第3節

 届け先は裕福そうな豪邸だった。石造りの門の前に船を停船させると、すぐにインターフォンの相手が出た。


「郵便です」


 コダマは豪邸の応接に通された。壁には地球の各地で使われている切手が額に入れられ、ずらりと並べられている。どれも古い額面の切手で、少額だった。これらも趣味家にしてみれば、額面の何万倍もの価値があるのだろう。


「やあ、ようこそいらっしゃいました。ユージン・アルドリッツです」


 すらりとした色白の青年がコダマを迎えた。コダマは平身低頭した様子で、オークション品を差し出した。


「申し訳ありません。到着予定時刻を二十年も過ぎてしまいました。事故証明を添付させて頂いております。なにとぞご容赦ください」


 コダマは使い慣れない陳謝の言葉をつないだ。何故自分がこんな事をしなければならないと叫びたかった。


「それに関しては想定通りなんですよ。ええと、コダマさん」


 思いも寄らない言葉が出てきて、コダマは呆気にとられた。叱責の言葉や罵詈雑言が飛んでくると身構えていたからだ。


 アルドリッツは笑って荷物を受け取った。そして厳重な梱包をほどくと、中から安定キャニスターに入れられた古い封書をとりだした。


「おお……すごい! すごいぞ! 本当に僕の物だ! 僕の物になったんだ! ははっ!」


 アルドリッツはキャニスターに接吻をし、抱きしめた。それほどまでに、中の封書が愛しいらしい。


 コダマは奇妙な青年に対して、眉をひそめたい感情を抑えた。


「……あの、パトリック・アルドリッツ氏は……」


「パトリックは僕の祖父です。もう十年前に亡くなりました」


「そうでしたか。間に合わなくて申し訳ありませんでした」


 改めてコダマは謝罪の言葉を口にした。早いところ切り上げたかったが、ここでなおざりにするわけにもいかなかった。


「いいえ! 充分間に合いましたよ」


 またも、ユージン・アルドリッツは意外な言葉を発した。


「どういうことです?」


「祖父はこうなることを希望していたのです。この封書が新たな事故に巻き込まれ、より箔の付いた伝説になることをね」


 コダマは呆気にとられた。


「そのため色々したそうですよ。ただ、事故で失われたりしては元も子もない。だから、腕利きのパイロットと名高いコダマさんを指定させていただいたのですよ」


「色々した? それってどういうことです」


「……参りましたね。ちょっと舞い上がって喋り過ぎたようです」


 ユージン・アルドリッツは頭を掻いて、ばつが悪そうにした。


「光速船が暴走するように細工をしたのは、私の祖父なんですよ。祖父の会社は光速船のメンテナンスを請け負っておりましてね……」


 コダマの腹の中では怒りがふつふつと湧き上がってきた。


「祖父は常日頃から言ってました。伝説的な郵便物の所有者、関係者になりたいと」


「……だからって、人の命に関わることをしていいと思ってるのか!」


 思わずコダマの口から本音が突いて出た。


「二十年だぞ! 他の郵便物だってあるんだ! もしそれが命に関わるものだったらどうするつもりだったんだ!」


「それには及びませんよ。そのへんの調整も祖父が手回ししましたので」


 アルドリッツは悪びれずに言った。その態度が、コダマの怒りを増長させた。


「事故報告書に書いてやるからな!」


「構いませんよ。ええ。祖父もそれをのぞまれるでしょう」


 コダマは再び呆気にとられた。狂っている。彼らの価値観の尺度は狂っている。ここにはいられない。いつまでもいたら、この狂気に捉えられかねない。彼は怒りを口からブツブツと漏らしつつ、光速船へと戻った。


 船は現地でドック入りすることになった。スラッシュはご当地食べ歩きができると息巻いたが、コダマは違った。貨物室にうずたかく積まれた貨物が配達を待っている。


「……これ、全部事故郵便扱いかよ……」


 これらは全て、郵政基地にいったん戻されて事故扱いのスタンプを押されることになる。現代の事故郵便物として、さぞや高額で取引されることだろうと、コダマは釈然としない気持ちでいた。

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