と開いていった。
最初に、こちらを伺うように怯えていたモモカもいつのまにか自然に笑っていた。
一通り、二人が覚えている魔法少女の時代を話したところで、会話が続かなくなる。ケーキもコーヒーもいつのまにか空っぽになっていた。
深呼吸をして、「そういえば」とサクラは切り出した。
「ブリザードボーイってさっき話したでしょ。あれに会ったの、この前」
「え? 会う?」
モモカはきょとんと丸い目を更に丸くして聞き返す。顔が少し引きつっていく。
「そう。でも、ブリザードボーイではもうなかったよ。今は普通のサラリーマンでさ……」
「あ……え、じゃ、じゃあ……また、世界が終わるーとか、そういうのじゃあないのね?」
安心したようにモモカは笑う。サクラはモモカから目を逸らし、空っぽになったコーヒーカップの水玉模様を見ながら口を開いた。
「それが……そうじゃない……。ていうかね、これが今日の本題だったんだけど。ユキト……あ、ブリザードボーイが言うにはアプラスは死んでないって……」
言い終わってから、ちらりと俯いたままモモカを見る。顔は引きつるよりも青ざめている。
サクラは深呼吸してからゆっくりと、ユキトと会った経緯から、ユキトから聞かされたアプラスの話を全て話した。
モモカは話を聞くたびに不安がったり驚いたりと表情を変えていたが、決して笑うことはなかった。
「それってつまりは……どうなるの……世界がまた……」
「わかんない……アプラスが生きてて何をするのか、とか……もしかしたら何もしないかもしれんけど……最悪の結果だってありえる……」
最悪の結果……。あの時みたいにアプラスは世界を滅ぼそうとしているのだろうか。
ふと、疑問が浮かぶ。アプラスはどうやって世界を滅ぼすのだろう。まずはマルルの世界のドリームランドを滅ぼそうとしていた。その次がこっち……わたしたちの世界。その割にはどうして、こっちに怪人を送ったのだろうか。
「サ、サクラちゃんは、どうするの?」
モモカの声で、サクラは思考から引きずり出された。モモカは不安そうに首を傾げている。
「えっと……どうって……」
「あ、あの……えっとだから……わたしたち、もう力なんてないよ……マルルだっていないのに……」
「それは……でも……そうね……一先ずは、情報が足りんし……リツにも少し話をしたいとは思うんだけど……」
もともと、良い案がなくてモモカやリツを頼ろうとしたのだ。どうするのと聞かれてしまうとサクラも困ってしまう。
「リッちゃん……大丈夫かなぁ」
モモカはぼそりと呟いた。お店の、ジャズ調のBGMに溶けて消えてしまいそうなほどだったが、サクラの耳にはギリギリ届いた。
「どうして? リツ、何かあったの?」
「あ、いや……その……ごめんなさい……なんでもないよ……」
モモカは大袈裟なくらい首を振って、自分の発言を否定した。サクラもここまで、否定されれば、無駄に詮索するのはやめた方がいい気がした。
「とにかくね、何から始めたら良いか悩んどってさ……」
「んん……ごめんね……モモカにも思いつかなくて……」
そうだよなぁ、と呟く。二人の間にジャズ調のJ-Popが流れた。好きな歌のサビのところだった。
サクラは顎に手を当てて思考の中に入り込んでいく。
そもそも、情報が足りなさすぎるのだ。アプラスが何をするのかわからないし、第一にどうやってアプラスは動くのだろう。アプラスが、こちらの世界に出てきたことはあったのだろうか。また怪人を送り込むのだろうか。
「……ね、少し気になってたことがあるの」
無言を破ったのはモモカの方だった。
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