クエスト18:長い昔話を語れ


 アリスという少女の話をするには、俺たちの幼少期まで遡る必要がある。


 俺もソウラも孤児院で育った。それ以前のことはよく知らない。どういう経緯で孤児院に引き取られたのか、別段興味もなかった。俺たちにとって孤児院こそが我が家で、院長夫妻と、同じ孤児の皆が家族だったから。


 その院長夫妻の一人娘がアリスだ。

 あの子はなんというか、絵に描いたような善人だったよ。


 優しくて、お節介で、聡いけどそれを鼻にかけたりもしない。あまり構ってくれない両親に文句一つ言わず、それどころか率先して両親の手伝いをする。孤児の俺たちを見下すことも、必要以上に憐れむこともしなかった。

 皆の姉や妹として明るく振る舞う、本当に善良で優しい女の子だ。


 え? アリスのことが好きだったのか?

 いやあ。ソウラはメロメロって感じだったが、俺はそういうんじゃなかった。


 本当だよ。むしろ苦手だったくらいだ。俺は見ての通り『良い子』とは程遠くて、よく周りを困らせてたし、生粋の良い子なアリスともソリが合わなくて。アリスの善良さを前にすると自分が惨めで、傍にいるのはどうにも居心地が悪くて。


 ただ――アリスが両親や、他の皆と一緒に笑っている光景を、遠くから見るのは好きだった。その景色に踏み込まないで、外から眺めるのが好きだった。


 ソウラは小さい頃から『聖騎士になって皆を守るんだ!』なんて息巻いてて、俺までつき合わせる気満々でさ。でも、俺はなかなか乗り気になれなかった。


 孤児院の皆までなら、まだわかる。だが国だの民だの、顔も名前も知らないような他人をどうして守らなくちゃいけない? 他人のために戦って、血を流して、痛い思いをして、一体なんの得がある? 俺はずっとそう不満を感じてた。


 でも……アリスと皆が幸せそうに笑ってる、見ていて胸があったかくなるような、あの光景を見ていて思ったんだ。『この光景を守るためなら、戦う甲斐がある』って。


 捻くれ者の俺にだって、あの光景が尊くて、綺麗で、決して汚されちゃいけない大切なモノだってことは理解できるから。


 この綺麗な景色を守るために騎士は在るんだなって、そう思えた。

 アリスは、俺にとって『騎士が守るべきモノ』の象徴だったんだ。


 だが――その守るべきモノは踏み躙られた。取り返しがつかないほど滅茶苦茶にされて、ぶち壊された。そして……ぶち壊したのは、こともあろうに聖騎士だったんだ。





 悲劇は院長夫妻の夫、つまりアリスの父の不可解な事故死から始まった。


 悲しみに暮れる間もなく、アリスの母は金貸しから身に覚えのない、法外な借金の返済を迫られた。夫が賭博で作った借金だと言うのだ。とても信じられない話だったが、証人として夫と交友のあった聖騎士の男が立ってはどうしようもなかった。


 毎日カツカツの状態で経営している孤児院に、金を用意できるはずがない。

 そもそも賭博で作った借金なんて、噂になっただけでおしまいだ。孤児院は潰れ、たくさんの身寄りなき子供たちが路頭に迷う。


 母の顔が真っ青に染まったのを見計らうように、聖騎士の男は借金の建て替えを申し出た。加えて話を口外しないことを条件に、男が要求してきたのは母の体だ。


 ……お前らの想像通り、いいやそれ以上の虫唾が走る仕打ちを母は受けた。


 男は、母を都合の良い肉欲のはけ口としか思っていなかった。日に日に母の優しい目は絶望に濁っていき、孤児院からは人知れず子供の数が減っていった。


 ここまで話せば予想もつくだろうが、全ては男の陰謀だった。

 賭博の借金も、本当は男が作ったもの。男は自分の借金を押しつけるために、事故に見せかけて父を殺したんだ。母の体もずっと以前から下卑た目で狙っていた。


 金貸しもグルだった。奴隷商人と通じていた金貸しは、孤児院の子供たちを高値で売り飛ばせるという男の口車に乗ったんだ。貧しくとも健やかに育てられた孤児院の子供たちは、『商品』としても良質だったんだろうな。


 なぜ、そこまで詳しく事情を知っているのかって?

 ――アリスが教えてくれたんだ。彼女自身から溢れ出た《闇》を通じてな。


 母を散々に弄んだ男は、とうとうアリスにまで毒牙を向ける。

 抵抗するアリスをベッドに押し倒し、興が乗ったのか、一連の真相をベラベラとぶちまけた。他人の幸福と平穏を踏みつけて嘲笑う、外道の顔で。


 父を殺され、母を踏み躙られ、兄弟姉妹を奪われた。

 魂を砕いて噴き出た激しい怒りと絶望が、アリスを闇の力に目覚めさせた。


 激流と化した怒りと絶望を制御できず、アリスは暴走。家族の仇と、孤児院の子供たちを区別できないほどに錯乱した。手足に纏った闇の鉤爪を見境なく振り回し、多くの無垢な血が流れた。アリスの暴れようは、まさしく怒りに狂う獣だった。


 子供たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、不思議と俺は落ち着いていて、ソウラの制止も振り切ってアリスに近づいた。


 恐怖はある。だがそれ以上に、泣き叫ぶアリスを放っとけなかった。

 そうだ。アリスは泣いていた。辛くて苦しくて、泣きながら助けを求めていた。


 それが不思議と理解できたから、俺はアリスに呼びかけて手を伸ばす。俺の声は、アリスに届いた。伸ばし返された鉤爪の手を、俺は躊躇いなく掴む。

 そのとき《闇》を通じてアリスの記憶が、感情が俺の中に流れ込んできたんだ。


 そうして俺は彼女の身に起こったことの全てを知った。言葉も忘れて獣に成り果てるほどの怒りと絶望を理解した。


 俺はなんとしてもアリスを助けなくちゃと思った。だってそうだろう? アリスはなにも悪くない。全部全部、騎士の風上にも置けないクソ野郎のせいなんだから。


 だが……いつの間にか、アリスの背後に聖騎士が立っていた。


 クソ野郎とはまた別人の聖騎士は、俺がなにか叫ぶよりも先に剣が振り下ろして。

 アリスの首が胴から転げ落ちる。咄嗟に受け止めたが、瞳は光が失せて二度と戻ることはなかった。その唇から、鈴を鳴らすような声が発せられることは二度となかった。





 孤児院の少女は邪悪に堕ち、醜悪な怪物と化して殺戮の限りを尽くした。

 聖騎士が怪物を討伐し、悲劇の拡散は防がれる。これにて事件は万事解決。

 ……それで全てが片づけられた。


 アリスの一家を襲った悲劇が明るみに出ることはなく。男の罪科が暴かれることはなく。アリスには何一つ救いが与えられないまま、男が何一つ報いを受けないまま。挙句、母娘で聖騎士を誘惑しようとした淫乱だなんてデタラメが広まる始末だ。


 アリスの母は正気を失って自殺。孤児院も潰れ、子供たちは散り散りになった。ある者は奴隷商人に売り飛ばされ、ある者は聖都の住人に石を投げられながら野垂れ死んだ。


 そして全ての元凶であるクソ聖騎士は、身を挺して怪物を孤児院の中に食い止めた、聖騎士の鏡として表彰だとよ!


 こんな、こんなふざけた話があるか!?


 俺が真実をどれだけ叫んだところで、誰も相手にしてくれなかった。顔見知りの連中も、あれだけ院長夫妻を慕っていたのが嘘のように無関心で。事件になんの疑問も抱かず、可愛がっていたアリスの死に涙一つ流さず、盲目的に聖騎士を崇めるばかりだった。


 やがて煩わしそうに俺を睨むと、連中はしたり顔でこう言うのさ。


『過ぎたことをいつまでも引きずって、怒りに囚われるなど愚かなことだ。邪な感情や我欲からの脱却こそが、聖騎士への道だと教わらなかったのか? 悲劇の拡散を防ぐため、心を痛めながらも正義を成した聖騎士様を見習いなさい』


 ハッ。ハ! ハ! ハ! ふざけすぎてて笑えもしない冗談だ!

 アリスの首を斬り落とした聖騎士の顔を、俺は間近で見たから知っている。


 ヤツは、なにも感じていなかった。惨状に憤ることも、子供たちの死に悲しむこともなく。変わり果てたアリスの姿になんの痛痒も感じていなかった。苦悩も躊躇も皆無なガラス玉の目で、路上にポイ捨てされたゴミでも処分するように彼女を殺しやがった!


 あんな無情が、無慈悲が、俺たちの夢見た『皆を守る騎士』の姿であってたまるか!

 ……ソウラ。そう叫んだ俺に、お前がなんて言ったか覚えてるか?


『確かに痛ましい事件だった。でも過ぎたことはどうしようもないだろう? 君も聖騎士を目指すならもっと視野を広く持たないと。過去にばかり目を向けていないで、未来になにを成すか考えるべきだ』


 流石に、アレはキツかったよ。

 同じ夢を目指す親友だと信じていた相手が、誰より守るべき存在だった人の死をなんとも思わず、過去だと置き去りにしてしまえる人でなしだったんだからな。


 もう誰も彼もが信じられない。理想も夢も友情も居場所も、全てを失った。

 俺に残されたのは、諭されようが詰られようが消えない怒りと、闇の力だけ。


 そうだ。俺は《暗黒騎士》への昇格を待たずして、闇の力を獲得していた。

 まるでアリスから託されたかのように。名前を刻んだ墓標すら残らず、世間から忘れ去られた彼女の遺品であるかのように。


 誰もが頭ごなしに俺を否定する中、闇の力だけが俺の憤りに応えてくれた。

 だから俺は《聖騎士》への昇格を拒み、《暗黒騎士》のまま闇の力を磨き続けた。

 この力を極めた先にこそ、俺が求める本当の強さが手に入ると信じて――。





「……それからの五年間は、ひたすら足掻いてもがいての毎日。激しさを増しこそしても尽きることを知らない怒りを支えに足掻き続けて。その末に、俺は【真なる闇の力】を手にした。そしたら途端に異端認定されて命を狙われ、現在に至るわけだ」


 そこそこ長い昔話を終えて、痛いくらいの静寂が場に下りる。


 操り人形にされていたソウラを倒し、なんやかんや他の聖騎士も『片づけた』後、俺たちは地下五〇階層のセーフゾーンにたどり着いていた。

 ここはエルザが調査の拠点にしている場所でもある。


 帝国からの長距離転移に利用するため、転移装置には手を加えてあった。だから教団の連中も、ここに直接は転移して来れない。さっさと脱出したいのは山々だが、諸事情で一泊せざるを得なかった。


 拠点の食料で作ったスープを無理やり呑み込み、死人のような顔で項垂れるソウラに俺は話の矛先を向ける。


「それで、お前から言うことはなにかあるかよ?」

「……アリスのことも、孤児院のことも、忘れてなんかいない。そうだ、忘れたことなんて一度もない! なのに、なのに僕はなにも感じていなかった! 悲しむことも、疑問を抱くこともしないで記憶の底に沈めていた! どうして、どうして僕は――!?」

「十中八九、光の力が原因だろうな。正確には、その反作用か」


 今にもまた錯乱しそうなソウラに、スパッと答えを返す。

 どういうことかと周りのフラムたちも視線で問いかけるので、俺は続けた。


「闇の力が感情に呼応して増幅するエネルギーだって話はしたよな? なら、光の力はなにに呼応すると思う?」

「なにってそりゃあ、愛とか勇気とか、そういう正の感情ってヤツなんじゃ?」

「いいや違う。闇の力は正負の区別なく、そういった感情にも呼応するからな」


 お手本のようなガリウスの回答に、しかし俺は否定を返す。


「感情が激しいほど呼応する闇の力とは逆に、光の力は感情が希薄な、平坦な状態の精神に呼応するんだ。……ただなにも考えずボーッとすればいいわけじゃないぞ? いわゆる『無我の境地』、俗世を離れて山奥なんかで暮らす、仙人とか聖者とか呼ばれる人種が行き着く境地さ。個を捨て世界と一体になろうとする精神が、光の力を引き出す」

「そうだ。光の力は邪悪を祓い魂を清める、神聖なる正義の力のはず――」

「そこだよ。その認識が根本的に間違っているんだ。洗脳されたソウラと戦って、疑惑は確信に変わった。光の力は神聖でもなんでもない、闇の力と同じ危険性を孕んでいる」

「うむ。結論から言おう。闇の力が感情を肥大化させ、暴走を招く反作用が伴うように。光の力には感情を削り取って、個としての自我を漂白させてしまう反作用があるのだ。その成れの果てがどのようなものか、そなたらは既に目の当たりにしたはず」


 洗脳された聖都住民と聖騎士の有様を思い出し、一同は沈黙する。

 なぜか後を引き継いでツラツラと述べたエルザを、俺は睨みつけた。


 体勢の都合上、振り返ろうとするとけしからんプニプニが頬に当たるんで、気持ちだけ物申したい視線を送ってるんだがな!


「エルザ……お前、最初から知っていたのか?」

「帝国にも光の力の使い手はおるからな。闇の力が主流ではあるが、両者の絶対数にそこまで大きな差はない。別に意地悪で黙っていたわけではないのだぞ? そなたは聖騎士の話が絡むとすぐ目が濁るから、あえて話題に出さなかっただけでだな」

「怒ってはいないから、頬ずりをやめろ!」


 なんか薔薇っぽいけどきつくない良い匂いがするんだよ!

 スベスベの感触と一緒に理性をガクガク揺さぶってきて辛い!


「なるほど。確かに洗脳された住民や聖騎士の姿は、まさしく魂を白く塗り潰されたような有様でした。強すぎる光は目を眩ませるというわけですね」

「反作用のことを隠蔽しているとは元々睨んでたけど、教団の連中がそいつを積極的に悪用していたとはナ。光が神聖で闇が邪悪、って説法も一気に怪しくなってきたヨ」


 左右のアスティとニボシも、なんか対抗するように密着度上げてくるし!

 幸か不幸か俺の状態なんて気にも留めず、ガリウスが疑問を口にする。


「しかしよお、俺たちを襲ってきた聖騎士の隊長格はなんつーか、随分と感情豊かな感じじゃなかったか? 悪い意味で、だけどよう」

「それは感情が漂白される順番の問題だろうな。闇の力がそうであるように、光の力も削り取る感情を正負で区別しない。元々おもいやりに欠けているヤツが、あるかないかの良心も漂白されてしまえば……そら、絵に描いたような高慢聖騎士様の出来上がりだ」


 良心が真っ先に消えて悪意だけが残された結果、騎士には程遠い下衆ばかりが上にふんぞり返っているわけだ。

 なら真っ当な連中はどうかというと、そいつらも辿る未来は明るくない。


「逆に良識ある者が、光の力で負の感情や欲求を失えば……」

「一見すれば非の打ちどころがない聖人様、でも実際はただの人形ってわけね」

「そうだ。行き着く先は悪意に憤らず、悲劇に涙も流さないただの人でなし。上の立場から命令されれば、どんな非道も平気でこなす心ない人形。――ソウラ。ついさっきまでそうなっていたお前自身が、一番実感を持って理解できてるんじゃないか?」


 実体験があるだけに、否定したくてもできないんだろう。

 ソウラは愕然とした顔で俯いている。


「そんな……教団は、教団はなぜこのことを隠して」

「そりゃあ、黙っていた方が都合がいいからでしょうね。光の力が神聖なモノだと吹聴すれば、馬鹿な信者がジャンジャン集まって、自分から言いなりの操り人形になってくれるんだもの。上から操る権力者どもにとっては好都合な話なんでしょ」

「そして都合の悪いことがあれば、光の力で記憶や感情を漂白して、その事実ごとなかったことにするわけだ。五年前もそう。今起こっているみたいに、孤児院に関わる連中を洗脳して、事件に疑問も抱けないよう感情を漂白しやがったんだろうな」

「タスクだけがなんともなかったのは、闇の力のおかげカ?」

「おそらくは。闇の力には個の意志で世界を塗り潰す性質上、個としての意識を強固に保つ作用がある。だから精神干渉の類には強い耐性ができるんだ」

「ま、要するに。聖剣教団の正体は、光の力を悪用して人々を洗脳するカルト組織だったってわけ。神聖な教えも正義の光も全部嘘っぱち。ご愁傷さまっ」


 嘲るように鼻で笑うフラムに、ソウラはまたも錯乱寸前の顔で頭を抱えた。


「そんな、そんな! 教団の正義が偽りだったなんて、俺たち聖騎士がただの操り人形だったなんて。それじゃあ、それじゃあ俺の信じてきたモノは一体……!」

「馬鹿か、お前は」


 俺は怒気を露わにして一喝する。

 殴り合いの最後の一撃を思い出したか、ソウラの背筋がピシャンと伸びた。


「教団が人でなしのカルトだったからどうした。クソどもに都合よく利用されていたからどうした。お前が信じて目指してきた『皆を守る騎士』の姿は、周りがクソッタレだったくらいで揺らぐ程度のモノなのか?」


 俺の言葉を聞くにつれ、ソウラの目に小さい頃の、俺がよく知る暑苦しい輝きが戻ってきた。幼稚なまでに純粋な願いを、ただただ真っ直ぐに追いかける情熱の光が。


「俺はもう、お前とは違う道を選んだ。光でなく闇を選んだ。それでもな! 俺が信じる『守るべきモノ』の光景は、お前の夢に付き合わされてたあの頃から少しも変っちゃいない! 周りになんと言われようが、周りがどう在ろうが、俺は俺の信じるモノを守るために戦う! その敵が誰であれ、たとえ教団であってもだ!」


 そうとも。教団の正義が偽物でも、俺たちが信じた正しさに変わりはない。

 俺の信念も、ソウラの理想も、決して揺らいだりはしないはずだ。


「お前は違うのかよ、ソウラ!」

「――ああ、そうだな。タスクの言う通りだ。僕は皆を守る騎士になりたい。教団が間違っているなら、僕の手でその間違いを正して見せる!」


 ふん、ようやく『らしい』顔に戻りやがったな。

 上辺だけの正義感を貼り付けたエセ騎士様より、遥かにマシな面だ。


「ただ、一つだけ言わせてもらっていいかな?」

「なんだよ?」

「……四方に女の子を侍らせた体勢で言われても、全く締まらないんだけど?」

「うん、俺もそこはどうにかしたかったんだがな!」


 洗脳されてたときとは違う意味で死んだ目に、俺は情けない声で叫ぶ他ない。

 一連の会話の間、俺はずっとフラムたちに四方から抱きつかれた状態にあった。


 背後にエルザ、左右にアスティとニボシ、そしてフラムは正面。どっちを向いてもヤバイが、特にフラム。胡坐をかいた足の上に腰を下ろし、首に両腕を回して抱きつくモンだから色々とヤバイ。上にも下にもけしからん感触がダイレクトに!


 どうも、ソウラをぶちのめした直後の俺はかなり不安定な状態だったらしく。


 代表してエルザが曰く『闇の力に呑まれかけた正気を引き戻すには、親しい者のスキンシップが最適』とのこと。効果てきめんだったのは否定しないが、なんで正気に戻った後も離れてくれないんですかねえ……。


 ソウラとの殴り合いで鎧も全壊したから、柔らかいのも温かいのもダイレクトに伝わってきて、もう理性が圧死しそう。もしくは蕩けそう。


「なによ、嬉しいくせに。人恋しいタスクにはなによりのご褒美じゃない。あんた、今でも一人寝が寂しいって毎晩ウジウジしてるんでしょ?」

「お前は本当になんで俺のデリケートな部分まで把握してやがるんですかねえ!?」

「ああー……。そういえばタスク、昔から輪に入るのを嫌がっていつも一人でいるのに、寝るときはアリスのお母さんにベッタリだったっけ」

「なるほどねえ。女子に四方から密着されてるってのに鼻の下が伸びないで、なんか冬場で温かい布団に包まるような、ほっこりした顔してやがんなと思ったが……そういう理由かあ。なんつーか変なところでピュアだな、お前さん」


 生暖かい眼差しをやめろ男二人!

 特にソウラはいつの話してんだよ!? 俺だってもう二〇歳だぞ! 立派な大人だぞ! もうひとりぼっちの夜だろうが我慢して眠れるんだからな!


「なんだなんだ、それはならそうと言えば良いものを。そなたであれば、わらわも褥を共にするのはやぶさかでない。むしろアリだ! そなたの孤独に震える心を癒すためにも、わらわが極上の敷布団となってやろうではないか!」

「では、掛布団も入り用ですね?」

「あったかくして寝るには毛布も必要だよナ?」

「枕を忘れてるわよ、枕を。ああ、ちなみに拒否権はないから」

「え、イヤ、それはマズイだろ。マズイよな? お前らが皆でパジャマパーティーでもするのは非常に良いと思うが、そこに俺が加わった途端イケナイ感じになっちゃうよな? お前ら可愛いんだからちょっとは危機感をって少しくらい話を聞いてくれェェェェ」


 マズイ、四人がかりで天幕を張った寝所に引きずられていく……! なにがマズイって柔らかいわぬくいわで、ただでさえソウラとの殴り合いで疲弊した体に全く力が入らない! つーか女性陣の目つきが肉食獣めいた輝きを放ってて怖いんだが!?


 男二人に視線で助けを求めるも、ガリウスは『ガンバッ』とイイ笑顔で親指を上に立て、ソウラは『爆発すれば? このハーレム野郎』と爽やかな顔で親指を下に向ける。


 まるで頼りにならないな、こんちくしょう!

 ああ、マズイって。付き合うどころか気持ちもハッキリ確かめてないのに、若い男女が爛れた夜なんてェェェェ……。





 ――結論から言えば、やましいことはなにも起こらなかった。

 つーか、人肌のぬくもりに包まれて自分でも引くくらいグッスリと熟睡した。目覚めパッチリ、体調バッチリ。ここ数年どころか生まれて初めてかもしれない快眠だ。

 ……別の意味で心配になるな。怒りに心身捧げすぎて性欲壊れたか?


 それはさておき、早朝から問題が一つ。

 一晩明けていくらか冷静になったソウラが、疑惑の眼差しをフラムに向けていた。


「昨夜は僕自身、混乱していてそれどころじゃなかったけど、これ以上は無視できない。――君の顔は、あまりにもアリスに似すぎている。他人の空似では到底済まされないほどに。君は、一体何者なんだ?」


 ……まあ、そうなるよなあ。



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