10 囚われの三人

「さて、出て貰おうか」


 不意に聞こえてきたその言葉でアイリは目を覚ます。


 アイリは不覚にもいつの間にか寝てしまっていた。それはリオも同じだったようでしきりに寝惚け眼をこすっている。プルートだけはしっかり起きていたようで声をかけてきたバジルに顔を向けている。


 どれだけの時間が経ったかはよく分からないが、促され表に出ると、辺りはとっぷりと闇に包まれていた。淡い月明かりのほかに灯りらしい灯りと言えばバジルの持つランプ一つだったが、生い茂る林に囲まれて町があるのが見て取れた。

 いや廃墟と言ったほうが正しいか。


 ランプを照らしながら先頭を行くバジルと、最後尾のグレーセルに挟まれ、三人は廃墟の中を歩かされる。スノファナは逃げる心配がないのか放置していくらしい。確かに多少の鎖で繋いだ所で魔獣であるスノファナなら簡単に逃げてしまうのだろう。


 清澄な空気の中、時折吹く風は少しひんやりとしていて、草木をそよがせていた。

(この廃墟が、こいつらのアジトか……?)

 アイリはそう考えたがすぐに否定されることになった。


「いや、悪いね。スノファナちゃん達のスピードをもってしてもまだ目的地に着かなくてね。夜通しってのもなんだし、今日はここで一泊してもらうことにしたよ。都合のいいことに牢もあるからな。ま、ご覧の通り今は廃墟だが、寝るだけなら困らんよ。もっとも、もう眠くないのかな?」


 別段答えは返さなかったが、気にする様子もなくバジルは一人でしゃべっている。

 自分達が先ほど刃を交えたことなど忘れているかのようなバジルの振る舞いだが、アイリは警戒を解く気になどもちろんなれなかった。

 合いの手を入れる気もまったくなかったが、耳に入ってきた言葉から、この町がなぜ廃墟になったかを説明しているらしい。

 数年前に幻獣に襲われたのが原因だとか。


 そんな話を聞くうちに町の中心にあるひときわ大きな建物に辿り着いた。

 教会のようだ。作りがしっかりとしていたのか、周りの建物がほとんど建物と呼べないような有様の中、教会だけはしっかりとそれと分かった。壁や屋根にはところどころ穴が開いてはいたが、教会特有の尖塔は健在だ。


 中に入るなり、さっそく地下の牢屋に三人まとめてぶち込まれる。多少薄汚れ、崩れた壁の石が転がったりしているが、確かに寝るだけなら困らない。バジルの言う通りアイリとリオは全く眠くはなかったが。


「じゃ、こんなところで悪いが一晩だけだから我慢してくれ」


 そう言い残したバジルは去り際、錠前に手をかざすと何やら呟いてから上へと上がる。

 拘束は解いてくれていたが、牢屋は幾多の咎人とがびとを閉じ込めた力強さがそのままで、丸腰の現状ではどうしようもなさそうだ。もっとも今逃げたところで何にも意味はないのだから、脱出の方法を考えるのはひとまず中断する。


 元より逃げる気はなかったのか、プルートは壁に背を預け、座り込んでいた。


「教会に牢屋があるなんてな。教会なんて来たことがなかったから知らなかった」


 プルートの声が、じっとりとした空気の地下に響く。


「教会は異端者やお尋ね者なんかの討伐もやってるからね。教会の軍事力は聖堂騎士団含め大国のそれに匹敵するわ」


「それにしてもここはどこなんだろうな?」


 たわいない二人の会話聞き流し、アイリはこの地に着いてからの疑問を口にする。別に答えを期待しての問いではなかったが、意外にもプルートからその答えは返って来た。


「北の街道を西に進んできたようだからな。走ってきたスピードと時間を考えるとミルガーデンのちょっと手前だな。ここは街道よりさらに少し北に入った所のようだが」


「もうそんなに来たのか! よく分かるな」


 スノファナのスピードとプルートの野生的な勘にアイリは驚嘆した。


「ずっと起きていたからな」と言うプルートだったが、起きてたって普通は分からないだろとアイリは口に出さず嘆息交じりに思う。


 その後もとりとめのない雑談をしていると、いつのまにかプルートが寝息を立て始めた。

 眠れない二人は手持ちぶさたな時間を過ごす。ふと、そんな中リオから唐突な言葉が発せられる。


「さてと、話してるのも疲れてきたし、上の連中も警戒が緩んだ頃合いだろうからそろそろ逃げよっか?」


「逃げる!?」


 いきなりなリオの言い草にアイリは思わず聞き返す。その言葉にプルートの目も覚めたようで、ゆっくりと体を起こす。


「しー! 声が大きいわよ! もともとあいつらの正体が分かったら逃げる作戦なんでしょ?」


「分かったのか!?」


 リオの言葉にプルートが食いつく。眠気は一気に吹き飛んだようだ。


「九割方ね。たぶん間違いないわ」


「けど分かってもこの様じゃ逃げらんないだろ?」


 アイリの言葉に得意げにリオが答える。


「さっきバジルってやつが鍵に何かしてたのは魔術で鍵をかけてたのよ。開錠の呪文はマイナーな上、結構難しいし、私達が魔術を使えないと思って油断したみたいだけど。何を隠そう私封印解いたり、鍵開けるのは得意中の得意なのよね」


「なんか微妙な得意分野だな……」


「それより正体を教えてくれ」


 プルートは一刻も早く知りたかったのだが、リオにまぁまぁと勿体ぶられた。


「後でゆっくり話すわ。それよりこんな陰気な所さっさと出ましょ」


「仕方ない。そうだな、それじゃ早速鍵を開けてくれ」


「……ちょっと耳塞いでてくれる……?」


「なんで鍵開けるのに耳塞ぐんだよ。いいからちゃっちゃっと開けてくれ」


 リオはまだ何か言いたげな顔をアイリに向けたが観念したのか呪文を呟き出す。


「……暗い部屋、閉じられた世界。そんなのイヤ! お願い早く開いて! 願う閉ざされた扉かベルナードらの解放!」


 カシャンという音が静かに響く。鍵が開いたようだ。

 一瞬の静寂の後、


「……ずいぶん可愛い呪文だな。お願いって……。なんか寒気が……」


「うるさいわね! だから聞かせたくなかったのに! 仕方ないでしょ、子供の頃に作った呪文なんだから! 大体年端もいかない子供が、魔術を作るってこと自体すごいの!」


 アイリが自らの腕を抱きながら放った言葉に顔を真っ赤にしながらリオが必死に弁解する。


「もしかしてホントに子供のリオが作ったのか?」


「そうよ。今のおしとやかで可憐な私からは想像できないかも知れないけど、小さい時は近所のガキ大将を潰し歩くようなお茶目な子でね。よくおじいちゃんに怒られては真っ暗な蔵に閉じ込められてたわ……。その蔵の恐いことったら……もしもあんたが閉じ込められたなら一時間も持たずに改心したでしょうね」


「いやお前も改心しておけよ」


「だって首のない人形とかあるのよ! どんな趣味よ!」

「知らんがな。お前の爺さんの趣味なんて……」


「おかげで灯りの呪文は覚えたし、普通の鍵なら針金一つあれば余裕で開けるようになったもんだから魔術で鍵かけられるようになっちゃって。それで解除の呪文を自力であみだしちゃったのよ」


 アイリとリオの雑談がなかなか終わりが見えないので、黒幕について焦らされている身のプルートは口を挟むことにした。


「思い出を語らうのはここから出てからにしよう。あいつらの動きも読めないことだしな」


「そうね。でも、いきなり全員でってのもね……。アイリ、あなたちょろっと様子覗いてきて」


「お前……オレらに雇われの身だってこと忘れてるだろ……」


 とは言え、様子を見ることには賛成だったアイリはリオに言われるがまま偵察へ出向いた。


 階段から階上を確認し、アイリは足音を殺しながら一階へと昇る。外へと繋がる扉は目に入る位置にあり、簡単に抜け出すことが出来そうだ。


(……見張っているわけじゃないみたいだな、さすがに寝たか)


 ふと、別の扉が目に入る。薄く開いた扉の先に垣間見えたのは奪われたアイリ達の武器とプルートの大荷物。


(ラッキー、返してもらうぞ)


 音を立てないよう慎重に気配を消しつつ、部屋へと入る。

 すると小さくだが会話をする声が聞こえてきた。


(げ! 起きてるじゃねーか!)


 声の大きさからそこまで近くはないが、決して遠くでもない。実力を持つものほど気配を読むのも長けている。アイリは武器を抱えると、見つかる前にすばやく戻ろうとした。


「なんだと、それではまさかアレがラステアだと言うのか……?」


「そういうことだ。だから手を出すなよ、グレーセル」


 去り際に今までより少し強い声だったためか内容が聞き取れた。

 ラステアという単語に惹かれるが、とりあえず今は戻ることが先決。

 アイリは再び牢へと急いだ。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




「あいつら起きてるみたいだけど、今なら逃げられそうだぞ」


 戻ってくるなりのアイリの一言。


「それじゃさっさと行くか」


「そうね。寝るまで待ってたら何が起きるか分からないし、行ける時に行ってみましょ」


 二人の決断は早く、アイリの言葉から外へと出るまで実に迅速だった。

 そして何事もなく三人は外へと逃げられた。――かに思えた。


「まったく。武器がなくなってるから、もしやと思えば……」


 振り向けばバジルとグレーセル。

 やっぱり人生ってやつはそうそう上手くいかないらしい。そんなことを思いながらアイリは武器を構える。

 昼間の時とは状況が違う。リオの話が確かなら、わざわざ相手をする理由も捕まってやる理由もない。逃げの一手だ。三人とも思いは同じようだった。しかし簡単に逃がしてくれるはずもなく。


 迫り来るバジルとグレーセルを前にアイリとプルートに向かってリオが叫ぶ。


「少し時間を稼いで! 合図したら引いて!」


 何か考えのあるらしいリオの言葉に二人が頷くと、アイリはグレーセルに、プルートはバジルに向かって走る。


 雲の合間から漏れる、微かな月明かりの中、剣の打ち合う音が響く。


(こんなことならきっちり魔術の修行もするんだったわ……)


 リオは内心舌打ちしながら、呪文詠唱の省略などという高度なこともできず、やたら長い呪文を唱え始める。


 アイリはグレーセルにスピードでは分があったが、力で完全に劣っていた。しかし受け流すことに専念すれば、時間を稼ぐだけなら何とかできそうだ。

 絶え間ないグレーセルの攻撃をアイリは器用にさばいていた。


 プルートは昼間も感じていた疑問を抱いた。プルートとバジルはほとんど互角の戦いぶりだったが、プルートはバジルが自分に合わせているような気がしてならない。

(相手の力を測ってから戦う癖なのか……?)

 手を抜かれるのは気に入らないが、今の状況では好都合ではある。


 そんな状況下で二人がしばらく打ち合っているとリオから声が掛かる。


「アイリ! プルート!」


 その声を聞くやいなや二人はリオの位置まで下がる。


「――万物全てを焼き尽くさん! 喰らえ、これぞ我が火炎! 塵すらも残さぬ劫火バルバレスドーガ


 凄まじい轟音とともに目の前に火柱が、いや炎の壁が現れ、バジルとグレーセルの姿が遮られる。


「今のうちに逃げるわよ!」


 リオに言われるがまま、駆け出す二人。背中にちりちりと熱気を感じる。


「すごい魔術だな。山火事になるんじゃないか?」


「そりゃ魔王と呼ばれた人物の魔術だもの! 一発で私の魔力はすっからかんだけど」


 歴史上魔王と呼ばれたのはリオが知るだけでも三人いる。その存在は嘘か誠か、夢か現か。しかし彼らが編み出したと言われる魔術は確かに残っていた。


 駆ける一行の前に意外なものが目に入る。


「スノファナだ……」


 そこには置き去りのスノファナ達。今の轟音で目が覚めたらしい。


「乗るわよ!」


 見つけるやいきなり御者台に乗り込むリオ。続いて二人も乗り込むが、さすがに御者台に三人は狭い。


「おい、こいつら明らかにオレ達に敵意を向けてるぞ……」


 不安そうなプルートの声。スノファナ達は今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。


「いいから走りなさい! あんた達!」


バシッと一発手綱を当てるとリオの剣幕に負けたのか走り出すスノファナ達。


「プルート! 西ってどっち!?」


 リオの言葉を受けプルートは少し辺りをキョロキョロと伺うと、「あっちだ」と、指を指す。

一体何で判断したんだろうか。アイリにはまったく方角の見当などつかない。


「あっちね! それ、行きなさい!」


 リオの手綱さばきはおよそめちゃくちゃだったが、何故かスノファナ達に通じているらしく、しっかりと指した方角へと向かう。


「西に行くのか?」


「そうよ! 目指すは聖都ドリス! レナードついの地よ!」

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