第25話 天才の帰還



 シェリー対アリーシャ。その試合はアマチュアリーグの中でも最高峰のカードとして広く宣伝され、アマチュアリーグではありえない満員を記録し、ライブビューイングもプロの試合以上に数がいる。


 それほどに注目された中で、二人がスフィアへと姿を表す。


「……」

「……」


 シェリーはニコニコと微笑みながら、中央へと歩いていく。一方のアリーシャは厳しい表情だった。俺はそれを見ながら複雑な気持ちになる。


 シェリーには勝ってほしい。俺が直接教えてきたのだ、負けてほしいわけがない。でも、俺は……それと同じくらいアリーシャにも負けて欲しくないと思っていた。


 俺とシェリーは負けない。以前はそう思っていたが、最近の試合を見ているとアリーシャはレイを彷彿とさせる戦い方をさらにするようになっていた。それを見て何も感じない俺ではない。妹は何を持ってあのようなことをするのか。真意はわからない。でも、俺が憎いだけではない……ということは理解していた。


 俺を本当に憎んでいるのならば、リアルの世界で話したりしない。

 BDSを本当に憎んでいるならば、この世界で戦ったりしない。


 でも有紗はこの場所に立って、俺の姿を再現している。まるでレイはここにいるのだと、叫んでいるかのように。


 この試合の勝者はどちらになるのか……でも、俺はどちらが勝っても心から祝福できるのだろうか?


 俺は一体……そんなことを考えていると、スフィアの決定がなされる。


「今回のスフィアは、水上都市に決定しました」


 水上都市。それは深い水の上に小さな都市が形成されているスフィアだ。はっきり言ってここの戦いは難しい。障害物があるのもそうだが、水中から回り込んで奇襲をかけることも容易い。それに逃げることも容易いので、かなり難易度の高いスフィアだ。

 

「試合開始」


 そしてシェリーとアリーシャがその場を駆ける。


 今期最後の試合が、幕を開けた。



 ◇



 水上都市。はっきり言って、ここでの戦闘は嫌いだ。というよりもここでの戦闘を上手くできるプレイヤーなど、私は兄しか知らない。兄はどのスフィアでも無敵だった。兄こそが至上最高のプレイヤーなのだ。


 だからこそ……今、私はこの意識を拭い去る。


 私はレイだ。レイならば、この水上都市というスフィアでも勝てる。


 シェリーさん……いや、シェリーというプレイヤーはもうすでにプロと遜色がないくらい強くなっている。兄の指導がここまでとは思っていなかったが、それと同時に嬉しい気持ちもあった。


 私だけでなくもう一人、兄の意志を継いでいる人間がいるのだと分かって嬉しく思った。でも……それは複雑な気持ちが内在している。


 嫉妬。その言葉に尽きる。兄の教えが彼女の中に染み込んでいるのを見ると、それを全て奪いたくなる衝動に襲われる。


 あなたは未来の私だった。でも、シェリーは今こうして戦っている。レイという影を纏わせて戦っているのだ。


 羨ましい、妬ましい、奪いたい。その地位を、その力を、その心を奪い去りたかった。


「……負けない」


 ぼそりと呟いて、私は歩き始める。水上都市は互いの位置が離れた場所からスタートだ。そのため、まずは索敵をすることから始まる。


「……ッ!!?」


 俯瞰領域イーグルアイを展開することはなかった。私が展開したのは絶対領域フォルティステリトリー。なぜなら、シェリーは水面を弧を描くように凍らせて、こちらに迫ってきていたからだ。


「はああああああああああああッ!!」


 すでに炎を纏っているフランベルジュを私は真正面から受け止める。


「ぐ、ぐううううううううううううッ!!」


 惚けていたわけではない。でも、彼女は先手必勝とばかりに距離を詰めてきていた。確かに都市の中から索敵するのは時間がかかる。だからと言って、いきなり水面を凍らせて疾走してくるなど想定していなかった。


 そして、繰り返される激しい剣戟。


 上下左右、自由自在に振るわれる互いの剣はすでに人間の知覚を超えている。このBDSの世界だからこそ実現できる速度。スキルを発動することで、一時的に人の領域を超える。そうして生まれたのが今の環境だ。それに私とシェリーは互いにライトタイプのプレイヤー。その速度はBDSの中でも最高峰の剣戟になり得る。


 弾いた瞬間には、すぐに次の攻撃がくる。私はそれを弾いて、さらに攻撃を繰り返す。攻守の入れ替わりは、もう意識していなかった。


 ただ……斬る。斬る伏せる。彼女を叩き斬って、自分を……兄を証明してみせる。


 兄の幻影を今断ち切るのだ。そして私こそが、レイなのだと証明してみせる。


「……」


 ぼそりとシェリーが何かを呟いた。すると後方にあった木材でできた小さな小屋が燃え盛るのを私は感じた。


「……え?」


 呆然とする。シェリーは私と剣戟をしている。だというのに……私の絶対領域フォルティステリトリーはありえない現象を捉えていた。


 それは頭上から降り注ぐ大量の炎。


 このスキルは知っている。


 火属性のスキルの中でも、9段階目に位置している……流星ミーティアだ。


「……いないッ!!?」


 そしてすでにシェリーの姿は忽然と消えていた。このスキルは頭上から流星を降り注ぐというもの。でもあまりにも広範囲のため、自分のダメージを受けてしまうため……あまり使用されないのだが……。


「くそッ!!!」


 私は悪態をついて、水面に潜ることに決める。今は少しでも早く逃げる必要がある。そう思って無意識のうちに近くにある、水面へと駆け出し……そのまま飛び込んだ。


 大きな音を立てて沈んで行くが……私はそこでありえないものを目にした。


属性付与エンチャント雷鳴ライトニング


 シェリーはすでにこの場で待ち伏せしていたのだ。そして彼女が水中で振るう剣からは青白い光がこちらに向かって走っていた。


 避ける!? ガードする!?


 どちらも思考の中にはあった。でも、どちらも間に合わない。なら……。


「……まどか


 弧を描くようにして、私は刀を振るった。すると相手が放った電撃をそのまま刀で受け止めると、はじき返した。


 円。それはスキルを反射する剣技。剣技の中でも9段階目に位置する高位の剣技だ。本当はあまり出したくなかった。使えるカードは少しでも伏せておきたいからだ。でも出さざるを得なかった。そうしなければまともに攻撃を食らっていたからだ。


「……」


 弾き返した先には、すでにシェリーの姿は水中にはなかった。


 またしても逃した……というよりも、完全に相手の手の内で踊っている感じがする。


「……負けない。私は……負けない」


 そう呟いて、私は再び地上へと飛び出た。


「……いない?」


 水上都市には誰かがいる気配が全くなかった。でもこれはチャンスだ。抜刀さえしてしまえば、私は紫電一閃の準備をできる。


 そう考えて、私は鞘に刀を収めようとしたが……目の前にひらひらと数十匹の灼けるように赤い蝶が飛んでいることに気がついた。


「……蝶?」


 ギミックだろうか? でも水上都市で蝶が飛んでいることなど聞いたことがないし、見たことがない。


 少しだけぼーっとしてそれを見ていると……突然、爆発した。



「ぐうううううううううううううううううううッ!!!!!」



 飛んでいる蝶が連鎖的に爆発して、そのまま私は後方に吹っ飛ばされる。建物を貫通して、ゴロゴロと受け身を取る暇もなく転がって行く。


 HPを確認すると、140になっていた。今の攻撃で半分以上も持って行かれてしまった。私は日本刀を地面に突き立てることでなんとか勢を殺すと、立ち上がろうと試みるが……。


「はあああああああああああッ!!」


 瞬間、上に圧を感じる。


 バッと上空を見ると、フランベルジュをまっすぐに振り下ろしているシェリーの姿を捉えた。


 強い。完全に試合巧者だ。うますぎる。この水上都市での戦いを心得ている。きっとこれは兄と立てた作戦なのだろう。でも……そんな小細工は『レイ』の前では無意味だということを教えてやる。


「……天眼セレスティアルアイ


 刹那の瞬間でシェリーの攻撃を完全に読み切る。私は倒れている体を軽く捻って、攻撃をかわすと右手に持っている刀でシェリーの脇腹を切り裂いた。


「……なぁッ!!?」


 ノックバックが大きいため、追撃はできないが……試合を振り出しに戻す程度のことはできた。


 シェリー:HP170

 アリーシャ:HP140


 金色に光る双眸でじっとシェリーを見つめると、私はニヤリと微笑む。


「さぁ、踊りさない。私の世界で……」


 もう私を止めることは、誰にもできない。


 レイは今ここに降臨したのだ。


 世界よ、灼きつけるがいい。最強の剣士は今ここに、戻ってきたのだと。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る