第26話 届かない願い


 試合は完全に私のものだった。


 レイと二人で考えた作戦の一つ。それは決してアリーシャに納刀させないというシンプルなもの。納刀されてしまえば、そこから先は紫電一閃に警戒しないといけない。いや、一歩間違えれば敗北すら見える。


 だからこその先手必勝。試合開始と同時に水上都市の周囲にある水面を凍らせて駆け出し、俯瞰領域イーグルアイで索敵。そこから連続攻撃を仕掛けるとともに、流星ミーティアで水中に来るように誘導。


 そして雷撃を水中で放ち、次は地上でとあるスキルを発動。


 胡蝶乃舞バタフライエフェクト。それは隠しスキルの一つで、おそらく解放しているのはBDSの中でも私しかいない。これはレイと出会う前から持っていたものだが、使うならこの試合しかないと思いずっと取っておいた。


 このスキルの効果は、任意の属性の効果を蝶に付与することができるというものだ。数も100程度は生成して、操作できる。私は今回蝶たちに火属性の中でも爆破の効果を付与して、アリーシャにぶつけた。これは私の独断だが、完璧にはまった。これからの試合ではバレてしまうが、初見殺しには最適すぎるスキルだ。


 そもそも蝶など初めは警戒しようと思いはしないのだから。


「……」


 地面を駆ける。もうすぐだ。もう少しで終わる。この試合は私の完勝で幕を閉じる。アリーシャは少し調子が悪いようだけど、そんなものは構いはしない。あのレイを彷彿とさせる彼女に勝てるのだ。きっと今日のニュースは私で埋め尽くされるだろう。シェリーというプレイヤーは最大の注目を浴びて、プロリーグ入りする。すでにそのイメージがあった。


「見えた」


 視界に捉えたアリーシャは爆発で吹っ飛ばされて、受け身を取れないままに転がっていく。この隙を逃すわけには行かない。相手のHPは140まで削れている。あとは急所に致命傷を叩き込むだけで試合は終わる。


 私は建物の屋上を取ると、そのまま破壊してアリーシャの元へダイブしていく。重力の力も加えて、完全な一撃とする。


「はあああああああああああッ!!」


 取った。この攻撃は避けれることは不可能だ。


 私の……勝ちだッ!!


「……天眼セレスティアルアイ


 ボソッとそう呟くのが聞こえた。でも、もう遅い。この刃は確実にアリーシャを切り裂く。だがしかし、ありえない現象を私の目は捉えた。


「……なぁッ!!?」


 思わず驚愕の声を出してしまう。そう、アリーシャはあのタイミングで攻撃を避けて、さらに私の脇腹に刀を突き刺してきたのだ。それも……尋常ではない勢いで。


「い、今のは……?」


 ノックバックする体をなんとか制御して、すぐに剣を構える。これはやばい。私の脳内が目の前の異常性を訴えている。


 そしてそこにいたのは……アリーシャではなかった。あれは、レイだ。あの金色こんじきに光る双眸そうぼう。それに右手でだらりと下げるようにして構える独特の構え。今までのアリーシャは所々、レイと同じという程度だった。でもこれは……完全に……。


 そう思っていると、眼前にアリーシャが迫ってきていた。


「……ッ!!?」


 速い。速すぎる。なんだこの速度は? これが本当のレイだとでもいうのか?


 私はとっさに未来予測プレディクション絶対領域フォルティステリトリーの二つを重ねて発動。超高速の剣技をなんとか、受け止めながら後方に下がっていく。でもこれは……やばい。


「……」


 アリーシャの目はすでに私を見てはいなかった。ただどこか先の、虚空を見つめているようだった。まるで生気が落ちたかのような目。そもそもVR空間にそこまで再現する機能があるのかと言われれば疑問だが、私はそう感じた。


 これは……現役のレイだ。


 レイに憧れ、レイを模倣してきた時があるからこそ分かる。私は今、レイと戦っているのだ。


夕照せきしょうッ!!」


 私は押し切られる前にまた別のスキルを発動。夕照せきしょう、それは自身の有している武器から光を放つスキル。つまるところ、目くらましだ。もちろん、私はそれを目をつぶって回避して……未来予測プレディクション絶対領域フォルティステリトリーの二つで相手の姿を捉える。


「……」


 だが私が視たのは以前となんら変わりのないアリーシャの姿だった。すでに彼女は視界を捨てていた。じっと目をつぶって、先ほど以上の剣戟を繰り出して来る。


「……ありえない」


 ぼそりと呟く。ありえない。こんなことは、ありえない。


 私が負ける? 負けるのか、私は。また、あの世界に戻るのか。私のいるべき世界は輝かしい剣戟の世界だ。間違っても、奈落の底で這いつくばる有象無象ではない。


 シェリー・エイミスは、いずれ世界の頂点に立つプレイヤーだ。それがこんなところで負けていいわけがない。


 そんなわけがない。


 そう思った瞬間には、体が逃げ出していた。



「ああああああっと!! ここでシェリー選手、逃走です!! あまりの剣戟を前にして、逃亡を図りましたっ!!」

「これはいけませんね。敵に背を向けるのは最悪です。それも、今のアリーシャ選手を前に逃げ切るのは相当難しいかと」



 嫌だ。負けたくない。でも、このままじゃ勝てない。それなら逃げるしかないじゃないか。逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、好機を伺えばいい。


 そうでしょ、私?


 この水上都市なら逃げ切れる。隠れることができる。存在している様々な建物を介して、私はなりふり構わず逃げ回った。身体強化も五感拡張も、使えるスキルは全て使って逃げ回った。


 それでも、アリーシャは淡々と追いかけて来る。


「……」


 彼女の目に映っているのは、無様な私だ。だたみっともなく逃げ回る私。でも……私はアリーシャにだけは負けたくはなかった。


 彼女は、未来の私だ。いつかたどり着く私だった。


 でも私はレイにはなれなかった。私はレイではなく、シェリーとして進むことになった。それで強くなったことに不満はない。コーチをしてくれているレイには感謝している。


 けれど、私はやっぱりレイになりたかった。あの圧倒的な強さを1度目にすれば、彼になりたいと思うのは至極当然のことだろう。レイのその強さが世界に広がってから、彼の模倣剣士が生まれたのも理解できる。だって私は、その中の一人だったから。


 レイになりたかった。憧れた。あの圧倒的な強さに心を惹かれた。だから、私は今こうして戦っているアリーシャが妬ましいし、憎い。


 彼女に負けてしまえば、私は2度とレイにたどり着けない気がする。


 その想いから私はただみっともなく逃げていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ただ走る。この水上都市を駆け抜ける。でもわかっていた。これは負けないための行動ではない。負けを先延ばしにするための行動なのだと。


「……ここまでですよ、シェリーさん」


 目の前にはすでにアリーシャが回り込んでいた。


 速すぎる。全力で逃げ出しても、私に追いつけてしまうのか。規格外すぎる。どうして彼女はこんなにも強くて……そしてレイを模倣できているのだろう。


 私と彼女で、一体なのが違うのだろう。


「……どうして、あなたは」

「ここで語る必要はありません。さぁ、剣を構えてください。私もただ逃げるだけの人は斬りたくありませんから」

「……」


 情けをかけられている。本当に情けない。私の今までの努力はなんだったのか。ちょっと不利になったから逃げ出すなど、本当にどうかしている。憧れのレイが目の前にいるからといって、それが何なのだ。私は誓ったのではないのか。レイを超える剣士になりたいと、過去のあの時に誓ったではないか。


 だから、非合法な手段にも手を染めた。


 本物のレイと出会うために手を汚し、コーチになってもらい、そして今こうしてここに立っている。


 プロリーグはもう目の前だ。


 ならば……覚悟を決めるべきだろう。


「……はあああああああああああああッ!!」


 駆け出した。私はもう……後悔はしたくない。逃げたくはない。私は、勝ちたい。どれだけ無様でも、勝ちたかった。それだけが、私の存在理由だから。





 でもどれだけ想いが強くても現実は非情だった。


「……フッ」


 アリーシャが一呼吸した瞬間に、私の左腕が宙を舞っていたのだ。


 残りのHPが15になってしまう。


 あぁ……やっぱり、私は『今回も』ダメなようだ。


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