第8話

 日曜日。水野に銘菓のえびせんべいを渡して懇願して得た休みである。

 本当は三人で会いたかったのだが、リツは都合がつかなかったらしい。

 金に光る時計は定番の待ち合わせスポットで、今日も例に漏れず人でごった返している。こんなに人が多くては、モモカにちゃんと会えるだろうか不安になる。もっとわかりやすい場所にしたら良かっただろうか。いや、でもあの可愛さならすぐ気がつくはずだ。


 サクラは時計を見上げた。約束の十三時まであと五分。緊張してくる上に、コハルから借りた慣れない膝上のスカートが落ち着かない。

 そんな時、モモカが十分遅れるとメッセージが入る。少し拍子抜けしてしまうが、かえってそれで落ち着いた。


 お昼は何が良いだろうか。わたしはすぐそこのファミレスでもファーストフードでも十分だが、久しぶりに会うのだし、ゆっくり話したいからカフェの方が良いだろうか。そんなことを考えて、十五分。モモカから着いたと連絡が入る。相変わらずの人混みに、目立つような可愛い女の子は見当たらない。


 ──どこ? どんな格好? 


 そう聞くと、時計の真下にいる、黄色いワンピースだと言う。そんな黄色いワンピースの女はいるが、モモカは見当たらない。

 サクラはスマホと周りを交互に見ながら、時計の周りを回った。

 二週目の頃、突然腕を掴まれた。


 「あの……」


 黄色いワンピースの女の子だったが、写真に写っていたモモカと違って、その子はふくよかである。可愛らしい雰囲気だが、モモカには全く及ばない。写真のモモカは、そんなんじゃなくて……


 「なにか……」


 見知らぬ人の腕を掴むなんて、女の子とは言えちょっと失礼かもと、サクラは少し不機嫌に聞く。

 ふと、昨日コハルの写真を撮った時のことを思い出す。あのカメラアプリって確か全身の加工ができたよな……。コハルは痩せてる方だが、ケンちゃんに送るからと、不気味な黄色ネズミをさらに細くして、結局何かよくわからないものを作っていた。栄養失調みたいと言ったらコハルは笑っていた。


 サクラはあまりに不機嫌な顔をしていたのだろうか、彼女は少し眉をひそめて、慌てたように手を離す。


 「サクラ……ちゃんですか……?」


 黄色いワンピースの女の子は確かにそう言った。ふわりと花のような優しい香りがする。


 「え……? まさか、モモカ……?」


 いや、でも。でも、写真で見たモモカはすっきりとした顔立ちで、人懐こそうだけど、くっきりした目鼻立ちに白い肌で、それはもうアイドルと見間違うほど……の。


 女の子は少し照れ臭そうに頷く。


 「えあー……モモカ……なのね……」


 想像してたのと遥かに違った。

 確かに、よく見るとマシュマロみたいな体の上にある丸い顔のパーツは整っている。ぱっちりした垂れ目に、形の良い鼻もコーラルピンクの唇もサンダーソニアそのものだ。だけど、それ以上に……パーツ以外のところが変化しすぎていて、気がつかなかった。少し申し訳なくなる。


 「……あの、ごめんね、サクラちゃん……遅くなっちゃったし……突然声かけちゃって」


 モモカは溶けて消えそうな高い声で話した。サクラとは目を合わせずに、少しうつむきながら、時々サクラの顔をチラチラ見上げる。


 「ああ……その、久しぶり……ね? 元気だった?」


 サクラもぎこちなく答える。モモカはどんな子だったっけ。少なくとも太ってはいなかったことは確かだ。


 「うん、それなりに、元気にやってるよ。サクラちゃんも……その……元気そうで……良かった」


 この子は、本当にサンダーソニアのモモカなのだろうか。

 ぼんやりと思い出してくる。記憶の中のモモカはもっと人懐こくて可愛くて、少し天然な子だった。記憶違いだったとしても、こんなにも、何かに怯えているような……人の目を見ていられないような、そんな子じゃなかった気がする。

 そう考えたって、サクラの今日のメインはモモカと思い出話をすることじゃない。ひとまず、約束していた昼食を食べようと、モモカに提案する。


 「どこでもいいよ。サクラちゃんの行きたいとこに、モモカは合わせるから」


 「ああ……ファミレスかカフェだったらどっちがいい?」


 「サクラちゃんは……」


 「わたしじゃなくて、モモカの行きたい方は?」


 「ご、ごめんね、モモカは、じゃ……カフェに行きたい……せっかくだし……」


 モモカは肩を竦めて、途切れ途切れに話した。かなり緊張しているのだろうか。


 「あたし、この辺あまり来んから、わからんのだけど、モモカは詳しかったりする? オススメのカフェとかない?」


 サクラはなんとなく気まずくて、スマホでお店を検索しながらモモカに話題を振った。モモカはサクラから視線を逸らして「んん」と、か細く唸る。


 「あまり知らない?」


 モモカは小さく頷く。


 「ごめんなさい……知らなくて」


 「いや、謝ることじゃないけど……。まあ、適当に探すか……何系が良い? わたしは少しがっつり食べたいけど……」


 「がっつりなら、お肉?」


 モモカは少し上を向いて、サクラと目を合わせた。サクラ自身、身長は日本人女性の平均ではあるが、今日は高めのヒールを履いているし、小柄なモモカからしたら少し見上げなきゃいけない。


 「んー……そうね。あ、ローストビーフいいな……それでもいいかな?」


 サクラはスマホで検索し、一番頭に出てきたお店を見た。イタリアンのお店で値段も手頃だ。


 「う……うん……」


 相変わらずの、困ったような自信のない顔をして、モモカは頷いた。


 駅の向かいのビルのイタリアンまで、二人は当たり障りのない話を続けた。

 モモカはSNSにあった通り、萩原女子大の経済学部で、ボランティアサークルに入っているらしい。就活もし始めていて、インターンや説明会に忙しくなると困ったように笑っていた。サクラも、自分がフリーターでカフェの店員をしているのを話した。よく女子大生も来るけど知ってるか、と聞いてみたがモモカはぎこちない笑顔を見せて、首を振って答えた。

 駅前の横断歩道を渡り、商業ビルの三階へ向かう。ビルに入った頃から話題がすっかりと途切れてしまい、看板や店の商品を見ては中身のない感想を呟いた。モモカも「本当だね」「可愛いね」と中身のない言葉を返してくれた。


 気まずさを抱えたまま、店に入る。十三時を過ぎた店内は空席がいくつか見られた。案内された席は窓際で、広々とした窓からは駅前の大通りや、謎のとんがり山のようなオブジェが見える。

 ソファー席をモモカに譲ると、案の定、モモカは「ごめんね」と謝り、遠慮がちに座った。

 ランチメニューを注文し、また当たり障りのない会話をする。


 「あ、モモカの爪、可愛い。自分でやったの?」


 目についたのは薄いピンクとコーラルオレンジで塗られたモモカの爪だった。先端にはラメがキラキラと輝いている。


 「ああ……うん……ネイル好きなの」


 そう言って、モモカは手を広げて見せてくれた。シンプルながらも可愛くて、モモカの雰囲気にも似合っていた。


 「上手ね。いいなぁ。わたしも、飲食店じゃなきゃやってみたいのに」


 サクラがぼやくと、モモカは気まずそうに眉をひそめて、手を引っ込めた。


 「ご、ごめん……」


 「別に、謝ることじゃないのに? 謝られてばかりだとなんだか、わたしも居た堪れないというか……」


 「え、……ご……っ、モモカ、そんなに謝ってた!?」


 モモカは口を押さえて、俯く。

 つい、本音が出てしまった。あまりにモモカが怯えるものだから、少し苛立って、でもなんだか怯えるモモカが可哀想に見えて、だんだんと自分も悲しくなる。

 わたしは、モモカから見てそんなに怖いのだろうか。


 「大丈夫。怒ってないし、ただ、そんなに気を遣わなくても大丈夫よ。友だち……なんだからさ」


 「ありがとう……」とモモカは消えそうに少し照れ臭そうに呟く。

 サクラは、なんだか上手く笑えないもどかしさを感じつつも、「今日は何時まで大丈夫?」と話題を変えて、料理が来るのを待つことにした。


 

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