第20話 朝ちゅん

 そこからは、もう、もう、もうぅぅぅぅ!! っと私の頭の中は処理できないことだらけでオーバーヒート寸前だった。

 猫を被っていることを指摘されたこともあって、もう猫を被る必要はないと客間の支度が済んでいないのを知っていたけど、あえて自室へと戻った。


 ベッドに横になって考えるのは、どうしようだらけだ。

 確かに、ノアが婿にきてくれることはうちの領地としては、これ以上ないお話。

 しかし、ノアの父であるヴィスコッティ公爵様がお怒りだとなれば、全然話は違う。

 ただでさえ金もなく領地は山岳だらけで、最近では街道に賊のでるおまけ付きと問題が山積みなのに、さらに大きな領地の公爵様に睨まれるとか……もう、何の罰ゲームだ。

 父はあの通り楽観的な性格だし、母は父の代わりに領地のことを取り仕切るので忙しい。

 今回のノアは私と結婚するなどと言い張ってきたのを何とかするのって、もしかしなくとも私の役目よね……

 ヴィスコッティ公爵様が乗り込む前からげっそりとしてしまう。

 父の楽観的な性格に振り回されても耐えたこの胃に穴が開くんじゃないかしらってくらいのストレス……



 この加護のせいでいい意味でも悪い意味でも、人のホントとウソをみたせいで、悩んだり。知っているからこそ回避しなければって出来事に立ち会ってきて、それなりに悩んできたつもりだったけれど……

 これは、今までで一番かもしれないわ。

 よりによって、私に興味を示したのが社交界の中心人物であり、奇人なのかだ。



 結果はどうであれ、私に関心を抱いてくれたなら、婿様も見つかったし万々歳とは思えるほど私は割り切れていないし。子供ではない。



 そんなとき、寝室の扉がノックされた。

 現れたのは、私の頼れる護衛であるセバスだった。

「眠れないのではと思いまして」

 セバスが抱えるトレイの上には、暖かなお茶のはいったティーポットがあった。

「……セバス」

 持つべきものは信頼できる護衛だ。

「私も話したいことがございますからね」

「でしょうね!」

 どうやって追い返そうと相談していた男が、婿に来ることにしたからというテンションで我が家にやってきたんですもの、そりゃセバスも話したいことが沢山あるでしょうね。


 私には信じられないことに、ノアの気持ちが本当だと見えるけれど。

 加護のないセバスにすれば、お嬢様をさらに利用する気か! としか思えないものうん。


「一体全体、何がどうなってこうなったので?」

 手馴れたしぐさでセバスは御茶を入れながら私にそう質問した。

「それは私が聞きたいわ。次男とはいえ、相手は魔法の有数の使い手ヴィスコッティ家。彼自身も王都とマクミランを転移魔法で移動できるほどの実力の持ち主。魔法の才がとびぬけてあるのをわかっていて婿になんか普通ださないでしょう」

「言葉のニュアンス的に、どう考えてもヴィスコッティ公爵様の許しを得たとは思えませんしね。彼がここに婿に来ることは本気なんですか?」


 セバスも私の隣に腰を下ろすと、どうしたもんだかという私の顔を覗き込む。

 普通の令嬢ならここではわからないとしか答えようがないが。

 私は加護のおかげで彼の真意がわかることを知っているセバスはそれを問う。

「それが厄介なことに、彼の言葉に嘘はなかった。彼本気でマクミランに婿に来る気よ!」



「お嬢様が落ち込んでおられたので、あのときは聞かなかったのですが……一体、あの占い師としてもう一度会ったあの日何があったんですか?」

「約束通り勝負しただけよ……」

「本当にそれだけなんですか?」


 セバスが案内してきた人物は、ノアではなくノアに変身したヴィンセントだったといえば、そうだとは知らず占いの館につれてきたセバスが気に病むかもしれない。

 それに、私もノアは猫に姿を変えるとは思ってもおらず、そのせいで秘密がばれてしまったのだ。


「勝敗は?」

「私の負けよ」

「加護は使わなかったのですか?」

「相手のほうが一枚上手だったのよ。それに、私が負ければ興味がなくなるものじゃないの? こんな風に婿になる話を進めるだなんて思ってもみなかったことなのよ」

「加護のことは?」

「話すわけがないでしょう。あれは私にとっても身を守る切り札だもの。それに話したとしても信じないわ普通」



「お嬢様の加護は稀有なものです。利用する輩がでないように、私が付けられているのです。彼は見目が麗しい。決して惑わされませんよう。これはお嬢様を守るために言っているのですよ」

「わかっているわ……この加護の危険性くらい」

 この加護は危険だ。

 真実と嘘を見抜くことができるゆえに、利用価値は計り知れない。

 私はこんな僻地に暮らしているし。野心もないからこそ、危険なく過ごせてきたが。

 野心があるものにすれば、私の加護は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。


「旦那様は乗気でしょうが、こちらとしては加護を目当てにしていないかがわかるまでは気を許さないでいただきたいのです。どうぞ、この老いぼれの願いを聞いて下さい」

 セバスはそういって頭を深く深く下げた。




 嘘か本当かを見抜ける特別な目だと気が付いたのは、私が5歳のときだった。

 そして、おじいさまが私がなんらかの加護をもち、本当にみえるのだろうと信じてくれたのはすぐだった。

 加護を明らかにしに行けば、どこかから加護もちだとばれて利用しようとする輩がでるだろうと。

 そうして、護衛としてつけられたのが。

 セバスだった。


 当時は一線で働いていたそうだが、おじいさまに大義があるとかで5歳の小娘の護衛に収まってくれ、本当に私の世話をまめにやいてくれる人物だった。



「セバス、安心して。私は流されたりしないし。彼の目的が解らないと、私としても寝首をかかれたら困りますもの」

 私がそういうと、セバスはほっと息を吐くと去っていった。





 その夜私はなかなか寝付くことができなかった。

 なんだかひんやりとして、なめらかで、すべすべな物が隣にあるものだから、私はそれにくっつく。



 それにしても、今日はとても寝やすい。この少しひんやりとしたものは何かしら………じゃない!?

 ……なによこれ!?

 私の部屋のベッドに覚えのないものがあるとかどうなってるのと、バッと勢いよく朝から起き上がった。

「シーツをはがれると少し肌寒い」

 そういって、私の手からスルリっとシーツを奪われた。

「ごめん…な……」

 たしなめられるように叱られて、反射的に謝罪の言葉を口走りそうになって私は固まった。



滑らかな肌は私から奪い取ったシーツで隠されって待って待って待って!

「なんで私の部屋ここにいるのよ!?」

「私だってこのようなことはしたくなかった。だけれど……婚約をする女性に恥をかかせるわけにはいかないから」

「いやいやいや。何私が誘ったかのように言っているの?」

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