第3話【第零遊撃隊】

「ッあー、ようやく帰ってきた」


 人混みの中を無理やり進み、ユフィーリアが辿り着いた場所は大衆食堂ダイナーである。

 店の雰囲気は外にも負けないほど賑やかで、満員御礼なのかと思えばそうではない。大衆食堂の看板部分に掲げられているのは『アルカディア奪還軍本部』という店名にしては堅苦しいもので、つまり一般人が利用する大衆食堂ではないのだ。

 木製のスイングドアを潜り抜けると、雑多に配置された座席が特徴の広い店内が出迎えてくれる。いくつかのテーブルはすでに埋まっていて、赤ら顔で酒杯グラスを掲げる酔っ払いどもがユフィーリアの存在に気づく。


「うえーい、ユーリじゃん」

「どしたのぉ?」

「グローリアに呼ばれたんだよ」


 酔っ払いどもに一言だけ告げると、彼らから「あー」などと納得するような返答があった。


「なんか機嫌がいいと思ったら、そんな理由だったんだな」

「げ。あいつ機嫌がいいのかよ」


 ユフィーリアは顔をしかめる。上官の機嫌がいい時ほど、ユフィーリアに降りかかる災難は大きなものになるのだ。

 呼び出しを受けているが、ここまできた以上は行かなければあとでなにを言われるか分かったものではない。重たい足を引きずりながら、ユフィーリアは大衆食堂の二階を目指した。

 上官の執務室は、大衆食堂の二階にある。一階の食堂は、ユフィーリアたち天魔憑てんまつきの憩いの場所となっていた。


「帰りてえ……」


 狭い階段を上りながら、ユフィーリアは心底嫌そうに言う。

 薄暗い階段の先には廊下が伸びていて、その終着点にはやたら立派な扉が鎮座していた。あそこが上官の執務室である。

 今すぐ帰りたいという気持ちに逆らって、ユフィーリアは廊下を突き進む。途中で『すかいのへや』とやたら汚い字で書かれた札が下がる扉の前を通り過ぎたが、その向こうにいる人物の存在は気にしなかった。おそらく呼び掛けても無駄に終わるだろう。


「よう、グローリア。いきなり呼び出して、なんの用事だ?」

「やあ、ユフィーリア。よくきてくれたね」


 ノックもしないで扉を開けると、そこには本で埋め尽くされた部屋が広がっていた。

 床にも様々な書籍が埋め尽くし、足の踏み場がない部屋だ。室内に置かれたソファや応接テーブルにも分厚い本が山のように積み重ねられていて、本来の役割を果たしていない。

 部屋の主は、立派な執務机に向かっていた。やはり例外に漏れることなく本が積み重ねられていて、作業ができるような空間はほんの少ししかないはずなのに、彼はその窮屈さを意にも介していない様子だった。

 烏の濡れ羽色をした髪を紫色のとんぼ玉が特徴のかんざしでまとめ、瞳の色は幻想的な紫色をしている。顔立ちは女性にも男性にも見えるが、喉仏が出ていることから察すると男性で間違いないだろう。

 清潔な白いシャツと細身のズボン、かかとの高いブーツという格好をした彼は、穏やかな笑みでユフィーリアを出迎えた。


「時間通りでなによりだよ」

「帰っていい?」

「まだ本題にすら入っていないのに、帰ろうとしないで」


 笑みを絶やすことなく、帰りたいと宣うユフィーリアを引き止める彼。

 彼の名はグローリア・イーストエンド。天魔憑きのみで構成された武装集団『アルカディア奪還軍』を束ねる最高総司令官だ。日夜天魔との戦いに明け暮れる天魔憑てんまつきが無傷で帰ってこられるのは、ひとえに彼のおかげだと言えよう。

 グローリアは「入ってきていいよ」とユフィーリアに入室を促すが、


「どうやって入れと?」


 ユフィーリアは真顔でそう返す。

 本で埋め尽くされた床は足の踏み場すらなく、入ることさえ困難を極める。この状況でよく入室を許可できたものだ。

 グローリアは「ああ」と納得したように頷き、


「蹴飛ばしてもいいよ、それ」

「よし、じゃあ遠慮なく」


 持ち主本人に許可を出されたので、ユフィーリアは問答無用で積み重ねられた本の山を蹴飛ばして入室した。その容赦のない足取りに、さすがのグローリアも苦笑していた。


「で、話ってのは?」

「うん。もう一人呼んでいるから、彼が到着するまで待っててね」

「彼?」


 ユフィーリアは眉根を寄せる。大切な話だというから戦線を切り上げて戻ってきたのだが、どうやら追加の人員までいるようだ。

 誰のことだ、と首を傾げるユフィーリアは、背後から「失礼する」という涼やかな少年の声を聞いた。


「げ」

「?」


 思わず漏れていた。ひょっとしたら顔も思い切り歪んでいたかもしれない。

 扉の入り口に立っていたのは、黒髪の少年である。

 艶のある黒髪をポニーテールに結い、炯々けいけいと輝く赤い瞳はさながら炎のようである。口元を黒い布で覆い隠しているので正確なところは分からないが、儚げな印象のある顔立ちだ。

 少女めいた容姿の少年だが、その格好はなんとも奇天烈キテレツなものだ。全身を黒一色の服装で身を包み、さらに華奢な体躯を強調するようのベルトで雁字搦がんじがらめに締め上げているのだ。見る者の劣情を誘うような格好に、ユフィーリアは最初、二度見どころか五度見してしまったほどだ。

 ショウ・アズマ――彼もまた奪還軍に所属する天魔憑てんまつきで、ユフィーリアが苦手とする人物だった。


「やあ、ショウ君。遠いところわざわざ歩かせてごめんね」

「問題ない。命令であれば従うまでだ」


 グローリアの労いに対して、ショウは淡々とした口調で応じた。

 これが彼の通常であり、ユフィーリアが気に食わない部分である。

 性格が生真面目すぎるが故に、ショウは命令に対してひどく忠実なのだ。たとえ誰であろうと「命令だ」の一言で、それを遂行してしまう。操り人形のように自分の意思がなく、命令という言葉に縛られている哀れな少年。

 ユフィーリアはこの生真面目さが気に食わず、他人であれば笑ってくれる冗談も彼は本気としてとらえるものだからやりにくい。


「おい、グローリア。なんでこんな空っぽ野郎を呼んだんだよ」

「もちろん、君と組ませる為だよ」

「はあ!?」


 グローリアの言葉に、ユフィーリアは目を剥いて驚いた。

 そんな彼女の驚きとは対照的に、グローリアは意気揚々と話し始める。


「奪還軍でも天魔の討伐数がダントツ一位のユフィーリアと、二位で追いかけるショウ君の二人で組ませれば、きっと最強の精鋭部隊になると思うんだ。――その名も第ゼロ遊撃隊!! どうかな? かっこいいよね?」

「却下」

「なんでぇ!?」


 にべもなくユフィーリアに断られて、グローリアは叫ぶ。

 ツーンとそっぽを向くユフィーリアは「だってよォ」と言い訳するように、


「あいつ苦手なんだもん」

「もん、じゃないでしょユフィーリア。可愛くないよ」

「可愛さなんざ求めてねえよ俺は!!」


 足元にあった分厚い書籍を蹴飛ばして怒鳴り返すユフィーリアだが、そこで入り口に佇むショウが苦言を呈してきた。


「ユフィーリア・エイクトベル、上官に対する態度ではないだろう。改めろ」

「ほーら、そうやって言うんだよこいつは!! 真面目ちゃんか!!」

「常識的に考えろ」

「天魔に食わせてきたわ、ンなもん!!」


 優等生のようなことを言ってくるショウに、中指を立てて威嚇するユフィーリア。はた目から見れば、優等生と不良の程度の低い言い争いのようだ。

 これ以上は拉致があかないと思ったのか、グローリアがわざとらしい咳払いをしてから「はいはい、口喧嘩は下の大衆食堂でやってよね!!」と強制終了を言い渡す。真面目で命令に忠実なショウは即座に口を閉ざしたが、問題児のユフィーリアはなおもグローリアに意見を突きつける。


「こんな愛想のねえお人形ちゃんに命を預けろってのか? 冗談じゃねえぞ、グローリア。地下に引きこもりすぎて、ついに頭がイカれたのか」

「酷い言い草だなぁ、ユフィーリア。僕はきちんと真面目に考えたつもりなんだよ?」


 グローリアの紫色の瞳が、妖しげに輝く。

 全てを見透かすような紫眼を前に、ユフィーリアは思わず息を飲んだ。


「君とショウ君は絶対に相性がいい、この僕が保証するよ」


 相性もクソも、性格が真逆なこいつなんかと組みたくないんだが。

 ユフィーリアが意見するより先に、命令馬鹿のお人形ちゃんであるショウが答えてしまう。


「ユフィーリア・エイクトベルと組むという任務、了解した。これからよろしく頼む、ユフィーリア・エイクトベル」

「ほらァ、人間関係も任務って呼ぶぐらいのお人形ちゃんなんだから絶対に相性最悪だってェ!!」


 うんざりしたように言うユフィーリアだが、すでに意見は覆りそうにないので諦めることにした。

 名前だけは格好いい第零遊撃隊だが、ろくでもない部隊になりそうな予感しかしない。

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