バック・トゥ・ホーム

第1節

 朝の六時半。コダマはアラームで目が覚めた。

 眠気で怠い体を起こし、洗面所へ向かう。顔を洗い歯を磨き、郵政公社の制服に着替えた。玄関を出る段になり、彼は玄関の写真立てに目がとまった。


 いつもは無視するかのようにしていたが、その日は違った。

 写真は二つ。赤ん坊の自分と両親の写ったもの。そして幼少の自分と母親だけが写ったもの。タイムスタンプはそれぞれ二五三三年九月八日、二五三九年九月八日となっている。どちらも、コダマの誕生日だった。そして今日は三一一二年九月八日。


「……何歳だ? 五七九歳か」


 相変わらず現実離れした年齢に、自分でも笑ってしまう。

 コダマは母親と自分だけが写った写真立てを手に取った。父親はこの年にはもう居なくなっていた。前年の、二五三八年の暴動で命を落としたのだ。二人だけの誕生日が寂しかったのだけは覚えていた。この頃から母親の落ち込みが激しくなり、体調も崩しがちになった。そして早くに亡くなった。


 それから彼は一人ぼっちだった。

 玄関を出、駐輪場に向かう。自分の自転車を見つけるとロックを外し、彼は郵政基地へと出勤した。


 空高く、天を衝いてそびえる建造物。宇宙空間に設置されている郵政基地プラットフォームへ続く、軌道エレベーターである。四時間ほどシートに座り、居眠りしながら待っていると、エレベーターはプラットフォームに到着した。


 これから三日間の連続勤務が始まる。否が応でも、気を引き締めるしかなかった。


「お帰りコダマ!」


 エレベーターの出口で、スラッシュが待っていた。

 スラッシュは地球外生物である。だから地球へは下りることが出来ない。プラットフォームが彼の家になっていた。出口ではスラッシュの他に、リズが待ち構えていた。


「コダマ。はい、ハッピーバースデイ」


 リズが、コダマにプレゼントを突き出してきた。コダマは豆鉄砲食らったハトのように目を丸くしている。


「あら? 違ったかしら。私の体内時計、狂ってる?」


「いや、間違っていない」


「ほらやっぱり。はい、ハッピーバースデイ」


「……おう」


 コダマの反応は淡泊だった。片手で受け取ったリズのプレゼントをもてあそんでいる。


「何歳になったの?」


 スラッシュが尋ねてくる。コダマは天井を仰ぎ見て答えた。


「五百七十九だったかな。開けていいか?」


「あとでね」


「へっ。大したもんでもないだろうに」


 コダマはそういって、プレゼントをポケットに押し込んだ。


「さぁ油売るのは終いだ。スラッシュ! 行くぞ」


「はぁい」


「行ってらっしゃい」


 コダマ達は駐機場へと向かった。


   *


「で、結局なんだったの? そのプレゼント」


 光速域に達した船内で、スラッシュはコダマのほうへ首を向けた。


「なんだろうな……」


 コダマはプレゼントの箱を無造作に開けた。中には青いバラのブローチが入っていた。


「いやぁコダマはモテるねぇ」


「バカ言うな。相手はアンドロイドだぞ。しかも一台」


「それ、彼女に言わない方が良いよ。今時、機械にも人権があるらしいから」


「反逆でも起こすのかよ」


「コダマみたいに、そうやっていつまでもスルーしてれば、反逆もしたくなるさ」


「……」


「ねぇコダマ。いつも思うんだけど、たまには感情を爆発させてみない?」


「それはお前がいつも食欲を爆発させているようなもんか?」


「そこまで頻繁じゃ、相手する僕も困るけど……。ナマコの僕でさえ心配なんだ。コダマの性格が、凝り固まらないかってね」


「俺の性格はいつもこうだ。今さらどうなるってこともならん」


「へいへい」


 その時だった。船に衝撃が走った。


「なんだ」


 コダマはシートベルトを締めた。


「わからない」


「なんか胸騒ぎがする。逆推力装置リバーサーを動かせ。止めるんだ」


「止まったよ」


「……なんだよこれ」


 星一つ見えない。暗黒の世界が、窓の外に広がっていた。


「遠隔測定システムダウン。ネットワーク切断。ここがどこだかわからない」


「冗談言うな」


「本当だよ」


「……メインエンジン始動。とにかく動くぞ」


「さっきから動かしているけど、ナビゲーションもダウンしているから動いているか分からないんだ」


「……」


 コダマは口に手を当て、思案し始めた。その様子を見守るスラッシュは思わず。

「重力井戸に落ち込んだのかな」


「……いや、もっと悪いかもしれん」


 すると、唐突に周囲に星が戻ってきた。


「あ……遠隔測定システムオンライン。ナビゲーションも復活」


「……時間は」


「え?」


「今はいつだ」


「九月八日でしょ」


「違う。年だ」


「え? 三一一二年……」


「遠隔測定システムで確認しろ!」


 スラッシュはコダマの剣幕に気圧された。そしてシステムで年を確認したとき、彼の顔色は真っ青になった。


「うそでしょ……」


「何年だ」


「に、二五三八年……」


 五七四年も、時間を遡行していた。

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