第2節

 光速域に突入して三十分ほどたったころだった。

 コダマは腕時計から投影されるホログラム映像を指でスライドさせている。


「何見てるの? コダマ」


「古い新聞記事。——これから、あの郵便物が遭遇した最初の事故。千年前だな。航空機が着陸に失敗して、大勢が死んでる」


「そんなに昔の郵便物なの?」


「まだ化石燃料で空を飛んでたころの時代だ。まさしく、骨董品だな」


「……コダマはどう思ってるの?」


「何が」


「呪い」


 コダマは鼻で笑った。


「おいスラッシュ。いつもだったら二言目には飯の話題だろ。今日はどうしたんだ」


「……僕の種族は、そういうのに敏感だからさ。伝説とか神話とか。口伝で沢山の物が現代に伝わってる。それらには事実に基づく教訓が入り交じっているんだ」


「呪いも何かの教訓だっていうのか?」


 スラッシュは静かにうなづいた。


「あり得ない。関わった人間や機械が次々に不慮の事故に遭うってんだろ? 偶然さ、全部。それか関わった人間が誇張したのが、現代にまで伝わったって見方も出来る」


「それにしたって、何かが起こったから誇張しているんじゃない」


「しつっこいなお前も! どちらにせよもう船は出てるんだ。でも実際どうだ? 何も起きていない。順風満帆。ホラそれよりも計器から目を離すな。もう到着するぞ。光速域から脱出だ」


 コダマの指示通り、スラッシュはスロットルを下げ、ブレーキを利かせようとした。


「あれ……?」


「どうした」


制動ブレーキがきかない」


「なんだって?」


「停まらないよコダマ! 船が停まらない!」


 スラッシュは焦っているようだった。すかさずコダマが操縦を変わった。だが、結果は変わらなかった。


「くそっ! エンジンが暴走してやがる! それどころかスロットルも上がりっぱなしだぞ!」


 速度が光速の二十倍の値を示している。すでに限界速度に達そうとしているのだ。このままではエンジンが過負荷で破壊されて大爆発を起こすか、増大する質量に耐えきれなくなった船体が崩壊するかのどちらかしかない。


「ねえどうしよう! どうしよう!」


「落ち着けスラッシュ!」


 半泣きになったスラッシュをなだめながら、コダマは一層自分を落ち着かせようとした。


「まさか呪いって、これのことなのかな……!」


「バカなこと言ってる間に、立て直しを考えろ!」


 コダマは緊急時のトラブルシュート手順書を引っ張り出しながら、迷信に怯えるスラッシュを叱り飛ばした。


「くそっ。手順書じゃ役に立たん!」


 コダマは頭をフル回転させた。今まで遭遇した事故や故障の経験が頭を巡る。


「スラッシュ!」


 コダマは副操縦席でブルブル震えているスラッシュを呼んだ。スラッシュは顔色を失った様子でコダマのほうを向いた。


「お前の触手、確かものすごい伸びたよな!」


「う、うん……」


「それでエンジンとか、機関部の様子を見られないか?」


「……できるよ。うん、できる」


「よし!」


 スラッシュはメンテナンス用ハッチから触手を進入させた。


「ブロック1、異常なし。ブロック2、異常なし……」


「急げよ、速度が光速の二十二倍に達してる。二十五になったらおしまいだ」


「ブロック3、ブロック4異常なし……」


「二十三倍だスラッシュ。急げ!」


「……ブロック7! これだ! 回路に細工されてる!」


「細工だって?」


「そうとしか見えないよ。これは壊されたんだよ!」


「直せるか?」


「多分。道具とって!」


 船の加速が止まらない。

 スラッシュの触手の一本が道具を持ってメンテナンスハッチに入っていく。彼の触手は触覚の他、視覚や味覚も兼ねている。手探りとは違い、信頼できる。


「出来た! 減速出来るはず!」


「よし!」


 コダマはスロットルを下げ、逆推力装置リバーサーを作動させた。速度のゲージが見る見るうちに下がっていく。ついに船は光速からの暴走から脱した。


「良かった……」


 二人は異口同音に呟いた。しかし船は、到着予定時刻を二十年近く過ぎていた。


「なんてこった……」


「でも良かったよ。無事で」


「無事じゃないだろ! 細工だって言ったな? 誰がこんなことしたんだ!」


「そんなこと知らないよ……」


 スラッシュの言うとおりだった。しかしコダマははらわたが煮えくり返る思いだった。


「……船は飛べるな?」


「いや、応急処置だから。一端、どこかの補給基地に寄らないと」


 コダマの船は一路、オークション品の届け先へと向かった。

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