6 懐かれました

「……ん」



頭に何かがのせられる。

額にじんわりと広がる冷たさを感じて、心地いい。

そのまま柔らかく頭を撫でられる感触がして、私の意識は浮上した。

よいしょ、と体を起こすと額にのせられていた布が落ちた。

なるほど。先程の感触はこの布だったのか。


辺りを見回すと、華やかな色彩が目に飛び込んできた。可愛らしい少女趣味満載の部屋。天蓋付きのベッドに私は寝ていて、周りにはパステルカラーが溢れている。

可愛らしい猫足家具に、たくさんのぬいぐるみ。

間違いない。私の部屋だ。



「--おねえさま! 起きましたのね!!」

「げふぅっ!」



およそ乙女とは思えない声を出して私は妹のタックルを受け止めた。



「しんぱいしましたのよ! ドラゴンのもとに一人でいくなんて! オリヴィアさまもおかあさまもご立腹てしたわ!!」

「……」



涙を流しながら抱きついてくるロシェルカに、私は文句を言おうとしていた口を閉じた。

どうやら相当心配させてしまったらしい。よく考えたら魔術で縛り付けてその場をあとにしたのだ。そのまま一人でドラゴンの元へ向かった私を見て心配気ないわけがない。しかも状況から察すると私はぶっ倒れたらしいから余計だろう。

よかったと繰り返し呟く妹に申し訳なさが募る。


--ごめんね、ロシェルカ。心配かけたよね。

でも、後悔はしていない。

あのドラゴンを見た瞬間放っておけなくなった。

何がなんでも助けたい、助けなきゃと思った。

私が助けなきゃいけないと。ただそれだけで必死に初代の歌を唄った。

おかげで今全身がだるいけれどドラゴンを助けられた達成感で心は満ちている。


それにしても本当に体がだるい。まるで全身に鉛をつけているみたいだ。

先程から頭もズキズキと痛むし、魔力に至っては回復していない様子だ。



「うーん、だるい……」

「初代の歌なんてうたうからですわ! おねえさま、魔力も体力もつきかけて死ぬすんぜんでしたのよ!? オリヴィアさまがすばやく処置してくださったからよかったですけど……少しはしんぱいするこちらの身にもなって下さいませ!」

「あー、ごめんねロシェルカ。心配かけたわね。……本当にごめんなさい。今度からは無茶しないわ」

「約束ですからね! 二度としてはダメです!」

「……うん」



あう。釘刺された。

でも心配させたのは本当だし、反省しよう。

次はしないと思うよ、うん。……多分。



「なんで目を泳がせますの、おねえさま」

「んー、うん。なんでもないよ」

「つぎは絶対だめですわよ」

「……はい」



妹がじとーっとした視線を浴びせてくる。

これは信用してないな。仕方ない、前科があるもんな。またやると思ってるなこれは。

--よし、話題を変えよう。そうしよう。

あ、逃げたって? おうとも、私は逃げる。こういうのは逃げるが勝ちなの!



「そう言えば私、どのくらい寝てたの?」



急な話題変換にロシェルカはまだ訝しみの視線を向けつつ、答えてくれる。



「三日です」

「三日」

「ぜったいあんせーですのよ。おねえさま、今魔力もすっからかんでしょう」

「うん、体もだるいし頭も痛い」

「もう! 寝てくださいませ。ねる以外おねえさまは今なにもしてはだめです!!」

「はい」



ロシェルカの言葉に素直にベッドに逆戻りする。

ここは大人しく言うことを聞いておこう。

まだ眠いし、体が疲れているのなら睡眠が一番の回復になる。

ロシェルカに布団を掛け直され、頭に再度水を絞った布をのせられる。

額から感じるひんやりと心地よい冷たさに、熱が出ているのだと始めて気づいた。


そのままベッドに横たわっているとすぐさま睡魔が襲ってきた。

その誘いに誘われるようにして瞼を閉じると、私は直ぐに眠りに落ちた。











「……えーと」



--私、ロジエル・イグニシア。

ドラゴンの呪いを解いて魔力と体力を使い果たし、倒れて眠って起床したら、ベッドの横に黒髪の美少年がいました。


どゆこと!?


え? なんでこうなった? え? 何コレ? どういう状況?

ひとまず冷静になろうと思って状況説明したけど余計に訳が分からなくなった。本当にどゆこと!?


取り敢えず美少年を観察する。


艶やかな黒髪はまさに漆黒。サラサラとして綺麗で、前世で日本人だった私には見慣れた色彩の筈なのに同じ黒でもどこか違う気がした。

髪と対照的に透き通った肌は陽の光を浴びたことがないのかと疑うほどに白い。


目を閉じているので瞳の色は分からない。けれど顔は恐ろしいぐらいに整っていて、呼吸で僅かに上下する体を見ていなければ人形だと言われた方が納得できるくらいだ。



「ん……」



あまりの綺麗さに思わず顔をガン見していると、黒髪美少年がモゾモゾと動き、ぱちっと目を開けた。

何度か瞬いたあと宙に視線を漂わせ、起き上がってこちらを見ている私に気づいた。何故か私を見て喜んだような表情をすると、そのまま直ぐに上体を起こしてこちらを向く。

起きたことにより明らかになったその双眸の色に驚き、私は固まった。

黒髪美少年の眼は、銀と赤のオッドアイだったのだ。



「あ、起きたんだね。おはよう、ロジエル」



少年にしては少し高い声で、黒髪オッドアイ美少年はふわりと柔らかく私に笑いかける。

なんで私の名前を知っているんだ? ていうかなんでここで寝てたんだ?

混乱したまま、取り敢えず問いかける。



「いや、どちら様ですか……」



そこで言葉は途切れ、ふと黒髪美少年の銀と赤のオッドアイをのぞき込む。

この色彩、どこかで見たような……。それにこの顔……。どことなく引っかかる。


この美少年、見たことあるような気がする。しかし、どこでだろう。「ロジエル」はまだ五歳で神殿以外は出歩かないから会う人は限られるはずだが……。



「あ」



いや、やっぱり私この美少年見たことあるぞ。

「ロジエル」としてではない。例のゲーム、ラブラビで。

うんうん唸りながら前世の記憶を探る。そして--思い出した。



「ああああ!!」



重要なことを思い出した。そう、とっても重要なことだ。

なんてこと……。なぜ忘れていたのだ。私の一番最推しキャラ。

は前世の私の最推しキャラだった。

ただし、モブキャラ。そう、モブキャラ。モブなのだ。


乙女ゲーム「ラブラビ」は攻略対象はもちろん素敵なイケメンばかりなのだが、モブもイケメンキャラばかりだったのだ。


彼はそのうちの一人。

ハイランドア王国の北、レンドア山脈より古くからあるひとつの集落。ドラゴンと共に在り、ドラゴンと共に生きる種族、竜族が住まう場所。

ハイランドア王国とは不可侵条約を結ぶその里は「ドラゴンの里」と呼ばれている。

そのドラゴンの里に住む里長の息子。竜族と人間のハーフ。

黒髪に銀と赤のオッドアイが特徴的な目の前にいる少年。

彼の名前は--



「イェルカ・リー様?」

「僕の名前、知ってるんだ?」



とても嬉しそうに笑う黒髪美少年。

そう、名前はイェルカ・リー。

ロジエルより一つ年上。とすると今は六歳か。

ゲームでは青年姿だからピンとこなかったけど、面影は所々ある。

前世の私が一番好きだったキャラである。


ハイハンドア王国の王子の幼馴染であり、竜族と人間のハーフなのたが。イェルカの母親が現国王の妹なのだ。最も、妹は私たちと同じ双子だったらしいが。

王位継承権は持たないが、王族の一員として自由に城を出入りすることを許されている。

ゲームで竜族のハーフだと知ってはいたけれど。



「竜族がドラゴンになれるなんて知らなかった……」



竜族はレンドア山脈の奥地に住まう古の種族。

俗世と関わりをあまり持たないので、ゲームにも殆ど出てこなったのだ。



「竜族は皆竜化してドラゴンになれるんだよ。僕みたいなハーフが竜化するのは珍しいらしいんだけどね」



へえ、そうなんだ。つまり私が助けたドラゴンはイェルカ様だったのか。

イェルカ様がにこにこと微笑みながら説明してくれた。えっへんと得意げに胸を張る姿が可愛い。最推しキャラ尊い。

……いやまぁ、それはさておき。肝心なことを聞いてない。



「というか、なんでここにいるんですか?」



当然のようにここで寝てたよね。すぅすぅ寝息立ててたよね。

……あれ。この部屋にいるってことはここにわざわざ来てくれたってことで……。え、ていうかこれ私寝顔見られたよね。憧れの最推しキャラに寝顔見られたよね!?

ちょっと待って。私変な顔してなかったよね!? ヨダレとか垂らしてなかったよね!?

ヤダ初対面がヨダレ垂らしただらしない寝顔とかだったら私は恥ずかしさで死んでしまう。立ち直れない。どうしよう。寝顔見られた……。

……やばい余計に混乱してきた。落ち着くんだ、私!



混乱する私をよそに、イェルカ様は話しかけてくる。



「んー。僕を助けたことは覚えてる?」

「はい」

「竜化してた僕の声聞こえてたんだよね? 君」

「ええ、まぁ。だから全力で解呪したわけですが」

「普通竜族以外は竜化した僕達の声なんて聞くことはできないはずなんだけどな。やっぱり運命なのかな?」

「はい……?」



やけに一人でウンウンと頷いているイェルカ様。

運命とかって何の話だい?

頭に疑問符を浮かべていると、イェルカ様は先程より妖艶な笑みを浮かべた。

とても六歳とは思えないほど大人びた、そして色気を微かに含んだ笑顔は壮絶な美貌と相まって私は思わず魅入ってしまう。

笑みを保ったまま、イェルカ様は告げた。とんでもないことを。



「僕、君のこと気に入っちゃったんだ。お嫁さんにしたいなー的な意味で」

「……へ?」

「だから君のお父さんに直談判したんだ。そしたらまずは『清いお付き合いからはじめなさい!』って言われたの。だからまずは添い寝しようと思って」

「は?」

「あと僕、呪い受けて一族から異端扱いされちゃって里から追い出されたの。行くとこないって言ったらイグニシア公爵家にお世話になることになったの。君の護衛としてね。よろしくね?」

「え、待って。すんごい展開についていけない、どういうこと?」

「うーん、簡単に言うと、僕ロジエルのこと好きにっちゃった! 結婚して欲しい!」

「はいぃ!?」



ロジエル・イグニシア、五歳にして求婚されました。

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