密室の女

6-1.

 豪華客船二日目の朝は、あまりにも寝心地のいいベッドで何の電子音にも邪魔されずに安眠した結果、日の出と共に爽やかに目覚めてしまった。

「……」

隣のベッドで、春日原は布団に埋まって寝ていた。普段の隙の無さから、寝ている時も身じろぎせず真っ直ぐ上を向いて寝ている姿を想像していたので、少し意外だった。

 更に、水を貰おうと、なるべく静かに冷蔵庫を開けた音で、突然ガバッと起き上がったのには驚いた。

「……ごめん、起こした」

「…………」

無表情でしばしこちらを見た後、

「おはようございます」

いつものへらりとした笑顔に変わるまでに、少し時間を要した。

「……おはよう。寝てていいよ……。まだ朝早いし……」

「いえ、起きます。すみません、朝はちょっと苦手で、お見苦しいところを」

寝起きのお見苦しいところなら、俺のほうがしょっちゅう見せている気がする。

「僕もお水頂いていいですか?」

「うん……」

差し出したペットボトルの水を美味しそうに飲む春日原に、ふと訊ねた。

「……人と同じ部屋で寝るのは、あんまり得意じゃない?」

冷蔵庫のドアの音で起きるくらいだ。布団に埋まっていたのは、もしかしてなるべく音を聞こえないようにするためだったのでは。春日原の本音では、別の部屋のほうが良かったのでは。

「そういうわけではないんですが。寝心地が良すぎて、寝ぼけましたね。一瞬どこにいるのかわかりませんでした」

いつにも増してもこもことしている髪を手櫛で解きながら、アハハと笑う春日原。

「わかる……」

何なら早起きしてしまったのを少し悔いたくらいだ。朝食の時間まで二度寝してやろうか。


 朝食は、昨日の昼とはまた違うメニューのビュッフェだった。

「本当によく食べるね」

常識的な一人前の量をテーブルに置きながら、花枝嬢が目を丸くしていた。

「……折角なので」

「そうだね。美味しいタダ飯っていいよね」

花枝嬢は肩を揺らして笑った。庶民的な感覚も理解してくれるお嬢様で良かった。

 その後は、花枝嬢と青山に船内を連れ回されて写真を撮られたり、それを彩菜嬢に静かに悔しがられたり、閉会式で壇上に上がり表彰されたりしている間に、あっという間に帰港してしまった。今回の宝探しをクリアしたチームは、旅行券とは別に、次回正式リリース版の謎解き旅にも招待してもらえるらしい。期待したいところだ。

 港で青山と彩菜嬢、そして花枝嬢と別れてから、俺と春日原はのんびりと帰路に着いた。

「充実した旅でしたね。いいお土産も貰えましたし」

「うん……」

途中で別れるつもりだったのに、春日原はわざわざアパートまで着いてきた。

「家って一日空けるだけで、なんだかちょっと心配になりません?」

「わかる……」

戸締まりは確認したつもりでも、万が一閉め忘れがあったらとか、火の不始末で燃えたりしていないだろうかとか、夏場ならそれに加えて、キッチンに虫が湧いたりしていないだろうかとか。

 幸いにも今は冬から春になろうかという気温なので、虫の心配はしなくて済む。階段を上り、上着のポケットを漁りながら二階の部屋の前に辿り着き、鍵を差し込んで回した。

「改めて、お疲れ様でした。……あれ?」

片付けるのが面倒臭くなる前にと、さっさと廊下脇のクローゼットに旅行用品を仕舞う俺の後ろで、床に荷物を置いた春日原が、不意に小さな声を上げた。

「……どうしたの」

何か忘れ物でも、と振り返ると、春日原はキッチンへ続く扉を見ていた。その顔からは表情が消えていて、それ以上声を掛けるのを躊躇ってしまう。

 と思ったら突然乱暴に靴を脱ぎ捨て、短い廊下を一目散に突っ切っていった。上着の袖を伸ばして覆った手でドアノブを掴み、そっと、上半身が入る分だけ扉を開ける。

「春日原」

「来ないでください!」

「え……」

いつになく強い口調で、近寄ろうとする俺を制止した。驚きが困惑に変わるうちに、春日原は開けた扉をゆっくりと閉め、いつもの穏やかな表情に戻って言った。

「人が死んでいます。……警察を呼びましょう」

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