第27話 決着


 私は勝ったと思った。


 今まで使用していたのは、模倣イミテーションというスキルだ。これは模倣という行動をスキルが補助してくれるものである。しかし練度には差が生じ、中途半端なものでは使い物にならない。


 でも私は乗り越えた。膨大な努力の末にたどり着いたのだ。


 私は模倣イミテーションを超えた、憑依ベゼッセンハイトというスキルを獲得した。これにより、私の模倣は模倣ではなくなり、一時的とはいえ私はレイになった。


 レイの力を限定的に解放する。それだけで勝てる試合だった。


「……ここまでですよ、シェリーさん」

「……どうして、あなたは」

「ここで語る必要はありません。さぁ、剣を構えてください。私もただ逃げるだけの人は斬りたくありませんから」

「……」


 逃げ惑う姿を見て、私は何も思わなかった。情けないとも、滑稽だとも、無様だとも。ただ斬り捨てるのみ。今行う行動はそれだけだ。


「……はあああああああああああああッ!!」


 シェリーが意を決して突撃してくる。でもそれは……あまりにもお粗末だ。


「……フッ」


 一閃。私はシェリーの右腕をすれ違いざまには刎ねた。この一撃でHPを0にする予定だったが、15ほど残ってしまった。どうやら私もまだまだこの力を完全に制御できているとは限らないようだ。


「……さようなら、シェリー」


 腕を刎ねられて右肩を抑えて地面に這いつくばる彼女を無慈悲に切り裂きにかかる。でも私はその刹那……声を聞いた気がした。


「……嫌だ、嫌だ……私はこれは使いたくない……私は……私に……ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 業火に包まれるシェリー。彼女を中心にして広がる爆炎の業火。たまらず距離をとって後方に下がるが、その勢いはさらに増していく。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!」


 その中心から慟哭が聞こえる。


 一体これは何なの? 新しいスキル? でもこれをこの土壇場で出す理由は? もっと出すべき場面はあったはずなのに、どうして……?


「……」


 そして業火は静かに勢いを弱らせ、鎮静した。私はそこでありえない光景を見た。


「……腕が?」


 そう。シェリーの右腕には炎の腕と呼ぶべきものがあった。それにその手には炎の剣を握っている。体からも炎が漏れ出しているかのように見える。


「……あ、ああ」


 一瞬。天眼セレスティアルアイという五感拡張系スキルの最高峰のものを持ってしても、反応が遅れた。今の私はレイだ。だというのに、彼女は本当に一瞬で私の懐まで潜り込んでいた。


「……はああああああああああああああああああああッ!!!!」


 もちろん、それに対処できない私ではない。シェリーが繰り出す剣戟を全て受け止めると、さらに私は加速していく。


「……」


 一方のシェリーは人が変わったかのようにただ淡々とこちらを攻撃してきている。まるでその様子は、人間ではなく人形。何かに操られているような……そんな印象を受けたが……これで決めてみせる。


「第七秘剣、百花繚乱」


 秘剣。ここで出すのは、紫電一閃ではない。抜刀する暇などない。ならば、繰り出すのは超高速の30連撃だ。そこにタイムラグはほとんど存在しない。一撃一撃の間は限りなくゼロに近い。これこそが、第七秘剣、百花繚乱。私がたどり着いたもう一つの究極。


 体が勝手に動いてゆく。これは何百、何千、何万と重ねた所作だ。今更どこかが狂う事などありえない。これを発動さえすれば、相手は間違いなく死に至る。


 でも、シェリーは捌いていた。この秘剣を捌いているのだ。でもそれは剣技ではない。見えない炎の壁のようなものも合間って、防がれているのだ。


 負ける? 私が負ける? いや、レイが負けることはありえない。この力は兄そのものだ。私はやっと兄と同じステージに立てたのだ。ならば、無様な姿は晒せない。


 ただ、勝つ。勝利する。それだけだ。この人を超える。兄の教えを持っている人間に勝つのだ。


 私の翼は、あの頂点に届くのだと世界に灼きつけるのだ。


 そして終わりは唐突にやってくる。



「勝者、アリーシャ」



 30連撃の最後の一撃。それだけがやっとシェリーに届いた。ギリギリすぎる戦い。でも私は勝利した。だというのに、満たされないのはなぜだろうか。


 じっと目の前に倒れているシェリーを見つめる。すでに意識はないのだろう。負けたと同時にログアウトして、ここに残っているのはただの残骸だ。何も残っていないただの残骸。


 でも微かにこちらをじろりと見つめていたのはきっと、気のせいだった。



 ◇



「先輩、有紗ちゃん勝ちましたね」

「あぁ」


 終わった。試合はアリーシャの勝利という形で幕を閉じた。観客たちは湧いている。シェリーは隠しスキルを保有していた。一つは、蝶を爆破するもの。もう一つは……分からない。体が炎に覆われて、超常的な力を発揮していたとしか……言いようがない。


 さらに特筆すべきは、百花繚乱を防いでいたということだ。決め手になったのは最後の一撃だけ。百花繚乱を持ってしても突破できない防御とは、何なのだろうか。少なくとも、俺の現役時代に限って言えばあそこまで防御してきたプレイヤーはない。


 今回のアリーシャは完全にレイだった。過去の俺だった。その力を持ってしても、ギリギリになる力を持っているシェリーは一体……。


「先輩、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……」

「凄い試合でしたね。素人の私でも、凄いというのはわかりました」

「そうだな。凄まじい試合だった」

「有紗ちゃん、勝ちましたよ?」

「あぁ」

「あぁ……じゃなくて、どうするんですか?」

「……」

「もう気がついているんでしょう? 何で有紗ちゃんがここに立って、レイを真似ているかなんて……」

「気がついていたさ。有紗は俺を繋ぎ止めてくれていたんだ。俺は……引退するときに全てがどうでもよくなった。でも心に残る微かな残滓を、有紗はずっと繋ぎ止めてくれていた。あいつは、レイはこの世界にまだいるのだと……灼きつけてくれていたんだ。分かったよ、よく分かったさ。今回の試合を見て確信したさ。でも俺は……向き合う資格があるのか? 有紗になんて言葉をかければ……」

「先輩ってば、馬鹿ですね」

「……?」

「そこはありがとうでいいんです。あなたたち兄妹は複雑に考えすぎです。ただ心から思っている言葉を出せばいい。違いますか?」

「……そうだな。全くもってその通りだ」

「さて、私は戻りますね。先輩も、ちゃんと有紗ちゃんと話してくださいよ」

「分かったよ」


 そうして俺とアイリスはログアウトしていった。


「……有紗」


 リアルに戻ると、俺はアリーシャのインタビューを有紗の寝ているベッドの隣に座って見ていた。


「アリーシャ選手。勝利、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「序盤はかなりきついようでしたが、中盤以降は圧倒的でしたね。やはりレイを意識して?」

「はい。レイは私の目標であり、超えるべき存在ですから」

「しかし終盤のシェリー選手には驚かされたのでは?」

「あれは予想外でした。でも、とっさに秘剣を出せて良かったです」

「百花繚乱でしょうか?」

「そうですね。見てもらったと思いますが、あれは第七秘剣の百花繚乱です」

「なるほど……今後の活躍に、期待ですね。それと、今回のプロ昇格が決定しましたがもうご存知ですか?」

「いえ。私は上がっているでしょうが……」

「対戦相手だったシェリー選手もプロリーグ入りしましたよ。どうですか、また戦いたいですか?」

「彼女は私のライバルです。また戦える機会があればと思います」

「なるほど。それでは、今回は本当におめでとうございます。アリーシャ選手でしたー!」


 取材が終わるとさらに会場は熱気に包まれる。俺はその様子をSLDで眺めていた。とうとう有紗もプロリーグ入り。そしてシェリーも負けてしまったが、順位は5位で終わったのでプロリーグ入り確定だ。


「……ん? 兄さん?」

「有紗……」


 ログアウトしてきた有紗と向き合う。


 妹の顔をまともに見たのは、実に二年ぶりかもしれない。


 俺は今までまともに妹の顔を見てこなかった。避けてきたからだ。


 でも……俺は向き合うべきなのだ。妹にも、そしてBDSにも。


 決断の時だ。

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