5-7.

 再び戻った彩菜嬢の部屋のドアは、何も変わらないように見えた。

「……青山、開けてみて」

「? うん」

俺に言われるまま、ドアノブに手を掛けた青山は、

「あれ?」

ガチャ、という正しい金属音に阻まれ、首を傾げた。

「なんで今度は閉まってるんだろ」

何度か回してみるが、結果は変わらない。それを確認してから、俺は振り返り訊ねた。

「……花枝さん。開けてもらえますか」

すると、名指しされた花枝嬢はニヤリと笑った。

「やっぱりバレたか」

両手を挙げて降参のポーズを取るその指先には、客室の鍵が挟まれていた。

「え!? それ、この部屋の鍵ですか!? どうして……」

「……花枝さんが、涼城さんを隠した犯人だから……」

「隠した? って、どういう」

困惑し続ける青山に、俺は考えながら少しずつ答える。説明は苦手だ。

「涼城さんは、多分、部屋の中にいる……。……俺たちが最初に部屋に来たときから、ずっと」

すると、大きく息を吐いた花枝嬢が一歩進み出て、ドアノブを回した。

「とりあえず、中に入ろうか」

ドアはあっさりと開いた。


*****


 部屋に入ると、

「彩菜さん!」

ソファーには、ドレスから普段着に着替えた彩菜嬢が座っていた。青山の声に驚いて、泣き腫らした目が大きく開かれる。

「学さん……!」

「無事で良かった! 歌ヶ江が教えてくれたんだよ。きみがここにいるって」

青山は即座に駆け寄り、ソファーの傍に跪いて彼女の無事を確認する。

「歌ヶ江さんが?」

どう言ったものかと考えあぐねているうちに、花枝嬢が口を開いた。

「ごめんね彩菜。もうちょっと引っ張りたかったけど、私にはこの二人を騙し続けるのは難しい」

「いえ、私こそ、お姉様に迷惑をかけてごめんなさい」

「私はいいよ、ちょっと面白かったし。でも、青山くんと、巻き込んだ二人には謝るべきかな」

「そうですね……。歌ヶ江さん、春日原さん、お騒がせしてすみません。学さんも……。急にいなくなって、ごめんなさい」

彩菜嬢は一旦立ち上がり、俺たちに向かって深々と頭を下げた。その所作もまた美しい。

「歌ヶ江くんたち、冷蔵庫から好きなのを取って飲むといいよ」

確かに、慣れないことをして喉が渇いた。

「ありがとうございます。歌ヶ江さん、何がいいですか?」

春日原もぱっと笑顔になり、率先して部屋の端に取り付けられた冷蔵庫へ向かった。さっさと扉を開けて屈んだ彼の隣に俺も屈んで、中を覗き込む。

「……炭酸がいい……」

「どうせならなるべく高いのを飲みなよ。お詫びだし。一般ツインルームには置いてないのもあるよ?」

「お酒もありますよ」

「今はいらない……。……そのリンゴの奴、取って」

そんな会話をしていたら、

「ふふっ」

彩菜嬢が思わず吹き出した。

「ごめんなさい、つい……。……なんだか、気が抜けてしまいました」

「飲み物決まったら、座って座って。一人だけ状況がわかってない青山くんに、私たちの悪巧みのネタばらしをしよう」

ペットボトルを持って、勧められるがままにソファーに座ると、花枝嬢がにやにやと面白そうに俺の顔を見た。

「まずは歌ヶ江くん。どの辺りで、彩菜が部屋にいるってわかったの?」

「……引っかかっては、いたんです。花枝さんが、涼城さんを探そうとしないから」

花枝嬢はいつだって落ち着いているが、妹のように可愛がっている彩菜嬢がいなくなったというのに、あまりにも淡白だった。それどころか、宝探しを優先し、涼城社長にも行方を訊ねようとしない。居場所がわかっているのなら、すべて納得がいく。

「それと、一番は……。春日原が、涼城さんの行方に興味がなさそうだったから、です」

もしも彩菜嬢が本当に誘拐されていたり、重大な事件に巻き込まれていたなら、彼が暢気に宝探しを続けているはずがないのだ。

「なるほどね。春日原くん、私に協力してくれるふりをして、やっぱり歌ヶ江くんの味方だったわけだ」

「いえいえ。何か理由があるんだろうと思って、黙っていただけですよ」

「そういうことにしといてあげよう」

食えない男にくっくっと肩を揺らして笑う花枝嬢。すると、青山が挙手した。

「歌ヶ江、さっき廊下で、彩菜さんはずっと部屋の中に居たって言ってたよね。あの時みんなで探して回ったのに、彩菜さんはどこにいたの?」

「……花枝さんだけが、確認した場所があるでしょ……」

「え……。あ、お風呂!?」

そうだ。バスルームの様子は花枝嬢の申告のみで、俺たち三人は誰も確かめなかった。

「春日原くんは、いつ気付いたの?」

「すぐにはわかりませんでしたよ。歌ヶ江さんの家と違って、この部屋は防音がしっかりしてますし」

「……」

外廊下から聞こえる足音で来客の性別まで当てる男は、いけしゃあしゃあと言った。

「もしかしたらベランダから落ちてしまったのかもしれないと思って、まずベランダを調べたんです。でも、特に痕跡は見当たりませんでした。そうしたら、花枝さんがバスルームのドアの前に立って、僕たちを行かせないようにしていたので、そちらにいらっしゃるのではないかと」

「自然にしてたつもりだったけど、演技って難しいね。兄だったら、春日原くんを騙せるかな?」

「葉次さんは演技派ですからね。さすがに難しいかもしれません」

そんなやり取りを口を半開きにして聞いていた青山は、ハッと我に返って彩菜嬢の顔を見た。

「つまり、花枝さんと彩菜さんが共謀して、行方不明事件を計画したってこと?」

「うん、そうなの。……ごめんなさい」

「どうしてそんなことを……」

「まあ、一言で言えば、マリッジブルーかな」

言いよどむ彩菜嬢の代わりに、花枝嬢はあっさりと答えたのだった。

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