第22話 世紀の悪女

 焦る私とは対照的に、ノアは恐ろしいことに本気でばれてもいいと思っていることが加護のおかげでわかってしまう。



 というかもし私がノアを無理やり従わせていると誤解されたら、いろんなところに大きな弊害が出る。

「目的は?」

 もしばれたらノアではなく、私が世紀の悪女になってしまう。

 ここは多少折れてでも、なんとか部屋から退出してもらわなければ……

「君が結婚に同意すること。不本意な形で結婚したいか、順番を守りたいか君が決めていいよ」

「結末は同じではありませんか!!?」

「私に望まれて結婚したか、私に一服でも盛ってとんでもない弱みを握って結婚にこぎつけたと思われるかの差だね」


 わかっててやってんじゃないのこの野郎!!!

 上半身が裸のため掴みかかることが叶わないが。服を着ていたら、あきらかな力の差があったが私はきっとノアにつかみかかっていたことだろう。


「お嬢様? お嬢様?」

 ドアの向こうでは一向にドアが開かないことで様子がおかしいとマルガが騒ぎ始める。

「結婚については、前向きに考える。それでいいでしょう?」

 私がそういうと、ノアは場がしらけたつまらないと言わんばかりにため息を一つついた。

「まぁ、その辺で妥協しておくことにしようか。楽しみだね結婚の準備」

 ガチャガチャとスペアの鍵がさしこまれドアがきしむ。


 ガチャリとノブをまわす音と共に。

「では、後で」と一言を残して、ノアはあっという間に金の光に吸い込まれ消えた。



「お嬢様!」

「あー--、足つっていたいわ~」

 私は乱れたシーツをごまかすかのように、ベッドの上でのたうちまわる羽目になった。





 早朝から疲れた。

 私、こんな風にずっと振り回されるの?

 朝の身支度を終えただけですでに私はかつてない疲労感を感じていた。

 加護を使いすぎたのかもしれない。




 そんな私のことなどつゆ知らず。

 朝食の場にはにこやかに服装を整えノアが座って歓談していた。

 といっても、楽しそうに話しているのはノアと能天気な父だけで。

 母はいくら娘と言えども、このレベルを婿として連れ帰るのはおかしいと思っているようで変な空気となっていた。


「おはようティア、ずいぶんと遅かったね」

 お前のせいだろうがという言葉を飲み込んで、私は挨拶を済ませて席に着いた。




 私が席に着くと、さっそく母が私に話を振ってきた。

「一月ほど前からヴィスコッティ家の息子さんが我が家に滞在していたのは知っていたけれど。ジェイったらずっとあなたに婚約を申し込みに来たって私をからかうのよ。マクミラン領は辺境だから、ここらに用がある方が我が家に滞在することはこれまでもたまにあったわ。どうしてここにこられたかは詮索しないけれど。流石に婚約の話しは冗談よね?」

 母は赤い髪を耳にかけると、頬に手をやって首をかしげながら、私の父ジェイの暴走でしょう? と言わんばかりに私にコトのなりゆきを確認した。




 ノアといい感じになったことなどない。むしろ社交界の場では挨拶をしたことがある程度。その挨拶も毎回参加しているなら見つけてというわけではなく。

 私の近くをノアが通ったので、マナー程度に声をかけたことしかない。

 私がノアといい感じになれば、それこそ社交界が大騒ぎでゴシップのネタとなるはずなのだ。


 あぁ、もうどこからなんて話せばいいのやら。

 頭が痛いと思っていると、席に着いた私の隣にノアがやってくると、私の肩に手をそっとおいた。


 はっ?

 わけがわからず、ノアを見上げると。

 そこには、目を細め微笑むノアがいた。

「王都で開かれた仮面パーティーで私が一方的に彼女の中身にひかれまして。ずいぶんと前に釣書をいただいたことを思い出し、今さらですがと足を運んだところ。マクミラン公爵様に快くお迎えいただきました」


「仮面パーティー。……そう、ティアはちゃんと殿方と時間をとっていたのね」

 母が引きつった笑顔を浮かべた。

「彼女はとても魅力的でもっと話したいと思ったのですが、あいにくの仮面パーティーだったため、素性を探るのに時間が少々かかってしまいました」


 ノアの訪問は、王都での仮面パーティーから私が帰ってから1週間もあかないうちのことだった。

 確かに、ノアの言う通り。

 パーティーの当日ノアとの時間はあった。

 ただ、そこには甘いことなど何もなく、目の前には金貨が積み上げられるような時間だった。

 それがどういうことでしょう。

 あっという間にロマンチックな話に早変わりだ。



 あまりの口の上手さに、私は口がパクパクとなんといっていいかわからず動くだけだった。

「幸いなことに、私は次男ですから婿に入ることもできますし。それなりの教育を受けました。家柄的にも釣り合いはとれるかと」

「ヴィスコッティ家と言えば、魔法の名門。いくら次男と言えども、こんな僻地に婿にはさすがに無理があるのでは?」

 母は引きつった笑顔で現実的な話へと戻す。

「父は常日頃から面白いことを探す私に早く結婚しろとしつこく言っておりました。ようやく相手が見つかったのですから、何を反対することがありましょう?」

「それは……、嫁をという話なのでは? ティアは一人娘ですし。嫁がせることはできないんですよ?」



「えぇ、ですから婿に来ます。私は幸い魔法に少し長けておりまして。スクロールを使わずとも、王都とマクミランを往復できます。ティアそうだろう?」

 少しどころではない。

 転移魔法を乱発するわ。

 人から動物へも、人から人へも変身することができるような、指折りの使い手だ。

「ティア、彼は転移魔法が使えるの?」

「えぇ……」

「なるほど、それなら用があれば、高価なスクロールを使わずとも王都とこちらを簡単に行き来できるわけね」

「ここはのどかで、皆親切でいいところです。魔法の使い手が少ないようで、私がくることで少しでも民に還元できればと……」

 そうして、ノアは見せたことがないようなはにかんだ笑顔を浮かべた。



 お前誰だよ!!!

 と私は同時に盛大に心の中で突っ込んだ。




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