クエスト17:《使徒ソウラ》を倒せ


「オイ、あのソウラとかいう男は何者だヨ? タスクの知り合いなのカ?」

「彼の幼馴染だと聞いています。ギルドの食堂でも何度か見かけました。なにか仲違いをしている様子でしたが、元から険悪な間柄というわけでもなかったようで……」

「タスクのダチってことか? でもよぉ、なんか明らかに様子がおかしいぞ!? つーか見るからにあいつも洗脳されちまってるじゃねえか!」

「友を操って戦わせようとは、なんと卑劣な! タスク、ここはわらわたちで――」

「いいや、あいつの始末は俺がつける。邪魔をするな」


 底冷えした声の圧に、当人を除く全員の足が止まる。

 これまで決して自分たちに向けられることのなかった怒気。黒雷が走る背中で助力を拒むタスクに、ニボシたちは困惑を隠せない。


 フラムだけが、彼の胸中を正確に推し量れていた。

 タスクは激怒している。ソウラを操り人形にした聖騎士たち以上に、操られるがままになっているソウラに対して。


 フラムだけは知っていた。

 タスクがソウラにどれだけの期待と尊敬と友情をかつて抱き……五年前を境に、それら全てがどれほどの落胆と失望と憎悪に反転したかを。


「やれ、《天兵》よ! 邪悪に魂を売った異端者を粛清しろ!」


 中隊長の命令に従い、白い鎧に縛りつけられたソウラが攻撃を開始する。

 初動は、頭上に浮かぶ光輪の回転だった。

 回転と共に一段と強く輝き――光輪の中心から、一条の光線が放たれる。


「チィ……!」


 文字通りの光速で放たれる一撃。目視では避けられない。


 タスクには回転の時点で予測ができただろう。しかし後方の仲間に当たる危険性から、回避ではなく防御を選んだ。

【ダークマター】で形成した盾で光線を受ける。


 漆黒の盾は、傷一つつかず見事に光線を防ぎ切った。しかし、火花で通路が真昼のごとく照らされるほどの衝撃。その圧力に、盾を保持する左手が耐え切れなかった。盾はタスクの手から弾き飛ばされてしまう。


 そこへ、ソウラが浮遊したまま接近。振り被った右腕に光の粒子が集まり、腕を丸ごと覆う剣を形成する。【ダークマター】と同様に、光の力を実体化させたモノだ。


「害悪を排除する」

「やって見ろ!」


 タスクの手にする片手半剣と、ソウラの腕と一体化した光剣が激突。

 技量の欠片もない力任せの一撃を、タスクは苦もなく弾き返した。

 ――が。直後、タスクの剣全体に亀裂。柄まで残らずボロボロに崩れてしまう。


「タスクの剣が!?」

「あの光る剣、どんだけの威力なんだヨ!?」

「いいや、今のは……!」


 そう。悔しそうな顔のガリウスが悟った通り、光剣の威力による破壊ではない。

 予備の剣と同じだ。タスクの進化した闇の力を受け止め切れず、摩耗した末の自壊。ガリウスの腕は確かだが、彼の打った剣でもここまでが限界だったのだ。


「終わりだな、盾も剣も失ってはどうしようもない!」


 無手となったタスクに、中隊長が嘲笑の声を上げる。

 ソウラは左腕にも光剣を形成し、タスクを真っ二つにせんと迫る。

 ……その顔面に、黒い装甲に覆われた右拳が突き刺さった。


「なあ――!?」

「『盾も剣も失ってはどうしようもない』? 馬鹿か。守るべきモノを背にして戦う騎士が、たかが剣や盾がなくなった程度で戦えないようでどうする」


 一撃で兜がヒビ割れ、大きく仰け反るソウラ。

 ほとんど倒れかかったところを翼の力で持ち直し、鼻血を垂れ流しながらも眉一つ動かさずに反撃。体を起こす勢いも乗せて、光剣を横薙ぎに振るう。


 それを、タスクはなんと無造作に片手で受け止めた。


 指の腹で刀身を掴み、手のひらには傷一つない。言わば片手による白刃取りだ。

 そしてそのまま力を込め、分厚い光剣を薄氷のごとく割り砕く。


 続いて振るわれたもう一方の光剣に至っては、正面から殴って砕いた。真っ直ぐ刃に拳を当てたというのに、手甲には微かな傷跡もつかない。

 顎が外れそうな勢いで愕然とする中隊長に、タスクは至極大真面目に告げた。


「弱者の守護に身命を捧げた騎士なら、その五体の指先に至るまで、守るための盾にして剣と化すのは必然。剣がなければ、拳で戦えばいいだけだ」

「いや」

「その理屈は」

「おかしいと思うゾ?」


 呆気に取られながら順にガリウス、アスティ、ニボシがツッコミを入れる。

 エルザはなんかツボに入ったようで、腹を抱えながら爆笑していた。


 ただ一人、操り人形のソウラだけが無反応を貫き、再び光線を放とうとする。


 が、遅い。光輪の輝きが強まるより先んじて、タスクのボディブローが入った。拳は白い装甲を容易く砕き、鳩尾に深々とめり込んでソウラの体をくの字にへし折る。光輪の回転も止まって光線は中断された。


 光線が如何に音を超える速さであっても、光輪の回転から光線の射出までに大きなタイムラグがある。タスクが回避か防御かの選択を熟考できるだけの間が。


 回転が再開するより先に、タスクが光輪を掴む。そしてなんと、光輪を凶器代わりにしてソウラの横っ面を殴り飛ばした。逃げられないよう胴鎧の襟元を掴み、何度も何度も。光輪が砕け散っても殴打は止まらない。


「…………!」

「逃がすか」


 堪りかねたように、ソウラは上方への飛翔で逃れようとした。

 しかしそれを読んだタスクが同時に跳躍したことで、両者の距離は広がらない。


 タスクはソウラの体を掴んで背後に回り込むと、【ダークマター】の鉤爪で翼を一枚二枚とむしり取った。ソウラは振り落とそうと飛び回るが、タスクが暴れ馬を操るようにして誘導。逆にソウラを壁に激突させた。


 壁に埋もれたソウラの頭を、【ダークマター】の追加装甲を施した拳で追い打ち。残りの翼を引き千切りつつ壁から剥がすと、拳から追加装甲を移した足で地面に蹴り落とした。反動で飛んだ先の天井を蹴り、急降下からさらに追撃。


 魔獣を彷彿させる、なんと荒々しい暴れっぷりか。しかし、その動きは単なる力任せではない。根底に確固たる技術が窺える、洗練されたモノだ。


「体術にも相当の心得があるとは薄々気づいていましたが、ここまでとは」

「あいつゴブリンが巣にしてる洞窟みたいな、片手半剣を振り回せないような閉所とかじゃ、拳や蹴りでゴブリンの頭砕いてたからナー……。頭蓋骨もまるで果物みたいに粉砕しやがるんだヨ。まさに五体そのものが凶器って感じでサ」

「武器を操るのにも体が資本だ。その体を鍛える一環として、体術の鍛練を取り入れる流派や軍もあるってえ話は聞いたことがあるけどよ。ありゃあ鍛練で多少嗜んだ、ってレベルじゃねえぞ」

「わは、わはははは! そなたはつくづくわらわを驚かせてくれるな!」


 呆れるやら感嘆するやら、笑いが止まらないわと仲間たちからの反応は概ね好評。


 ……尤も、笑って見ていられるのもここまでだろう。


「オイ! 試作とはいえ、神より賜りし鎧を身に纏っていながら、いつまで醜態を晒すつもりだ! この役立たずめ! さっさとその異端者を始末しないか!」

「が、あ、あ」

「理不尽な命令に文句一つ言わず、一切逆らわない従順な操り人形になる。ソウラ……これがお前の夢見た『皆を守る正義の騎士』なのか? 目をキラキラ輝かせながら、どんな困難も乗り越えてなってやるんだって俺に豪語した、俺まで付き合わせて目指した理想の形だっていうのか? ――ふざけるなあ!」


 ガクガク膝を震わせながら、それでも中隊長の命令に従って立とうとするソウラ。

 それを、タスクがソウラの首に鉤爪を突き立てて掴み上げた。


 幼馴染の虚ろな表情を睨みつけるタスクの瞳には、悲しみとやりきれなさを塗り潰す、激しい憤怒が燃えている。

 白い鎧が無残に破壊され満身創痍のソウラを、怒り治まらぬままに殴りつけた。


「お前は結局ソレだ! いつだって口先だけだ! 他人から聞いた耳障りが良いだけの正論を、したり顔で並べるだけで! 白づくめの集団に混じって剣を振り回してれば、それで正義の味方になった気でいるクソッタレ野郎だ! 右に倣えで多数決の多い方にさえつけば正しいと思ってる卑怯者だ! お前がそんなだからあいつは、あいつは……!」


 泣き喚いているようにも聞こえる、悲痛な叫び。

 決壊し溢れ出す衝動のまま、タスクは殴る蹴るの暴力をソウラに浴びせた。


 天使を騙る鎧は完全に砕け散り、生身の肉体を黒鋼が容赦なく打ちのめす。

 肉が軋み、骨まで悲鳴を上げる嫌な音が響いた。それでもタスクは止めない。止まらない。

 これには流石にガリウスたちも顔色を変えた。


「お、オイオイ! 流石にやりすぎじゃねえか!?」

「いけません、止めなくては――!」

「駄目よ。邪魔はさせない」


 止めに入ろうとしたガリウスとアスティの行く手を、黒炎が遮る。

 凶拳を振るうタスクを守るように、フラムが立ち塞がってきたのだ。


「フラム、あなたはなにを!?」

「お前、タスクにダチを殺させていいってのかよ!?」

「そうよ。あいつがこのまま殺されるなら、その程度の男だってだけのこと」

「ふむ。つまりそれは裏を返せば……」

「あの赤髪は、このまま殺されるようなタマじゃないってことかヨ?」


 エルザとニボシの問いかけに、フラムは肯定も否定も返さない。


 自分が知っているのは、あくまでタスクの目を通して見たソウラの姿だけ。どうなるかは自分でも予測がつかないし、どちらに転ぼうが正直どうでもいい。

 自分は常に、際限なく、どこまでもタスクの味方をする。


 そのためにこそ、この命は生まれ落ちたのだから。


「とことん失望させてくれる。お前にはガッカリだよ、ソウラ」


 苦虫を噛み潰したように吐き捨て、タスクが右腕に一際大きく、密度の高い闇色の手甲を形成する。人の頭蓋など、紙風船のごとく潰してしまえる凶器だ。

 かろうじて棒立ちするばかりのソウラへ、タスクは決別の鉄槌を振り下ろす。


「トドメだああああああああ!」

「――っ」


 そのとき。

 ソウラの瞳に輝きが蘇り、それにかき消されるようにして光の紋様が砕け散った。


 頭を潰さんとする鉄槌を紙一重で避け、反撃の拳を繰り出す。

 意識的な行動ではない。思考を取り戻すより先に出た、支配より解放された肉体の条件反射。だからこそ、完璧な形でタスクの意表を突く。


 そして、光り輝く拳が黒い鎧を粉砕した。


「が、は……!?」


 背中を突き抜け、足が地から浮くほどの衝撃。

 今度はタスクが体をくの字に折り、苦悶の顔で数歩後退りする。


 完全に予想外の展開。これにはフラムも驚愕する他なかった。

 今のは闇の力に耐え切れなかったがための自壊ではない。ソウラの拳が、闇の力による防御ごと鎧を砕いたのだ。それも天鎧が壊れた剥き出しになった、生身の拳で。


 ――拳が発する、あの光は一体なんなのだ!?


「失望? ガッカリ? そんなのこっちのセリフなんだよ、馬鹿野郎!」


 目に正気の光が戻ったソウラが、くしゃくしゃに顔を歪めながら殴りかかる。

 聖騎士が操る無機質な光の力とは明らかに異なる、温かな輝き。

 それが闇の防御を突き破り、強烈な拳がタスクを打ち据えた。


「僕たち、約束したじゃないか! 二人で競い合って、高め合って、いつか立派な聖騎士になるって! なのに君は正義の光に背を向けて、闇の力に溺れて悪の道に走った! 僕の……僕らの信頼をなぜ裏切ったんだ!」


 どうやら記憶が混濁して、状況をまともに把握できていないらしい。

 ただタスクの言葉だけに反応し、長年積み重ねていたのであろう憤りをぶつける。


 しかし、積年の怒りがあるのはタスクも同じだ。

 ソウラの拳を捌き、逆に殴り返す。


「なにが立派な聖騎士だ! 連中と同じ騎士団にいながら、お前はなにも見て来なかったのか!? どいつもこいつも、ただ他人を見下して虐げて、自分は特別な存在だと悦に浸るだけのクソどもだろうが! そんなクズを平気でのさばらせる教団に、なんの疑問も抱かず意見もせず、ただ言いなりになってるだけの飼い犬が正義なんか語るな!」


 タスクが髪を掴んで顔に膝蹴りを浴びせれば、ソウラは頭突きで顔にやり返す。

 ソウラが回し蹴りを腹に突き刺せば、タスクがその足を掴んで投げ飛ばす。

 雄叫びと共に互いの拳が激突し、打撃に乗った闇と光が火花を散らす。


「間違いがあると感じたなら、なおさら正しい手段で変えるべきじゃないか! タスクは昔からそうだ! なにか不満があればすぐ暴力に訴える! ヒト族には理性と言葉があるんだぞ! まずは話し合いから始めるべきだろ!」

「教団の権力と暴力を盾にした脅迫が、お前の言う話し合いか!? 同僚の所業を少しは顧みてから物を言いやがれ! 口先だけの偽善者が!」

「なんだと、この陰険野郎!」

「スカシ面の単細胞!」「捻くれボッチ!」「脳ミソお花畑!」「マザコン!」


 互いに罵倒し合いながら、技術もへったくれもない殴る蹴るの応酬。

 最早、大人げない子供の喧嘩と化していた。


 味方が双方とも呆れ顔で傍観する中、泥臭い殴り合いも決着に近づく。

 ソウラが、致命的な失言を犯すことで。


「僕はずっと待ってたんだ! 君と肩を並べて一緒に戦うのを! 皆を守るために戦うのを! 君と二人で守ると誓ったのに、約束したのに……!」

「――それだよ」


 タスクの声から、一切の熱が抜け落ちる。

 感情が鎮まったのではない、むしろ逆だ。振り切れた激情は、その全てが闇の力に転化されて爆発。迸る漆黒の輝きが、一瞬にして光を凌駕した。


 タスクはソウラの拳を軽く手のひらで受け止め、ガッシリと掴む。

 それだけで、ソウラは指先一本に至るまで動けなくなった。


「誰に誓った? それは、俺と交わした約束じゃないぞ。お前は一体どこの誰に、その誓いを立てた? お前は誰を守ると約束したんだ?」


 淡々とした問いかけに、ソウラは答えを返せない。

 あるはずの答えが見つからない、焦燥と困惑が表情にありありと現れていた。


 憤怒に猛るタスクと対等に殴り合っていた気迫は、見る影もなく萎んでしまう。

 その身が発する光も急速に輝きが弱まり、闇の圧に押し潰されていく。


「ソウラ、お前は――聖騎士に殺されたアリスのことを覚えているのか?」

「アリ、ス? 殺された? 聖騎士に? なにを言って……いや、え? そんな。なぜ。嘘だ。なんで僕は。違う。ぼく、ボク、僕は、あ、あ、アアアアアアアア」


 熱血正義漢の顔が無残に砕け散る。

 焦点の定まらない目で、虚ろなうめき声を垂れ流すソウラは完全に錯乱していた。


 頭蓋骨の中身をかき出そうとするかのように、頭に爪を立てて引っ掻き回す。突きつけられた現実から目を背けようと、身を捩り背中を丸める。


 発狂した廃人じみた有様の友へ、タスクは無慈悲に告げた。


「そうだ。お前は誓いを果たさなかった。お前はアリスを守らなかった。救わなかった。他の有象無象どもと同じように、あいつの死を何一つ顧みず、道端のゴミみたいに放り捨てて過去にした! 俺は……俺はそれを断じて赦さない!」


 闇の雷が、通路を漆黒に照らす眩さで、タスクの全身から解き放たれる。


 変異ミノタウロスと戦った、多数のマモノから《闇》を吸収したときとも比較にならない膨大な質量。それはそのまま、タスクがソウラに抱く憤怒の凄まじさを物語る。


 硬く硬く握り締められた右拳に黒雷の全てが集い、振り抜かれた。

 錯乱したソウラは回避どころか反応すらできず。


 断罪の黒き鉄槌が、無防備な顔を打ち抜いた。遅れて重低音の雷鳴が轟き、衝撃の余波で大気が割れる。天鎧の残骸がキラキラと、光を反射しながら四散した。ソウラは何度も回転しながら宙を舞い、地面をバウンドしてなお勢いは止まらない。


 数メートルほど地面に背中を引きずって、ようやく停止した。驚くべきことにまだ息があるが、失神して戦闘不能。意識があったところで、もう戦う意志はあるまいが。


 拳を下ろしたタスクは、未だ怒りの冷めやらぬ顔で。

 それでも一区切りをつけたように、そっと息を吐いた。


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