クエスト16:《使徒???》を倒せ


 壁画に関してわかったことを要約すると、『邪神の伝承がガチっぽい』だった。


 この塔は本当に邪神を封印するため建造され、地下迷宮はマモノが地上へ発生するのを防ぎ、発生したマモノを地下に幽閉するための構造らしい。セーフゾーンや転移装置の存在については、地下に潜ってマモノを処理する者たちへの配慮。


 そして俺たちが発見した壁画の他にも、各所に点在すると思われる部屋は、後々の時代……塔の真実を忘れ去ったヒト族に向けた警告。

 昨夜からのマモノの活性化といい、なんつーかもう嫌な予感しかしない。


 とはいえ、俺たちは絶賛逃亡中。塔の謎に構ってられない――ニボシは滅茶苦茶に未練がましそうにしていたが――わけで。


 引き続き地下五〇階層を目指す途中、エルザがふと呟いた。


「しかし……妙だな」

「妙ってなにがだ?」

「先程の魔法使いたちだ。彼奴ら、アーツの威力と技量の間に不自然な隔たりがあった。第二、第三階梯のアーツを使えるにしては、それを制御する技量があまりに拙い。それらの階梯が開放されているのなら、魔法に関する技量も相応に練磨されているはず。しかし彼奴らの魔法制御技術は酷いモノだった。不自然かつ不可解なまでにな」

「《真言詠唱》を知らないとはいえ、一言でコントロールを奪えるくらいだからなあ」


 エルザの言う通り、こんなことは本来なら考えられない話だった。

 ガリウスも口にしていたが、『試練を越えた者に相応しい力を与える』というのがスキルの大原則だ。


 たとえば剣士は【片手長剣】【両手大剣】などのスキルを持つが、これらは剣の腕を磨くことで獲得できる異能。身体能力に恩恵がかかったり、アーツで繰り出した斬撃の威力や射程が上昇したり。磨き上げた技術に超常の力を上乗せするのがスキルであり、スキルを獲得するだけで突然剣の達人になったりはしない。


 つまり強力なスキルやアーツを持つ者は、それを与えられるだけの技量と強さを身につけているのが道理。技術を磨いて異能を得る、この順序は断じて不可逆なのだ。


【魔法】のように、適性や才能が求められるスキルも存在はする。しかしそれさえ魔法の知識、魔法力の制御を一定以上身につけなければ、第一階梯のアーツすら使えない。


 以上の点から鑑みて、追手の魔法使いたちは明らかに第二・第三階梯を与えられるだけの技量には達していなかった。そのくせスキルの恩恵か魔力だけは高く、技術の拙さを魔力で無理やり補った魔法攻撃は、見かけばかりが派手な酷い出来映えの代物。


 相手が俺たちを侮り慢心していた、というだけではとても説明がつかない。

 アスティとニボシも、神妙な顔で疑問の声を発する。


「力と技量の隔たりといえば……地上で戦った聖騎士たちにも、同じような違和感がありました。使用するアーツの威力に大して、それを操る技術が追いつかず、結果として戦う動きに大きな『ズレ』を起こしていた印象です」

「確かに、自分のアーツに振り回されてる感じはあったよナ。素人が高級な魔道具の武器を使ってるだけ、みたいな空回りっぷりでサ。だんまりな隊員は別として、隊長なんか見るからに、身の丈に合わない力に酔ってただロ」

「タスクも元は聖騎士候補だったんだよな? お前さん、なにか知らないのかよ?」

「いや、俺は中間職業に当たる《暗黒騎士》に留まり続けていたからな。《聖騎士》のスキルやアーツについて、そこまで詳しくはない」


 ガリウスの問いかけに、俺は力なく首を横に振った。


 俺が元々知っていた『欠陥』を別にしても、《聖騎士》というジョブには不可解な部分が多い。マモノや魔獣を一定数倒すだけで昇格できるのもそうだ。他の上位ジョブに比べて、条件があまりにも緩すぎる。


 ……ん? 昇格の条件を満たせば、ステータスプレートに昇格可能なジョブが表示される仕組みのはず。だが、俺のプレートに《聖騎士》なんて出た覚えがないぞ?


 さらに付け加えるなら《闇黒騎士》みたいに、当人の意思と関係なく自動的に昇格するなんて話も聞いたことがない。これは一体どういうこと?


 謎が増えてしまって悩む俺に、エルザが奇妙な質問を投げかけてきた。


「ふむ。前々から疑問に思っていたのだが……。そもそも、そなたらの言う《聖騎士》とは一体なんだ? どうも、ジョブの一種らしいが」


 ええと、え? 意図の見えない問いかけに、俺は困惑してしまう。

 騎士職の最上位。光の力を操る聖なる騎士。

 これ以上なにか、《聖騎士》自体に対する説明がいるだろうか?


「聖騎士とはなにかなんて、改まって言われてもな……あ、そういえば帝国には聖騎士がいないのか? 教団の連中は『真のヒトであるヒューマンだけがなれる神聖なジョブ』なんてほざいてたが」

「うむ。全く聞き覚えがないな。そもそもわらわが知る限り、《聖騎士》などというジョブは《テラ》の古代文明にも存在した記録がない」

「は、い?」


 また思いもよらぬ言葉にを上手く呑み込めず、俺の頭が『?』で埋まってしまった。

 エルザは冗談を口にした風でもなく、真剣な顔で続ける。


「我が帝国が古代文明の研究にも熱心という話はしたな? 帝国が発見した古代文明の遺物には、《スキル》や《ジョブ》に関わる記録も含まれている。そしてその中にスキルやジョブの一覧表らしき文献があってだな――むぐ?」

「オイ、これ以上オイラの前で古代文明に関するネタバレをやって見ろヨ。オイラの銃口が火を噴くどころか大噴火を起こすからナ?」


 真面目な話の最中だというのに、壁画のネタバレが余程腹に据えかねたらしい。

 ニボシはヤバイ目つきでエルザを睨みながら、銃身で彼女の唇を押さえつけていた。 


 しかも単発式大口径の方でだ。うん、それは割とシャレにならないな!?

 大慌てで止めに入ろうとするが、先んじてエルザが動いた。


 さりげなく銃口を逸らしつつ、その指先でニボシの顎をくいっと持ち上げ、唇が触れ合いそうな至近距離から見つめる。


「ニボシよ、そなたは随分と古代文明に執心の様子だな。で、あればどうだ? わらわのモノとなるなら、そなたを我が帝国の研究機関に推薦してもよいぞ? 熱意さえ本物なら、素性を気にする狭量な輩などいない。最新の設備、最前線の現場で、思う存分古代文明の研究をさせてやろう。なあに、ちょっと天井のシミを数えている間に――」

「ハイハイそこまで! 古代文明をダシに口説こうとするな! こいつ古代文明が絡むと、平気で散財するわ無謀な突撃するわで色々と危なっかしいんだよ! ニボシもホイホイついて行きそうな顔しない!」


 放っとくと本当にキスしかねないエルザから、ニボシを抱き寄せるようにして引き剥がす。夢のために身体売るとか、そういうのはナシの方向で!


 しかしこいつ、腕の中にスッポリ収まるような小柄だが、腕にギリ乗っかる程度の膨らみはあるんだよな……。いや、胸の大小で女性の魅力を計る気は毛頭ない。ないが、あるに越したことはないなー、と思うくらいには俺も男なワケでして。


 なんて邪な感情が漏れ出ていたのか、フラムとアスティから刺さる視線が痛い。

 エルザはというと、拗ねたように大きく頬を膨らませた。


「ブー。よいではないか。タスクは遅かれ早かれわらわのモノとなるのだ。ならばタスクの恋人たちは、わらわの恋人も同然であろうに」

「なにそのジャイアントニズム!?」


 俺がエルザのモノになる前提の話はやめてくれませんかね!?


 ちなみにジャイアントニズムとは、古代文明から伝わる俗語の一種だ。

 他者を小人のごとく見下し、相対的に己は巨人のごとく偉ぶった態度。わかりやすい例では『俺のモノは俺のモノ、お前のモノも俺のモノ』といった、子供のワガママじみた暴論を指す。

 またジャイアニズムという略称もあるが、なぜ二文字だけ略すのかは不明だ。


「つーか、そもそもこいつはそういう関係じゃ……しかも『たち』って」

「照れるな照れるな。民の間では一夫一妻が普通だそうだが、甲斐性と愛さえあれば一夫多妻でも一つの家族としてやっていけるモノだ。経験者のわらわが言うのだから間違いない。というか、わらわがそなたらを全員幸せにして見せるとも!」

「ヤダ、王族としての懐が広すぎ……? ってイヤイヤ、王族の結婚観で語られても! 第一、まずこいつらの気持ちの問題がだな!」

「問題なのは、タスクの気持ちの方がハッキリしてないことじゃないカ?」


 いつの間に正気に返ったのか、腕の中のニボシが俺の方に向き直る。

 こちらに体重を預けるようにしなだれかかって、すると普段は自己主張控え目の感触が思い切り密着して、困る。嫌じゃないが、嫌じゃないから困る。


 ダメ押しとばかりニボシは両腕を俺の首に回し、先程のエルザにされたのと同じくらい顔を接近させてきた。柑橘類のような香りが鼻をくすぐってムズムズする。いつもの悪ガキめいた表情とは別人のような、朱に染めた頬と潤んだ瞳が心臓に強打を与えた。


 あ、これはちょっと、マズイ、かも。


「なんなら、オイラの気持ちを今ここでハッキリと――ニギャギャ!?」

「お忘れのようですが、私たちは現在逃亡中の身。窮地による動悸を恋心と錯覚する『吊り橋効果』などという言葉もありますし、言い逃れの余地を与えないよう、無事に安全な場所へたどり着いてから仕切り直すべきかと。なにより、抜け駆けは禁止です」


 ムスッとした顔のアスティに耳を引っ張られて、ニボシが離れていく。ニボシの恨みがましそうな目と、アスティのやや険しい眼差しが火花を散らした。


 ……あっぶな! 危うくなんか雰囲気に流されるところだった!

 イヤ、どういう雰囲気かなんて訊かれても困るんだが!

 なんかこうピンク色のお花畑的な、そうでもないような!


「あんた、もう観念するしかないんじゃない?」

「…………」


 フラムのため息交じりの指摘に、ぐうの音も出せない俺。

 いやでも、観念とは言うがな。そもそも、これは『そういう』ことなのか?


 アスティにせよニボシにせよ、なんとも思っていないような異性を、思わせぶりな態度で弄ぶ性格の女じゃない。そう断言できる程度の付き合いはあるつもりだ。


 じゃあ二人の俺に対する態度が、どういう感情から来るモノなのか――それは、ちょっと自信を持って判断できない。


 だって! こちとら恋愛経験どころか、ここにいる連中以外はまともな人付き合いのない、ほぼソロ冒険者だぞ!? 悪意には敏感だが、それ以外の細かいヒトの心の機微なんてわかるか! 変に自惚れて、今の関係ブチ壊しになったら後悔と自己嫌悪で死ぬ!


「それ、世間一般じゃ『ヘタレ』って言うらしいわよ?」

「ほっとけ!」


 俺の味方がいない!

 アスティとニボシは徐々に包囲を狭めてきてる感あるし、エルザは高笑いしながらズカズカ距離を詰めてくるし!


 ガリウスのヤツは万一にもエルザの不興を買うまいとしてか、観客どころか完全な空気に徹していやがるし!


「あーもう! 今はそういう話をしてたんじゃないだろ!? ……アレ、なんの話してたんだっけか?」

「ジョブを創造した古代文明の記録に《聖騎士》が存在しないって話でしょ」

「そう! それ! どういうことだよ、エルザ!? つーか聖騎士が存在しないってことは、まさか暗黒騎士もか!?」

「いや、《暗黒騎士》については古代文明にもしっかり記録が残っているぞ。しかし暗黒騎士と対を成す光の騎士といえば――む?」


 肝心なところに入ろうとしたところで、エルザの言葉は通路の向こうから響く、金属音に遮られた。これは、金属鎧で武装した集団の足音だ。

 ええい、なんて間の悪い!


 ニボシがエルザに食ってかかった辺りから足を止めていた俺たちは、そのまま迫る足音を待ち構えた。やがて姿を現したのは案の定と言うべきか、白銀の騎士鎧を纏い聖剣を掲げた、聖騎士団の部隊だ。

 規則正しい歩幅で行進する様子には、疲労も動揺も見られない。


「今度は、私たちの位置がおおよそわかってた感じね」

「連中は遠距離通信の手段も持っている。たぶん白魔導兵団が、俺たちと遭遇した時点で地上に連絡を入れてたんだろ。連絡が途絶えたから駆けつけたのか。あるいは……」


 部隊の先頭に立つ、中隊長の聖騎士が前に進み出た。

 地上で戦ったのとはまた別人。眉間に深いシワを刻んだ厳格そうな青年だが、ヒトを見下した目つきは他の聖騎士と大差ない。


「ふん、やはり白魔導兵団はしくじったか。所詮、前衛を盾に後方からでなければ攻撃もできない臆病者の集まり。魔法と剣技の双方を兼ね備えた、我ら聖騎士こそが神の使徒なのだ。我らを差し置いて、分不相応な名声を得ようと先走るから、こんな下賤な異端者ごときに遅れを取る。教団の面汚しめ、死んで当然の報いだな」


 ……この発言からわかる通り、聖騎士団と白魔導兵団は非常に仲が悪い。

 互いに迂遠な言い回しを使っても要約すれば「根暗もやし」「脳筋野蛮人」と一〇歳児レベルの罵り合い。手柄の争奪で小競り合いを起こすのもしょっちゅうだ。


 こいつも、白魔導兵団の敗北に期待して出張ってきたんだろう。ひょっとしたら手柄を横取りするつもりでさえいたのかもしれない。


 俺たちがこうして無傷でいることについても、ただ白魔導兵団が不甲斐ないだけだと決めつけているようだ。警戒する素振りも見せず、俺たちが脅威である可能性は微塵も考えていないのがわかる。


 白魔導兵団のときとなんら変わりない、ヒトを舐め腐った態度だ。

 なら、辿る末路にも変わりはない。


「生憎だが、こっちはお前らの馬鹿丸出しな内輪揉めに付き合ってやるほど暇じゃないんだよ。どうせ『退け』と言ったところで聞く耳持たないんだろ? 白魔導兵団と同じあの世に送ってやるから、向こうで好きなだけ言い争ってろよ」

「ほざけ。神に選ばれなかった資格なき者の分際で、みっともなく汚らわしい闇の力などにしがみついている愚か者め。貴様には、相応しい処刑方法を用意してある」


 中隊長が指を鳴らすと、隊員の列が左右に分かれた。

 その間を足音も立てず通り抜けて現れたのは……なんだ、アレは?

 見たこともない鎧に身を包んだ騎士が、そこにいた。


 白銀ではなく、金属かどうかも怪しい、それ自体が仄かに発光して輝く白い装甲。背中からは四枚二対の翼が生え、それも鎧と同じ材質不明の鋼鉄製だ。しかし【光翼】と同じ飛翔の異能が働いているのか、羽ばたきもせず宙に浮遊している。


 頭上に浮かぶ光輪も相まって、まるで天使でも模したような鎧だ。

 そして鎧に注目するあまり気づくのが遅れたが――頭部のほぼ全体を覆い隠す兜の隙間から覗いた顔は、俺のよく知る人物だった。


「ソウラ……?」


 俺の幼馴染である赤髪男が、吊るされた操り人形そのものの佇まいでそこにいた。

 ガラス玉のように濁った瞳に、光の紋様を浮かべて。

 鎧とは名ばかりの拘束具に縛りつけられた、生贄のごとき有様で。


「教団が塔の設備から新しく製造に成功した《使徒の天鎧》だ。本来なら卑しい平民には分不相応な装備だが、不具合がないか確かめるための実験台であれば似合いの役回りだ。貴様はヤツと同じ孤児院の出身だそうだな? ならばヤツの罪は貴様の罪も同然。さあ、あの異端者を自らの手で始末し、己の罪を濯ぐがいい!」

「了解。対象の排除を開始します」


 瞳に浮かぶ光の紋様が一際強く発行し、鋼の天使が動き出した。

 こ、んの……馬鹿野郎が――!


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