第21話 押しかけ婿様

「流石に結婚前からと思ったのに、私を離してくれなかったのは君じゃないか……」

 恐ろしいことに、ノアの言葉にはホント、ホントと浮かぶ。

 けだるげに上半身を起こせば、シーツが落ち鍛えられた肉体があさのひかりに照らされる。

「し、しまって。しまってちょうだい」

「さっきまでは離してくれなかったのに?」

「私が寝ぼけていたからでしょう。第一部屋の鍵は!?」

 ノアから逃れるかのようにベッドから起き上がると、寝室の鍵がどうなっているか確認しに行くと、しっかりと施錠されていた。

 


 それもそのはず、いくら辺境だとしても最低限の教養は教わっており。

 夜寝室のカギを掛けずに寝るなどと言うことはありえない。

「鍵がかかっていただろう? 君が招き入れてくれたよ」

 ゆらりとノアの言葉が中に浮かび上がると、君が招き入れてくれたという文字にまとわりつくかのように赤でウソ、ウソ、ウソと飛び交う。



 それによって、私は鍵をあけて招き入れていないと確信を持つ。

 ならどうやって部屋に入ってきたのかだ。

 って、待って。

 彼は街からマクミラン公爵家までの身近な距離を転移魔法で移動する人物だったわ。

「まさか。転移魔法を使った?」

 ダラダラと嫌な汗が背中を伝う私とは正反対に、ノアは人様のベッドの上で気持ちよさそうに伸びをしながら答える。

「この距離でそんな無駄なことをする魔導士なんかいないさ」

 そういう、彼の言葉の周りに飛び交うウソの文字。



 それと同時に悟る。転移魔法があるのだから、私がカギをかけたところでノアから逃れようがないということを。

 着衣の乱れを思わず確認したけれど、きっちりと着こんでいるし。

 致したような気配もない。



 その時だ扉がノックされたのだ。

「お嬢様おはようございます。マルガです。起きていらっしゃいますか?」

 いつもの起きる時間だ。


 バッと後ろを振り向くと。

 ノアがとても楽しそうな顔で、半裸で私に手をひらひらとふる。




「お嬢様?」

 返事がないことに、マルガが不思議そうな声を扉越しにかけてくる。

「ちょっ、ちょっと待って。足がつったの。今いくから」

 そう言い残して私はベッドへと駆け戻る。



 こんな誤解満載の状況をメイドに見られたら最後。

 お父様には、よくやったとかいって、速攻結婚の流れになりかねない。

「しまったね。メイドが来る前に失礼するつもりだったのだけれど。これでは順番を守らなかったことがばれてしまう。女性はそういったことがばれてしまうと嫁の貰い手がなくなるとか」

 あぁ、なんてことだみたいな口調で、悲しい顔をしているけれど。

 メイドが来る前に失礼するつもりだった辺りには、ウソ、ウソ、ウソと赤の文字が舞う。

 ノアが本心でそう思っているとするならば、転移魔法で私の部屋からとっとと出て行けばいいだけなのだ。



 ということは、彼はこの部屋から出て行くつもりがないのだ。

「あぁ、どうしよう。私もここに一月も滞在していたから。屋敷のメイドのことはなんとなくわかっているんだよ。よりによって、マルガとは……彼女は少々おしゃべりなところがあるから、見られたらうっかりがあるかもしれないな~」

 だぁぁあああ!? 確信犯だこいつ。

 あぁ、困った困ったなどと、全然困ってないくせにのたまっている。




「ノア……お願い転移魔法で」

「あぁ、なんだか屋敷の人物の中には、私がここまでしているのに結婚するのは裏があるのではと疑っている人が多いようでね。こんな風に二人の仲がばれてしまうのもそれはそれでいい機会かもしれないね」

 そういって、ノアは悲し気に笑ったけれど。お前表情と思っていることの差が激しいぞ。

「いいわけないでしょう!?」

「ティアの言う通り。このような不名誉な形で一夜を過ごしたことがばれてしまえば、私としても婚約前の令嬢を襲う獣のようなレッテルが張られるかもしれないが……」

「そうです、そのような不名誉な称号がついたら、ノアも困るでしょう?」

「確か……物ごとを面白いかつまらないかで決める奇人だとか。山のような釣書には目の一つも通さない男色家だの。社交界では女をとっかえひっかえして、社交界の花を次々と摘み取っているだのだったかな。今更新たに一つ噂が加わったところで大差ないが」


 ヒュっと変に空気を吸い込んで喉がなった。

 それらは、私の父がご本人様にむかって、陰で言われていることを直接いったやつである。

 私も記憶力には無駄に自身があるゆえにわかる。

 ノアは一字一句間違わずお父様に言われた自分への悪口を言ってのけている……と。



「今までの噂とは違い。このような状態を観られれば噂ではすみませんよ! ですから。ね? あなたいいところの坊ちゃんじゃない。結婚前のつまみ食いはばれないから成立する物。ばれたら責任を必ず取らされるわよ」

 ノアに転移魔法を使ってもらおうと必死な私とは裏腹に、ノアはお願いとベッドの横で頼み込む私の手をそっと自身の両手で包んだ。


「そうだね。私はこう見えて、王都でも名のある貴族の一つ。かならず責任をとるから安心して見つかろう」

「何が安心して見つかろうよ!」



「お嬢様? どなたかいらっしゃるのですか?」

 小声でやり取りしているつもりが、マルガが異常事態を察知する。

 ヤバいどうしようヤバい。

 私としてもこのような順番すっ飛ばしは勘弁願いたい。



 ましてや、相手はあの社交界のゴシップの中心にいるような容姿を持ったような人物で。

 私は壁の花だ。


 この場合、ノアが襲ったというよりかは、私が一服盛った風にしか見えない。

 となると、ヴィスコッティ公爵様からすると、あの手を焼いていた息子が逆らえないほどの弱みを握られたから従っているという風にしか見えないのではというゾッとする展開が頭をよぎた。

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