KAC5 神秘主義者

神崎赤珊瑚

神秘主義者

 元々そんな長駆ではない任務であるのでコールドスリープの必要性があるのかと言われれば確かに疑問だけれども、設備として用意され任意の利用が許可されているとあらば、利用しない手はない。太陽系も外に行くほどどんどん疎になるんだよ。退屈極まりないんだ。

 オールトの雲オールトクラウドと呼ばれる太陽系を最大に取り巻く球殻の端の端まで資源調査に行った帰り、私は最高の夢を見ている最中、いきなり警報信号アラートシグナルを脳の中にブチ込まれて無理やり覚醒させられつつある。超超超期の冷凍睡眠システムとは違い、この資源探査船『大打撃ヘビーブロウ』号に搭載してある品は普通に寝るよりはずっと深く長く眠れる程度のものであるのに、それでも体温は充分に下げるため、覚醒まで多少のタイムラグはあった。



「うあぁ。なに、何が起きたのよう、ラウラ」

 私は思考も焦点の定まらないまま目をこすり、とりあえず大打撃号メインコンピュータの女性型ターミナルの名を呼ぶ。

「割と、いえ、結論から申し上げますと、大きくは想定されていましたし、対処はある程度めどは立っておりますが。

 でもまあ、想定外の事態ですね。

 想定外。自分の手には終えなさそう」

「ずいぶん歯切れが悪いね」

 冷凍睡眠システム内の小さな耐冷モニタからでも、覗けるラウラの綺麗な顔は少し悩ましげだった。ビジュアルは合成映像であるが、黒メガネにお下げオールドファッションイインチョスタイルという、今では全く見かけないものをラウラは好んでいる。

「でなきゃ、わざわざおこしませーん。

 ストリアーノ中尉あなたに諮るとたいてい話がややこしくなった上で、発散するばかりで何も解決しませんので」

「いうようになったねえ」

「褒めてませんよ。単に、自分の取れる責任を超えているから押し付けようとしてるだけですが」

「褒められてるつもりもないよ。まあ、当てにしてくれたのならちょっとうれしい」

「っ!」

 顔をそらし、少し照れたような表情をラウラはする。

 長い付き合いで少しづつ判ってきたのだけれども、いわゆる教科書的ツンデレモード搭載で大変可愛いのだ。

 特にからかうと反応がストレートでとても良い。



 そんなこんなで、わたし海王星軍所属、ディア・ストリアーノ中尉は、太陽系最外域でのたった一人の任務の帰り道、トラブルに巻き込まれた。



「要は、この船の積載質量が人間一人分増えてます」

「測り間違いじゃないの?」

 太陽系の端の端を飛び回り、いろんな彗星だの小惑星だの飛び回っていろいろサンプル採取していたのだ。多少の測り間違い程度あってもおかしくない。

「いいえ。ストリアーノ中尉あなたじゃあるまいし。ちゃんと採取の度にきっちり計量してますし、全部記録にとってあります。

 それ以外に人間一人分です」

「なんか、密航者でもいるみたい」

「いたんですよ。それが。

 一応、娯楽室の方に軟禁しておきましたが」

「どこから入り込んだんだ?」

「それがさっぱり。自分の分析ログでも船内に質量が突然増えてます」

「んー。密航者は?」

「見た目は地球人型ですね。あなたと同じく。

 意思の疎通は可能かと思われます。

 お会いします?」

「そうだね」

 私は今の自分の着衣を確かめる。

 銀色の耐環境服だ。これが大変なスグレモノで、薄く軽く汚れない寒くない熱くない蒸れない耐衝撃耐圧力耐宇宙線というほぼ完璧な能力を持ち、なんだったらこれとヘルメットだけで船外活動までできてしまうという、夢のアイテムである。

 おかげで、他人の目のない一人任務の間は、これを着っぱなしだった。

 それでも、一般人に会うならそれっぽくは映るだろう。

「会おうか」



「なんだ女か」

「失礼ですよ、ストリアーノ中尉」

 娯楽室で手持ち無沙汰にキョロキョロしていた女は、確かに美人であった。美人ではあったが、なぜか違和感が少しある。美人ではあったが。

 なぜか私とおそろいの銀色耐環境服を着ている。

「名前は」

 にっこり。

「年齢は」

 にっこり。

「どこからきたの」

 上の方(今の機体の方向だと、太陽系惑星軌道から見て垂直方向)をちょいちょいと指さしてみせる。

「言葉は通じているのかな」

「はい」

「あ、しゃべった」

「喋りましたね」

「声もすごく良いね。可愛い。ちょっと違和感あるけど」

「名前はディア、です」

 名前も可愛いね。わたしと同名だけど。

「ディア・ストリアーノです」

 同姓同名かよ。というか、先程からやまない違和感の正体にようやく思い至った。

「ああ。中尉、一つ伝え忘れました。

 こちらの方、あなたです」

「は、はい」

 予想はだいたいついている。

「非接触簡易スキャンですけど、DNAなどの殆どの要素で同一個体にしか見えません。ただ、ちょっと年齢が違いますね。

 密航者の方が七つくらい上ですね。肉体年齢的には」

「まあ確かにねーちゃんによく似てるわ」

 もちろん第三者視点ではわたしにそっくりなんだろうけども、わたしの主観ではこないだ結婚した長姉によく似ていた。

「それはいいんだけど、ディアさん……呼びにくいんでとりあえずディア子でいい? わたしがディアであなたがディア子。おっけー?」

 こくんこくん、とうなずいたので理解したものとして話を進める。

「ディア子は、どうやって船に入り込んだの?」

「隙間から」

「なんで船に入り込んだの?」

「ちょっと理解してもらえるのが不安なんですが、あなたに一目惚れしました」

「えーっとごめん。たぶん、君が乗ったあたりだと、亜光速移動の上、わたしは寝てたよ。何を見たの」

「綺麗な魂の光を」

「うわヤバイ」

「と、いいますか、自分の過去事例データベースでも、信仰先と同一化始めたらアレなヒトのアレな行為の最終段階ですね。気をつけてください」

「脅さないで。

 で、ディア子。あなた何者」

 ここまで来ると大体予測はできる。ラウラが行ってた想定はしていたが想定外、という意味はそうなのだろう。

 雑談しているうちに、みるみる言葉を学び語彙が増えてくるディア子は、最後には大体予想どおりの答えを返した。

「わたしは、太陽系ではない、ちょっと遠くから来た知的生命体です。

 細胞レベルでの変身能力があります」



「でさ。ラウラ」

「はい?」

「このディア子を船に乗せて海王星というかトリトンの基地まで行くのになにかルール上問題あんの?」

「一番直接的な問題としては、噴射燃料が不足します。軍予算の制約上、本調査作戦もギッリギリのギリギリでやっていますので、質量が少しでも増えたら減速するための燃料が足りなくなります」

「おー、いわゆる冷たい方程式ってやつね。

 燃料足りないので誰を無慈悲に船外に放り出すか考えるやつだ」

「古典SF小説にあったアレです」

「でもまあ、少しオーバーランして、救難信号出せばよいのでは?」

「で、軍は回収部隊を編成しあなたとこの船を回収したことにより、予算が大幅に超過しますね。大佐にまた叱られますよ」

「うーん。じゃあ海王星の衛星軌道をぐるぐる回って速度をゆっくり落としていけば」

「今の海王星近傍は、新技術開発のための日々宇宙塵デブリが増えている状況なのでそれはおすすめしません。自分も少し古いデブリマップしか持ってませんし」

「うーん。

 あ、閃いた!」

 にこにこしながら話をきいていたディア子に声を掛ける。

「あたしも脱ぐから。あなたも脱いで」

「はい?」

 勢いに呑まれたのかディア子も一緒に脱ぎだす。

 特にパーツもなく、全身を覆う一枚の服なので、二人ともすぐに全裸になってしまう。

「……これは、なんの真似です? 一応聞きましょう」

 ラウラの声が冷たい。

「これでパラシュート作る。作って減速する」

 慌てつつも端的に伝えようとしたら片言になってしまった。

 しかし、我らの優秀なコンピュータは、

「なるほど。確かに素材的には強度十分ですし、今計算してみましたが、あの素材ならトリトンの薄い大気でも充分に減速できそうですね。

 ですがね。

 パイロットが全裸で帰ってきた上、全裸の女を密航させてた、なんてのは例によってまた重大な不祥事なので却下します。

 中尉が軍で奇人ランキングを駆け上がるだけなほっときますが、外部に向けという意味でシリアスなスキャンダルになりかねないので却下です」

 と、一応は認めてはくれた上で却下を重ねてくれました。

「服着てください。着せてください」

「はい」

「一応申し上げておきますね。

 確かに減速のための噴射燃料は不足になりましたが、特段問題はありません。太陽系にはいくらでも既知の天体があるので、減速スイングバイなどで調整がかなり効きますので。多体問題を並列で計算していけばいい。

 今回は、燃料残の制約を絶対にして時間の制約ゆるゆるで、自分の航行ユニットが現在帰還軌道を全力計算してます。今でも四通りは見つかってますし、最良の航路ですとトリトン着が一時間遅れ程度ですみます。

 何も心配することはありませんよ」

「あれ、方程式は?」

「思考実験としては面白いですけど、たかだか人間一人分の質量で生きる死ぬの話になってくるのは、工学の面からははじめから失敗としか言いようがありませんし、ほとんどのプロジェクトでその対策はとっくに立てております」

「よかったよかった」

「あとはですね。もひとつルールの話なんですが、

 彼女、検疫通りませんよ」

「検疫って」

「そりゃそうですよ。太陽系外から妙なもの持ち込むわけにはいきませんから。徹底的にやられますし、――」

「あ、わたしの姿が見えないだけでいいならセンサー誤魔化すやり方いろいろあります」

「なんかディア子も賢くなってきたし、みんなでいろいろ考えて切り抜けましょう」

 他にもこれから色々障害はあるだろうが、なんとかなるだろう。いや、なんとかしますよ。


 太陽系の人々と太陽系外知的生命体との邂逅は実はかなり昔から、太陽系外縁側では稀に起こっており、本人たちの言葉を借りると「魂の光が気に入った」人類の個体に対し、いつも傍らにあって、しかし他者には姿を見せないまま、力を貸していたのだと言う。

 太陽系辺境でスペシャルと呼ばれた人類は、あるいは、彼らとともにあるものだったのかもしれない。

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