第31話 カブトムシ甲虫人

潜った先にあったのは石の回廊のダンジョンだった。


槍を振り回せるだけの高さと広さがある通路に、時おりドアが現れ部屋があるのだ。壁全体がぼんやりと光り、久しぶりの石のダンジョンに懐かしさすら覚えた。


回廊では甲虫人に合わず、ドアを開けた先に一匹の小柄な黒く光るカブトムシがいた。俺の胸ぐらいに頭があるから150センチぐらいだろう。だが、そこからぐっと立派な角が伸び、角を含むと俺と同じほどの身長だった。


頭の上にちょこんとついた目がきょろきょろと動いている。

「ちょっと戦ってみるから手を出さないでね」

俺は三人にそう伝えると、素手でカブトムシに近づいていく。


このダンジョンが恐らく甲虫人の最後のダンジョンだろう。

まともに戦わず脳を焼いて殺してきたが、一度くらいはまともに戦ってみたくなったのだ。どれほど強いのだろうか、この虫は。


カブトムシの前に立つ。

やつも楽しげにキイキイと不快な音を口から出した。


カブトムシはぐっと身体を折り、角を俺に向けた。角の先は尖っていて、巨大な槍のようだった。背中の甲殻を跳ね上げて羽根を広げている。


一度は攻撃を受けてみよう。そう決めると自分に【加速】を当てる。

ゆったりと世界が動き出す。

目の前のカブトムシの姿がブレたかと思うと、角が俺の腹に突き刺さる。


俺はカブトムシの姿が消えた瞬間に拳をまっすぐに突き出している。ッパン!!と音速を超えた拳はカブトムシの目にあたったが、甲殻を打ち破ることはできない。こいつは硬い。


殴られたカブトムシは横に吹き飛んでゆく。こいつはめちゃくちゃ速くて硬いが、軽い。

腹に【治癒】を当てる。カブトムシの角が少し刺さっていた。


壁に当たり体制を崩しているカブトムシ甲虫人を追って、地面を思い切り蹴る。ぐっと加速し、カブトムシに迫ると拳を全力で振り抜いた。


キィンッと鉄を叩くような音がし、背中の甲殻に窪みができる。

これは手強い。まともに戦うとこんなに強かったのだ。


カブトムシ甲虫人の懐に入り込み、左拳を脇腹に叩き込む。キィンッ!凹むが跳ね返される。距離をとって頭を下げようとする甲虫人を逃さないように殴りながら追い詰める。


ボディを砕くのは諦めて頭部を重点的にタコ殴りにする。カブトムシ甲虫人の手は細く、殴るのに向いていない。ゴツゴツと頭を殴っていると、甲虫人はふっと脱力して地面に倒れた。


俺の拳も皮膚が破れている。【治癒】をかけてから、カブトムシ甲虫人の頭部を持ち引きちぎる。持ち上げると胴に繋がった白っぽい内臓がどろりと出てきた。


優しく地面に頭部を置いて、三人のところに戻る。

ミクリは嬉しそうにパチパチと拍手をして迎えてくれた。何この子すっごいかわいい。


「す、すげえなアーサーは」

「素手で殴り殺すとか無茶苦茶だろ」

マラコイとパウロに呆れられていた。


こいつの強さはだいたい分かったからもうやらない、と言うと俺たちにもあの武術を教えてくれと頼まれた。

まあ時間があれば教えるよ、そう言いながらドアを開けて奥にいたカブトムシ甲虫人の脳を焼き切った。


ゴシャッと地面に倒れる甲虫人を見て、圧倒的にこっちのが楽でいいと痛感する。魔石を取りに行く二人を放ってどんどん進むと、2階に上がる階段があった。


上に向かうダンジョンは海老人ダンジョン以来な気がする。

しばらく待つと二人が追いついてきたので、一緒に階段を登るのだった。


階段を登っていると隣にパウロが来る。

アーサーとダンジョンに潜ってると常識が無さすぎて頭がおかしくなりそうだよ、と笑う。最近は伸びた髪をポニーテールにしている。少し病的そうなイケメンはクスクスと静かに笑う。


軍と甲虫人の戦いは結構大変らしい。

パウロたち冒険者たちが盾役をやり、兵士たちが人海戦術で鉄の網を被せて動けなくするそうだ。拘束に成功すると工兵部隊に交代し、甲虫人はワイヤーで固定され生きたまま解体されていく。


特にクワガタとかカミキリムシとかカブトムシみたいな強い甲虫はヤバくて手を出さないよ、パウロはそう言いながら両手を首の後ろに回してぐっと背中を伸ばした。脇がつるつるに剃られていた。


アーサーはぱかぱか甲虫人を殺していくから楽でいいよ。パウロはそう言いながら笑った。俺は、男が脇を剃っているとすごい変態に見えるのはなんでだろうかと考えていた。


そんな緊張感が無い雰囲気で、ダンジョン攻略は進んでいく。

登ったフロアはさっきの階と同じで、石の回廊があって部屋があった。ドアを開けて顔だけ中に入れると、カブトムシ甲虫人の脳を焼くと次の部屋に行く。パウロとマラコイが入れ違いに魔石を採るために入っていく。

ミクリは暇そうに回廊をゆっくりと歩いているのだった。


「ねえアーサー、最近この子めっちゃ動くんだよ」

ほらほら触ってみなよ、と俺の手を鎧の下に押し込み、腹を触らされる。


アーサーが触ると動かなくなっちゃった、と笑う。

ミクリは半袖で胸元が少し大きく空いた青いワンピースに、お腹のところだけ黒い鎧をつけている。

スカートの下にはレギンスのような薄いズボンを一応履いていた。


二人で喋りながら回廊を歩き、ドアがあると覗き込んで甲虫人がいれば脳を焼き殺した。

そんな感じでこのフロアを歩いていると、上り階段があり、上がった先のフロアも似たようなものだった。


その後も似たようなフロアが続いたが特にトラブルも起きないまま15階まで到達する。

そのフロアを一周し上り階段を見つけたところで大きく休憩することにした。


空間ポーチからバーベキューセットを出す。こいつを使うのは随分と久しぶりだった。

さらにでっかい牛肉のもも肉と玉ねぎをジャガイモを取り出すと、ざっくりと切ってバーベキューを始める。

コンロの底に火魔法で小さな火をいくつも出す。【ファイヤ】と小声で言ってつけると、パウロとマラコイが笑いだした。


「ふぁいやーって、ふぁいやーって!無詠唱でもっと凄い魔法使えるくせに、ふぁいやーって」

「うるせえ、細かい魔法のほうが難しいんだよ!」

イラッとする。笑いやがって。

ミクリも一緒になって笑ってやがる。


焼けた肉に塩を振って頬張る。

じっくりと火を通した牛肉は少し甘みがあって美味い。

パウロとマラコイにはジャガイモを大量に渡してやった。


「まだまだ続きそうだけどパウロ達どうする?まだ潜る?」

マラコイが必死に牛肉を取りながら答える。

「アーサーが良いなら着いていくぞ」

「じゃあ、ボスまで一緒に行くか」


今夜はここで眠ることにする。

適当な部屋に入って、甲虫人の死骸を隣の部屋に持っていく。

テントを2つ出して部屋にできた血溜まりを火で浄化させていたら、ミクリが俺の腕をつんつんと引いた。


「キャンプしたいなら止めないけど、私ここに部屋創れるよ?」

ミクリは今まで潰したダンジョンコアすべてのエネルギーを回収しており、力が有り余っているらしい。

ダンジョン内という異空間で、さらに異空間を出現させて部屋を創造するのだという。

ならいっそ俺のダンジョンの部屋と繋げてよとお願いしてみるが、短時間なら出来るが長時間繋げるとこっちのダンジョンが負荷に負けて崩れちゃうかも、というので止めておいた。


「じゃあ、部屋つくりまーす」

軽く言うと目の前の壁に手をついて2つのドアを創った。

「できましたー。こっちが私達で、そっちはパウロたちね。中は私のダンジョンにある部屋と同じにしてあるから」


ドアを開けると広いリビングがあり、ベッドルームにはベッドがあり、トイレもお風呂もあった。普通に家である。

「あはははは、ミクリちゃんも無茶苦茶だなあ」

パウロは引きつった笑い声を上げていたが嬉しそうだった。


俺はミクリにお願いして10時間ほど計れる砂時計を創ってもらう。

ひとつをパウロに渡して、砂が落ちきった頃に部屋の外で待ち合わせすることにした。

食材やタオルなども空間ポーチから出して渡してやる。


こうして俺たちはダンジョンに潜りながらゆったりと休憩を取るのだった。


トイレに行き、ゆっくりと湯船に浸かり、ほかほかの身体でベッドに入る。

先に風呂に入ったミクリはすでに寝息を立てていた。

俺もベッドに入りすぐにまどろみはじめる。


遠くからどーん。どーーん。という音が鳴っている。

まあ、俺には関係ないだろう。

無視して眠る。今日は疲れたのだ。


起きるとまだ遠くからどーんどーん、という音がしていた。

隣のミクリはまだ寝ている。

砂時計をを見るとあと少しで砂が全部落ちきるところだった。


リビングに出ると、どんどん言う音がさらに大きく響く。

あまりにずっと鳴っているので外に見に行くことにした。


ドアを開けると、目の前に黒光りする三本角の巨大な甲虫人が立っていたのだった。

その姿はボロボロで、片手は折れており、立派だったであろう角も三本すべてが根本から折れて垂れ下がっている。


4メートルはあるだろう巨体の腹には巨大な魔石があり、ダンジョンコアを持つボスに違いなかった。

慌ててドアを締めて、ミクリを起こしに行く。


ドアを締めた瞬間から、また、どーん、どーーんという音が響きだした。

折れた角で体当たりでもしているのだろうか。

その姿を想像すると切ない気持ちになったが、ミクリを起こし朝ごはんを食べさせるために、俺はベッドルームへ行くのだった。

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