7 状況整理をしましょう
生まれてこの方5年しか経っていないのに衝撃のプロポーズをされ、私はしばし固まった。
待て、固まるな。考えろ、考えるんだ私。このままだとイェルカ様のなすがままになる。丸め込まれそうな気がする。なんの根拠もないただの直感だが何となくそんな予感がする。
一旦落ち着こうか。そうだ、そうしよう。
「ちょっと待って下さる?」
このまま抱きつかれそう勢いでグイグイ迫ってくるイェルカ様をひとまず押しのけて、私は深呼吸する。
というか近い! 仮にも推しキャラだったイェルカ様にこんなに近づかれて平気なわけがない。5歳と言えども私だって乙女なのだ。寝起きの顔をあまり注視されたくはない。
息を深く吸って、ゆっくりと吐き出す。うん、少し落ち着いたような気がする。深呼吸を考えた人は偉大だな。息を吸って吐くだけでこんなに落ち着けるんだもの。感謝しなくては。
よし、私が起きてからの状況を整理しようではないか。
「つまり、ですね?」
人差し指を立ててイェルカ様に問いかけると、イェルカ様はこちらを見て首をかしげながら微笑んだ。
「ん? なぁに?」
はぁう! 美少年のあどけない微笑み可愛い!! 撃ち抜かれた!! 推し最高!!
違う、待て私。確かにイェルカ様は少年でも最高だが今はそんなことを言ってる場合ではない!
という脳内会話を0,2秒で済ませ、平静を装ってイェルカ様に語りかける。
「つまりイェルカ様は、呪いを解いた私を何故か気に入った、と」
「うん! こうび……あ、間違えた! お嫁さんにしたいれ」
「5歳児に不穏な単語使わないで!!」
「ごめんなさい、お父さんの口癖がうつっちゃった……」
しょぼんとして謝るイェルカ様。
それが口癖って、どんな生活送ってんだよイェルカ様の父親……。
気にはなったが無視することにした。世の中知らなくてもいいことは割とたくさんある。
「それで里を追い出されて行き場がないから、我が家にお世話になると」
「王宮に来てもいいよって言われたけど僕王子じゃないし、ロジエルの婚約者になるからね」
「まだなってませんから! ……で、私の護衛になったんでしたっけ」
「ロジエル、歌姫としてすごい力を持ってるでしょ? だから最強種族の僕が護衛になれば心強いでしょ?」
にこっと無邪気に笑って問いかけてくるイェルカ様。
笑顔が可愛いすぎてキュンとする。どうすればいいんだ。とりあえずショタイェルカ様最高。
いや違う、流されるな私。明らかに私の意思を無視して話が進んでるぞ。お父様も何を考えているんだ。護衛の話なんて急すぎるぞ。
我に返った私は抗議を試みる。
「私が寝てる間に何話を進めてるんですか! 理不尽ですよ!」
「……ロジエル、僕いや? 嫌い?」
目の前のとんでもない美少年がシュンとして私を上目遣いで見つめる。
くっ、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないで! 私は騙されないからな!
私が寝ている間にきっちりと外堀を埋められているではないか。これでは逃げられない。
というかイェルカ様本当に行動が早い。推しが強すぎる。
……イェルカ様の好意自体は嬉しいのだ。前世からの最推しキャラでもあるし、もちろん大好きだ。
でもそれは憧れ的なもので。恋愛感情では無い。
でもここまで好きと言われて心が動かないわけはない。うう……。
だんだん混乱してきた私はしれっと話題転換して逃げることにした。
「そもそもなんで呪いを受けたんです?」
「知らない人にリンゴ貰って食べたら呪いが入ってたの」
「不用心! 知らない人に物もらっちゃ駄目だって教わらなかったんですか!?」
「美味しそうだったからつい……」
「はぁ、それでどうしたんです?」
「父さんに……里長に具合が悪いって見せにいったら災いを呼び寄せる呪いだって言われたの。治らない呪いだって」
「そんなえげつない呪いだったのかあれ……」
「でも痛くて苦しくて、もしかして神殿になら治せる人がいるかもって聞いたから一生懸命竜化して来たんだけど、誰も気づいてくれなくて。もう痛くて駄目だ、死んじゃう──って時にロジエルが助けてくれたんだ。唄ってるロジエルは女神さまみたいに綺麗で、一目惚れしたの。だからお嫁さんにしたいなって思ったんだ」
「一目惚れからの嫁の流れが急ですね」
「今回の件で異端扱いされちゃったから僕もう里には帰れないんだよね。ここに置いてくれる?」
うるうると涙目で上目遣いに見てくるイェルカ様。
うん、可愛い、許す。ここに置いちゃう。
「まぁ、そういうことなら……」
「あ、あと僕母さんのお姉さん……叔母さんの家に養子に入ることになったから侯爵子息になるんだ。これで身分の釣り合いも取れるよ! 心配しないでね!」
「ちゃっかりしてるな!」
おい待て、これ完全包囲じゃないか。完全に外堀埋められたじゃないか。本当に行動が早いなイェルカ様。見事な手腕だよ、驚嘆に値するよ!
イェルカ様の行動力に感心しつつ、そこでふと考え直す。
でもよく考えてみたら、今ここでイェルカ様と婚約してしまえば王子と婚約しなくてよくなり、妹と争うこともなくなるのでは?
私はイェルカ様が嫌いではない。どちらかと言うと好きの部類に入る。
せっかくだから恋愛するならきちんとしたお付き合い期間を設けてからがお互いのためにも良い気がするのだけれど……。
うん、ならば。その期間を設ければいいのよね!
一人納得した私は首を傾げてこちらを見つめる美少年に向き直ると、にこやかに提案する。
「分かりました、イェルカ様」
「お嫁さんになってくれるの!?」
「違う! 落ち着け! 早まるな!」
ぱあっと顔を輝かせるイェルカ様。だから気が早いって! 私まだ5歳! あなたもまだ6歳!
人生は始まったばかりも同然なんだよ!
いかんいかん、今の私は公爵令嬢。お嬢様なのだからお淑やかにね。
「私は人となりも知らない殿方といきなり婚約するのは嫌ですわ。ですからまずはお試し期間といきませんこと?」
「お試し?」
「デートなどをしてお互いのことを知って、親睦を深める期間を設けたいのですわ」
しばらく考えた後、悪くないと思ったのか黒髪の美少年はにっこり笑って私の提案を了承した。
「うん、いいね! いいよそれ」
「それは良かったですわ。これからもよろしくお願いしますね、イェルカ様」
「うん、よろしくね。ロジエル」
交渉成立。にこやかに笑みを交し、握手をする。
かくして私とイェルカ様の「お試し期間」はスタートした。
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