15 不思議な商売人

 饅頭片手に並び歩く三人。問題なくすんなりと入れた南部の露店通りでは、商うものこそ違えどハイゼルンの雰囲気によく似ていた。

 活気溢れる通りでは、大人から子供まで駆け回り、呼び込みの声もそこここで響き渡る。


 すれ違うのは巡礼者だろう法衣を着た者が多いが、旅の商人らしく巨大なリュックを担ぐ者や、荷物を背負わせた馬を引く者もいる。

 教会があるだけだった一昔前ならいざ知らず、何も今では西へ赴いた者全てが信心深いとは限らないらしい。富を求めて西へと歩みを進めるものも多いようだ。


 情報収集とは言っていたが、リオの仕入れる情報といえば饅頭に関するものばかり。店から店へとより良い味を求めては歩く。確かに美味い。が過ぎたるはなんとやら。何軒もはしごして饅頭ばかり食べさせられればさすがに飽きる。

 しかし、アイリの倍は食べてるはずのリオはこれ以上ないような幸せ顔で歩いていた。


「さすが聖地と言われるだけあるわね。オーソドックスな餡子の饅頭から、肉、野菜、なんでもござれ! 恐るべし聖地ドリス! さー次はどのお店に行こうかなー」


 恐ろしいのはリオの胃袋だが、わざわざ寝た子を起こすこともない。重くなってきた胃と気とも相まって、アイリはため息一つした後、黙って付き従うことを決め込んだ。

 すると端から耳慣れない声が舞い込む。


「よ、そこの兄さん達! レナード印のうんまい饅頭、一つどうや?」


「三つちょうだい!」


 ほとんど反射的にリオが応える。


 声をかけてきたのは妙な言葉使いの若い露天商。珍しいのは言葉遣いだけではなく、格好もだ。周りの様子から察するに彼が纏ったターバンと、法衣とは違うやたらゆったりした薄汚れた白いローブは、この地に住まう者の特有性というわけではないらしい。


 リオのあまりの反応の速さに、一時は言った商人も口を開けポカンとしていた。しかしすぐに商人らしく笑顔を見せる。商人だからこの笑顔を覚えたのか、それともこの笑顔だから商人になれたのか。大成する商人がすべからくもつ笑顔を彼もまたもっていた。


「いい決断力や。姉ちゃん、気に入ったで! ほい、一つサービスしといたる」


 若い商人はおかしそうに笑いながら、代金と引き換えに紙袋をリオに渡した。


「それにしても勝手にレナード印なんて書いていいのか?」


 プルートが白い湯気に包まれた蒸篭の上の饅頭に目を落とすとレナードという文字が堂々と饅頭に焼き付けられている。


「かまへん、かまへん。こんなうまい饅頭に名前書かれるんなら本望やろ。まずければ怒るかもしれへんけどな」


 からから笑いながら言ってるが、教会の連中に聞かれれば下手をすれば営業停止じゃすまない。妙なことに巻き込まれたりする前に立ち去るのが吉だろうと、アイリは相手もそこそこに歩き出そうとした。しかし、


「おいしー! 今までで一番おいしいわ!」


 キラキラ目を輝かせながら興奮気味のリオ。てっきり三つはアイリ達の分かと思いきや一人で二つ目に手を付け出している。


「うまいやろ? なんたって饅頭の聖地のこのドリスの中でも一番やからな。知らんでうたならあんさんら運がええで。もーすぐ売り切れんなるとこやったし」


 不意に商人の前に、饅頭屋には不釣り合いな銀貨が一枚リオから晒される。つり銭が面倒な量になるためまず饅頭を買うのに出しはしないだろう。商人は理解が出来ず訝しげにリオの顔を覗きこんだ。


「残り全部売って!」


「はっはっは! おもろいねーちゃんやなぁ。うまいうまいと驚かれたことはあっても残り全部売ってくれ言われたんは初めてや。ますます気に入ったわ。でも饅頭はあと七個で終いや。だからそんな銀貨はいらんで」


 先ほどよりさらに楽しそうに笑いながら商人が答えると、リオは予想より少ない残りの数にしょげた顔をしながら代わりの銅貨を差し出す。


「どれ、一個くれよ、リオ」


 リオの様子に我慢できなくなったプルートが、リオの返事を待たずに紙袋から残る一つの饅頭を掴んでは食んだ。

 リオが文句を言おうとプルートの顔を覗くが、それより先に驚いてしまって声が出ない。

 プルートは一口食べるなり涙を流していた。


「――ってそこまで美味いのかよ!?」


「美味い……! 美味いけどそれだけじゃなくて――なんだか……」


「――面白い兄さんらやな。なんだか、わいも兄さんに食ってもらって嬉しいで。まさか泣いてくれるとは思わんかったわ。わいの腕もそこまできたか!」


 満足そうな笑顔を浮かべる商人。


「時に兄さんら、ドリスは初めてかいな?」


 ふと、袋に饅頭を詰めながらの商人から問いがとぶ。プルートは来たことがあったがアイリは記憶がなく、リオも初めて。二人がコクリと頷いた。

 てっきりただの世間話の類だとアイリは思っていたが、そういうわけでもなかったらしい。


「ほんならわいがこの街案内したるわ! どのみちねーちゃんのおかげで今日はもう暇やからな。地元のやつしか知らんような穴場を案内したるで」


 少し考えるように斜め上を見たと思うと、そんなことを言い出した。教会の情報収集という目的がある以上、アイリは断ろうと口を開こうとしたがそれより早く、


「他にもおいしいお店とか分かる?」という脅威の胃袋を見せるリオに、

「お前はまだ食べるか!」と突っ込みを入れることになった。


「知っとるで~。饅頭でわいの店に敵う店はあらへんけどな。他にもぎょうさん美味い物があるで」


「それはいいな。饅頭は確かにここより上はなさそうだから、今度は他の料理だな」


(……あ、プルートさんもまだ足りませんか……)


 アイリはがっくりと肩を落として反論を諦めた。




 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




「わいの名前はロギン。ドリス一の饅頭屋にして、ドリスの案内人もやっとるからなんでも聞きや。本当は金とってやっとるんやけど、あんさんらは気に入ったから金はいらんで」


 プルートと年のころは同じくらいだろう。とにかく言葉と格好が目を引く。リオは記憶をたどったがこんな方言の地方に思い当たることはなかった。尋ねようかも思ったが、あいにく口は饅頭を食べるのに大忙し。とりあえず置いておき、ロギンの案内に耳を傾けることにした。


 ターバンからのぞく揃って銀色の髪と瞳はどこか幻想的ではあったが、柔和な笑顔が人を牽き付ける。なるほど商人向きかもしれない。

 それを裏付けるように案内している間でも歩くたびに町の人に声をかけられる。


「おぅ、ロギン。デートか?」

「あほ、よう見いや。ぎょうさん男も連れとるわ。仕事や」

「ロギン、今度は負けねーぞ!」

「はいよ、いつでもかかってきな」

「ロギンさん、いい魚が入ったんだ。食べにきてくれよ」

「いつもすまんなァ。ほんなら帰りに寄らせてもらうわ」


 老若男女問わず、声を掛けられている。正直アイリはこんなに大勢の人から名を呼ばれるロギンが羨ましく思えた。自分の知っている人間も、自分を知る人間も数える程しかいないのだから。

 しかし妬ましいわけではない。見ているだけで自分もその人の輪に入れた気がして心が和む。


(人を恐怖に陥れる存在の自分とはえらい違いだな……)


 一瞬もたげた陰鬱な考えを頭を振りながら払う。すると、その途中、アイリが目の端にとらえたのは女の子にからむ数人の男達。

 アイリが声を上げようと口を開くがそれより早く、


「どあほ! 何やっとるんや、お前ら! 次に騒ぎ起こしたら許さん言うたはずやろ」


 先にロギンの怒号が飛ぶ。男達はその言葉を聞いて申し訳なさそうに弱々しく声を出す。


「ロギンさん……! い、いや売り込みをしてるんですが……」


「ほんならもちっと穏便にやれや! 怖がっとるやないか。商売人は客を大事にしてなんぼや」


「へ……へぃ、すんません!」


「ったく。すまんの、嬢ちゃん。こいつら堪忍したってや」


 ペコペコと女の子に男達は謝りだした。それを見送りロギンが戻ってくる。


「すまんな。みっともないとこ見せてもーて」


「いや、なんかあんたが羨ましいよ。みんなに好かれてんだな」


 アイリは思わず口に出していた。そんなアイリの言葉をロギンは笑って返す。


「そんな大層なもんやあらへん。それにこれは……罪滅ぼしみたいなもんや」


「罪滅ぼし……?」


「わいかて後悔しとることが一つや二つある、羨ましがられるようなもんじゃないっちゅうーこっちゃ。――さ、くだらん話は置いといて着いたで。ドリスに来たんならまずはこれ食わんとな!」


 一瞬浮かべた寂しげな笑顔はすぐに消え、すぐにさっきまでの笑顔に戻る。アイリ達は辿り着いた店にロギンに案内されるがまま足を踏み入れた。

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