第3節

 男はスラッシュから分けられたカップメンのスープを飲み干すと、落ち着きを取り戻したようだった。


「味の濃い物は久しぶりだ。病院食は味が薄くてな」


「入院は長いのか?」


 コダマは尋ねた。


「ああ。……残りの人生は病院だと思っていたよ」


「重い病気なのか?」


「難病でね。神経がどんどん麻痺していくんだ。……もう左手指の感覚は無い。最後は肺が麻痺して呼吸すら出来なくなる」


「ものも食べられなくなるの?」


 スラッシュが尋ねた。


「ああ。喉につっかえてな」


「想像したくないよ、そんなの」


「ハハハ……。だから俺は死のうとした。人間のままで死にたかったんだ」


「でも、出来なかったと」


 コダマの問いに、男はゆっくりと頷いた。


「覚悟が足りなかったんだ。やりたいことも沢山あるしな。大きな命題も抱えたままだ」


「命題?」


「あんた達、光速船船員に関わることだ」


「なんだ?」


「時間のズレだよ。光速で動いている物体は、光速で動いていない物体よりも時間がゆっくり流れるっていう。私はそれを解消する方法を、あとすこしで実現出来そうだったんだ。その矢先に……これだ」


 男は動かなくなった左手指をかざして見せた。


「周りの人間の仕業だろうな。私を未来に送り、そこで治療を受けさせ、時間のズレという大難問を解消させるつもりだったんだろう」


 男は「あいつかな、それともあいつかな」と、すでに光速の向こう側に消えた友人や知人に思いをはせた。そのうちに、目が赤くなり、滴が落ちた。


「どうして私だけ生きなければならないんだ? みんな勝手じゃないか……。どうして私だけこんな辛い思いをしなければならない? たとえ未来の世界に生きてたどり着いても、寄る辺もなく知人もいない。……そんなの、耐えられんよ……」


 男はがっくりとうなだれた。コクピットを沈黙が支配した。


「なあ教えてくれ。なんで私だけ生きなければならなかったんだ?」


 男はスラッシュとコダマを見やった。スラッシュは困った顔をコダマに向けた。コダマは腕組みをして目をつむったまま、何かを考えているようだった。そして顔を上げた。


「アンタにしかできないことがあるからじゃないのか?」


 その言葉で、男は顔を上げた。その目は爛々と輝いていた。


「そうか……そうだよな! 私には責任がある! 生きる責任が!」


 ほどなくして、船は目的時間へと到着した。


   *


 二百年後の未来に到着した男は、奮起していた。病院側から勧められた車椅子をはねつけ、自分で病院行きの車へと歩いて行った。


「また会おうコダマくん! スラッシュくん! 良いニュースを待っていてくれ!」


 コダマとスラッシュは男の乗った車を見送った。


「……なんだか、治療が要らないくらい元気になっちまったな」


「いいじゃない。病は気からっていうし」


「……俺は別に時間のズレなんて気にしないけどな」


「なんで?」


「特に悪いこともないからさ。それに……」


 コダマは踵を返した。休憩時間のあとは次の配達がある。


「時間のズレが無くなっちまったら、俺達の仕事もなくなっちまう。それって良いニュースか?」

                                     了

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