11 正体
「逃げられたな」
いまだ大地から熱を感じるがようやく炎は収まり、グレーセルが静かに口を開く。山火事は免れたらしい。
「しかもオレの可愛いスノファナちゃんで逃げたようだな。あいつら気難しいのに。これでは追いつくことはできまい。まさか魔王イステファンの呪文とは……いやぁ、まいった」
大してまいったようには思えない口調だが、バジルにしてみればここまで思惑と異なる展開となったことは長い時を振り返っても記憶にない。
「いいのか?」
「いいわけはないが、とりあえず本部に戻るしかないな。もしかしたら向こうから来てくれるかもしれんし」
「そんなことがあるのか?」
「もしかしたら、だがな」
うっすらと明るくなり始めた空を見ながらバジルは呟いた。
(そういえば……。過去に一度だけ、あの時もしくじったな……)
バジルはふと古い記憶をぼんやりと思い出していた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
空が白み始め、朝の匂いが立ち込めてきた。
北の街道へと戻り、一行は一路西に進路をとる。邪魔な檻をとっととはずすとスピードはさらに上がった。よく見れば檻は手製で改造したらしくプルートはそこら辺に放置していくのがなんだか申し訳なく思えた。
それを二人に伝えると、
「そうは言っても邪魔だしなぁ」
「ウルトラバカね。自分が閉じ込められたモンに同情してどうすんのよ。燃やしてやりたいくらいだわ!」
と、まるで取り合ってもらえなかった。プルートは別に気を悪くしたわけではないが何となくそれから黙っていたのだが。
しかし、いまだに正体を語り始めてくれないリオにプルートが遂に業を煮やし尋ねる。
「リオ、そろそろあいつらの正体を教えてくれないか?」
手綱をにぎるリオが意外そうな顔をプルートに向ける。
「目的地教えたのにまだ分かってなかったの? だから、教会よ。 相手はたぶんレナード教の連中だわ」
「教会!?」
アイリは目的地を聞いておおよそ察していたが、プルートにしてみれば思ってもみなかったことらしくまともに驚いている。
「ここより西で力のある組織って言ったら、ドリスにあるレナード教だけだもの。それにグレーセルが脱走したなんて話、私の耳にも入ってないわ。権力者がこっそり出したのよ。
教会が稀にそんなことするって聞いたことあるし。あいつらの言動や、教会に泊まろうとしたことといい、まず間違いないわ」
「教会がなんで兵器要るんだ?」
「それは知らないわよ。ただ教会だって一国並みの力があるって言ったでしょ?」
「でも教会だったらレナーデルが本拠だろ? なんでドリスなんだ?」
大国にも認められている宗教はレナード教しかない。そのため単に教会といえばレナード教を指すのだが。教会には二大聖地がある。レナード教生誕の地、レナーデルとレナード終焉の地、ドリス。
ドリスは巡礼者こそ多いが本拠は主要施設の大半があるレナーデルの方だった。
「確かに教皇がいるのも聖堂騎士団の本部もレナーデルだわ。でもドリスにも本部があるの。レナード教の裏組織、密偵や暗殺など聖堂騎士団が表立ってできないような後ろ暗いことをしている連中のね。その実態は闇に包まれているけど、本部はドリスだと言われてるわ」
「なるほどな、まぁ乗り込めば分かることか」
プルートの発言にアイリが反射的に聞き返す。
「乗り込む気なのか?」
「そのためにドリスに向かっているんだろ?」
「違うわよ!」
慌てて否定するリオに、プルートはアテがはずれた顔をしたが、まずは情報収集という言葉にとりあえず従うことにした。
アイリは二人の会話があまり耳に入らなかった。それよりも去り際に耳にしたグレーセルとバジルの会話が頭にずっと残って離れなかった。
「あのさ、ドリスに行く前にちょっと例の現場に行かないか」
確かに割りと近くまで来ていたが、レナード教会が襲って来た連中だと特定した今では特に行く必要もない。
「あれだけ嫌がっていたのに、どういう風の吹き回し?」
「……いや、やっぱり行ってみたくなったんだ」
いつになく真剣な様子のアイリ。それを見たリオは文句を言うのを諦めた。
「仕方ないわね。どうせドリスに向かっても今日中には着けないし、ちょっとくらい寄り道してもいっか。プルート場所覚えてる?」
「ああ、覚えてるぞ」
「それじゃ道案内お願いね」
もはやスノファナ達はすっかりリオに付き従うようになっていた。
リオの強引な手綱さばきにもしっかりと応え、急激に南へと進路を変えたものだから、落としそうになった帽子をプルートは慌てて押さえる。
スノファナだからこそ走れてはいるが道なき道は相当な悪路だった。まず背の低い木々が並ぶ草むらを抜けることとなり、その木々をスノファナ達が急激に曲がって避けるものだから、乗り心地は最悪。アイリからすれば、これならば時間がかかろうとも歩いたほうがいくらかマシというほどだ。
草の丈も低くなり、草原へと入ると乗っているのも大分楽になった。遠目に見えるミルガーデンを目にすると、アイリはワイズを思い出した。礼はしたかったが、こんな状況では立ち寄るわけにもいかない。それに目的も遂げずに戻れば、ワイズに怒鳴られることは間違いないだろう。
ミルガーデンが背後に回り、ぐんぐん小さくなっていくと、また御者台が軋み始める。
こんな悪路で車輪やらがいかれないか心配だったが、どうやらスノファナに合わせていささか高級な代物らしい。
ミルガーデンが見えなくなった頃に、プルートは二人に声を掛けた。
「リオ、もう少し西だ。二人ともこの辺は砂塵が舞うから何かで顔を覆っておいて方がいい」
辺りの風は急に強くなり始め、さっきまでの様子とは打って変わって地表は岩だらけ。
さすがにスノファナも少し走りづらいのかややスピードが落ちたように感じる。
もう昼は回っているだろうが、朝方良かった天気も今では空一面に雲がかかり、薄暗かった。なんだか近づくにつれどんどん天気も悪くなるようで気が滅入る。唯一あった村も消え、今ではこの周辺に集落は一つもない。
ここで雨に降られれば、着替えもろともずぶ濡れなのは間違いない。リオはそんな心配をしていたが空から雨粒が落ちることもなく、件の土地へと辿り着いた。
その光景にアイリとリオの二人は息を呑む。耳を澄ます必要もなく入ってくる風の音。急に自分を包む空気が冷たくなったのではないかとさえ思ってしまう。
何もない。ここに人がいたとは到底思えない。ここに人がいたとは思いたくもない。
空恐ろしい景色に二人はしばし言葉が出ない。一度訪れたとはいえ、プルートも同じ思いだった。
「なにこれ……、廃墟すらないじゃない。本当にここに人が住んでたの?」
リオの震える声。アイリは何の言葉も発せず、ただその有様を見つめていた。
「今回の影響範囲は今までで最小の範囲より、さらに三分の一程度って聞いてたのに……。正直、これでも十分過ぎる被害だけど、過去の被害を考えるとゾッとするわね……」
「まったくだ。ここにあったはずの村がすっぽり消えている。思い出や歴史はなぎ払われ、廃墟や遺跡にすらなることを許されなかった。こんな兵器、もう使わせてはいけないんだ」
見据えたプルートの目には、決意の色が窺える。
ついぞアイリが口を開くことはなかった。ただただじっとその虚ろな穴を見つめていた。
心なしか表情が段々と険しくなっている。そんな風にリオには思えた。
口数も少なく三人はその場所を後にした。
やたらと耳障りな風音だけを残して。
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