5-8.

 彩菜嬢は目を伏せ、ぽつりぽつりと心情を吐露し始めた。

「私、学さんからプロポーズされたとき、とっても嬉しかったの。ずっと、そのうちお父様の決めた相手と結婚するんだとばかり思ってたから」

細くしなやかな左手の薬指に光る婚約指輪を右手で撫でながら、目にはまた、涙が滲んだ。

「でも……。どうしても、『私が涼城家の人間じゃなくても、お金なんか持っていなくても、学さんは同じように優しくしてくれるかしら』って……。学さんはそんな人じゃないってわかってても、どんどん、不安になってきてしまって」

「それで、私が唆したの。思いっきり心配させて、本音を聞いてみればいいじゃないって」

ハンカチを渡し、わざとおどけた調子で花枝嬢が言葉を引き継いだ。

「私の見る限りじゃ、青山くんは間違いなく彩菜のことが大好きだけどねえ」

青山はずっと宝探しそっちのけで彩菜嬢を探していた。もう少し遅かったら、悠長に構える花枝嬢に物申すくらいのことはしていたはずだ。――またしても、剣呑な空気に耐えかねて俺が口を出してしまったのだが。

「そうだったのかあ……。心配させて、ごめんね」

青山は彩菜嬢の前に膝をつき、ハンカチを握りしめた手を取った。

「ただ、そうだなあ……。彩菜さんが涼城彩菜さんじゃなかったら、僕は君を好きにならなかったかもしれない」

「え?」

「ああ、言い方がおかしかったな。ええっと……。僕は、その人が今まで生きてきた全てが、その人を作ってると思ってるんだ。彩菜さんが涼城家に生まれなかったら、お金持ちじゃなかったら、きっと今の性格にもなってないし、もしかしたら大学にも行ってなかったかもしれない。そうしたら、僕は彩菜さんに会えなかった」

照れくさそうに頭を掻く青山。彩菜嬢はぽかんと口を開けて青山を見つめている。

「もしも万が一、彩菜さんがこれからお金持ちじゃなくなっても、僕は彩菜さんのことが好きだけど、彩菜さんが今まで涼城彩菜さんだったから、好きになったんだと思うよ。それじゃダメかな」

「っ……! ダメじゃ、ないですぅ……」

ぽろぽろとこぼれ落ちる涙が、青山の手の甲に落ちる。

「私たちはそろそろ行こうか。彩菜、鍵はここに置いておくから。ディナーまでに、その腫れた目はどうにかしておきなよ」

「はいぃ……」

泣きじゃくる彩菜嬢と青山を部屋に残して、俺たちは外に出た。


*****


 ディナーの後、再びスカイデッキのバーに集まった俺たちは、

「それじゃ、やりますか」

E二○四セットが並んだテラス席のテーブルに着き、

「せーの、乾杯!」

花枝嬢の合図で、星空にグラスを高く掲げた。

 瞬間、暗闇に大きな花火が打ち上がった。

「綺麗……」

「あっはは! すごいすごい! どういう仕掛けだろう!」

立て続けに夜空を彩る大小の花を、俺たちだけでなく他の客も笑顔で見上げる。

「これがお宝かな?」

光を眼鏡に反射させながら、青山が訊ねた。

「うーん、宝探しの結果としては、ちょっと物足りないかな? 私はこれでも十分満足だけど。いやあ、楽しい船旅だった」

花枝嬢はカクテルを一気に飲み干し、通りかかったウェイターに次の酒を注文した。ディナーでもシャンパンを飲んでいた気がする。酒豪だ。

「二人には、ちょっと災難だったかもしれないけど」

「うん、歌ヶ江も春日原くんも、変なことに付き合わせてごめんね」

「いえいえ、面白かったです」

「……別に」

呼び出された先にブルーシートがある春日原よりはマシだ。宿代と食事代くらいは働いたと思う。

「ねえ、明日も晴れの予報だったよね? 歌ヶ江くん、豪華客船をバックに写真撮らせてくれない?」

言いながら、カクテルをちびちびやっていた俺をスマートフォンで撮らないでほしい。

「あ! 僕も同行していいですか!?」

青山も慌ててスマホを出すな。

「青山くん、歌ヶ江くんが女の子だったら、彩菜とどっちを選んでた?」

「え!? えーっと……」

頼むからそこは即答してくれ。彩菜嬢の目が笑っていない。

「……花枝さん、変なこと聞かないで……」

「彩菜、手強いライバルだよ。どうする?」

「勝てそうにありません……」

心底悔しそうな顔の彩菜嬢を、花枝嬢は笑いながら写真に撮った。


 テーブルの上のつまみもあらかた平らげ、花枝嬢のペースに乗せられた青山に酒が回った頃、不意に春日原がウェイターを呼び止めた。

「すみません、九一五っていう番号のメニューはありますか?」

「ございますよ。――すぐにお持ちいたしますね」

姿勢良く速やかに立ち去るウェイターの後ろ姿を横目に、花枝嬢が訊ねる。

「春日原くん、今の何の番号?」

「花火の暗号です」

「暗号?」

言っている間に、先ほどのウェイターが恭しく戻ってきた。

「こちら、ご注文の九一五です」

そこには、五枚のチケットケース。

「ありがとうございます」

春日原は笑顔で受け取り、各位に配った。

 入っていたのは、チケットと手紙。

「お宝の発見、おめでとうございます。弊社でお使い頂ける旅行券を贈呈いたします。だそうですよ」

早速手紙を読んだ春日原が、嬉しそうに笑った。同時に、船内放送が流れる。

『宝探しにご参加のお客様に、ご連絡申し上げます。ただ今、お宝が発見されました。結果発表は明日、閉会式にて行います。この後も引き続き、船の旅をお楽しみください。ゲームへのご参加ありがとうございました』

そして周辺から上がる落胆の声。

「さっきの花火は、まだお宝じゃなかったのね!」

花枝嬢が旅行券を取り出して目を丸くしている。

「大きいのが四つ上がって、小さいのが一つ、少し間を空けて小さいのが一つ、大きいのがまた四つ、それから小さいのがパパパパパッと五つ、を繰り返していたので、モールス信号かなと。当たりでしたね」

そう言って、事もなげにグラスを傾ける春日原だった。

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